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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 姉と入れ違いで、私はこの家に生まれた。
 姉さんの居場所は部屋の中。
 まるでかごの鳥、なんて、優雅な表現ね。
 鳥は自由。まだ翼があるじゃないの。形だけでも。
 込められたかごの中からは、外界が見えるじゃないの。
 鳥と……比べるのは、間違っている?
 なにが間違っている?
 だって彼女は蒼い花。
 暗い部屋の蒼い花。

 白い白い家は幸福の象徴。
 ねえ? 姉さん。
 黒い窓のあるあなたの部屋は、何色かしら?

 姉さんを助けたいんだ。
 兄さんはそう言って、よく泣いた。
 弱虫の兄さんは泣いていた。
 私は、兄に聞きたかった。
 じゃ、どうして家を出て行ったの? と。
 でもやめた。

 父さんは姉さんのことなんか、「知らない」。
 私は、父に聞きたかった。
 じゃ、どうして姉さんをどこにもやらないの? と。
 でもやめた。

 母さん? 母は……。
 教えない。まだひみつ。

 朝になれば、私は家を出る。
 学校に行くために。幸せな女の子として、学校に行くために。
 一日の初めには必ず朝がある。朝の次は昼、そして夜になって、必ず、夜明けは来る。一日は、そういうふうにできている。
 人の一生は、そうじゃない。明けない夜はあるのだ。いつでもどこにでもあるのだ。私の姉さんのように。
 私は学校へ行く。幸せな女の子として。

 ほら、姉さん。
 外は雨が降っているよ。いつもどおりに。
 あなたのこれまでにも、きっと晴れ間はなかったよね。
 そこだけは、天気と一緒だね。姉さん。
 明けない夜と、止まない涙の雨。……もう、枯れちゃった?
 神様が姉さんにくれたもの。
 私は神様に独り言を聞かせる。
「神様はみんなに何かをくれるのね」
 神様から何も与えられなかったものは、この世には無い。在るということを、与えられなかったわけだから。
 在るだけで、幸い? 今生きていることに、感謝?
 ……じゃ、幸せって何?
 在るという地獄が、あるのに。いつでも、どこにでも。
 ねえ、そうでしょう? 姉さん。
 神様は、自分が与えた存在から感謝されたいの?
 私は神様に独り言を聞かせる。
「そんな単純なことって酷い」
 ねえ、姉さん。あなたが見なくなった空から、今日も雨が降っているよ?

 私にできるたった一つのことは、笑うこと。幸せな女の子の、明るい笑顔を浮かべること。
「おはようございます。今日の雨も格別ですね? 皆さん」
 それが、私にできること。
 幸せな女の子に、できること。


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