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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


44

 ミマは部屋から出た。
 そして、母の元へ向かう。
 食堂あたりにいるはずだ。
 階段を下りると、話し声が聞こえてきた。
「おめえ本ッ当に不器用だなァ、おい?」
「ごごごご、ごめんなさい! あの、あの、じゃああの、盛り付けします、僕!」
「馬鹿お前、盛り付けこそ器用さが重要なんじゃネェか。もういいから手ェ出すな」
 それを聞いて、ミマは足早に食堂へと向かった。

「兄さん!」
「うわー、ミマちゃん! お帰り! お帰りぃー!」
 妹を見るなり、兄はくしゃくしゃな笑顔を作ると、駆け寄ってきた。
「コラァ! 今のでレタスが飛んだじゃねえか! 動く時は気をつけろ!」
 母は、兄が動いた風圧で飛ばされた大皿の上のレタスを整えながら叫んだ。
「ご、ご、ごめんなさぁい母さん! ごめんなさぁい」
 兄は、くるっと振り返っておたおたと謝る。
「あーもういい! いいから、とっととミマにあいさつしなッ!」
 なよなよした物言いにしびれを切らした母は、兄を叱り飛ばした。
「ハイッ!」
 兄は裏返った声で返事すると、のそのそとミマの方へ来た。
「ミマちゃーん。久しぶりー! 元気そうだねー?」
 えへえへ、と、兄は恥ずかしそうに笑う。
 ミマは苦笑した。
「ただいま。兄さん。兄さんも、元気そうね」
「うん! ぼくとっても元気だよ!」
「おうミマ! 手伝いな!」
 ミマは母親からだみ声を浴びせられて、肩をすくめた。
「母さん。もうすぐ父さんが帰ってくるわよ?」
 せっせと料理の盛り付けをする作業着姿の母に、苦言を呈した。
「その格好と話し方、止めたら?」
「だから手伝えよっつってんだろォがッ! 俺が着替える暇ねェだろが!?」
「……まったく。はいはいわかりました!」
 ミマは顔をしかめた。
 母から娘へ、大鍋が押し付けられる。
「これ! よそっとけよ!?」
「もうっ、うるさいなあ! わかりました! とっとと着替えてきてよ!」
「ああああ、あの、あのっ、けんかはやめてぇー」
 おろおろと仲裁に入る兄に、母と娘はくわっと言葉を投げつけた。
「ケンカじゃねェーんだよッ!」
「こんなのケンカじゃないわ! 兄さんったら、気が弱すぎよ!」

 兄と妹だけになった食堂。
 ミマは、兄に大鍋を持ってもらい、そこから大皿へ料理を盛り付けながら、たずねた。
「兄さん、仕事は、うまくいってるの?」
「うん。うん。あのね、今日と明日はお休みをね、もらったんだ。えへ」
 兄は、照れ照れと笑って言う。
「姉さんと、ミマちゃんと、母さんを迎えにくるためにね?」
「ふうん」
 ミマはちょっと笑う。
「ね。兄さんは、料理できるの?」
「で、できるよ? そうだ、今度、クッキーか何か作って、ミマちゃんにあげるよ。ミマちゃんお菓子好き?」
「好きよ?」
「じゃ、じゃあ、マドレーヌも作る! シフォンケーキも作るよ!」
 妹は苦笑した。
「そんなにいっぺんには食べられないよ?」
「あ、そっか」
 兄は首をすくめて、笑った。
「エヘ? そうだよね」
「そうよ?」
 二人して、くすくすと笑った。
 大皿に料理をよそい終えると、兄は鍋を流しに持っていった。
「兄さん、」
 父が帰って来ないうちに、ミマは聞いておくことにした。
「この前、言った言葉。あれ本当?」
「うん?」
 流しから自分の方を振り返った兄は、今までとは違って、頼もしく見えた。
「本当だよ。だから来たんだ。一緒に、暮らそう?」


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