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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


46

 生活安全部。
「アタシ、自分に自信がないの……」
 セイシェル生活安全部長は、豊満な胸に、ぎゅううっと両手をあてがい、悩ましそうに身をくねらせた。何をかいわんや、である。
「魅力が無いかもしれないわ!」
「そんなことナイッスよ! 姐さん!」
 背後にずらずらと立つ部下たちが、力を込めて否定する。
「姐さんは、魅力的です! 世界一!」
「ああん、でもォ」
 セイシェルの悩みは晴れない。
「相手は雪葉よォーン? アタシ、アタシ負けるわ、きっと」
「そんなことナイッス! 姐さんは世界一です!」
「ウルサイわねッ!! うるさいうるさーイッ! 負けるったら負けるのッ!」
 なぜか、女はひどく怒りだした。
「アタシより雪葉の方が上なのよーッ!」
 振り返ったセイシェルは、鬼の形相をしていた。
「アンタたち! アタシは雪葉を愛してるのッ! 雪葉が一番なのッ! 雪葉よりアタシが上だなんて言ったら、シメるからネッ!?」
「姐さんにシメられるなら本望です!」
「最高です!」
「天国です!」
 ああんっ、と、部長は体をふるわせた。
「んっもーう! アンタたちの下僕度は天下一品ねェェェン!? セイシェル、し・び・れ・ちゃうゥン!」
「俺たちもシビれます! 姐さんッ!」
 終わらない悪夢のような光景の中で、ウヅキは卯月に言った。
「聞くな、見るな」
「えー? やっぱ、お色気姉ちゃんっていいぞ? あたしもあんな姉ちゃんになりたい!」
「駄目」
「だって格好いいぞ?」
「そんなことは絶対に無い。気のせいだ。だまされてるんだ」
「『どうしてもって言うのなら、あられもなく乱れるのは、俺の前だけにしろ。わかったか? 卯月』」
「へ? わからん」
 会話に、セイシェルが割って入った。ウヅキの声色を真似して、卯月に返答をうながしたが、ふるわなかった。
 今の今まで部下との掛け合いにノリまくりだったはずなのに。いきなりここにいる。
「あなたは本当に教育上悪い人ですよね? 生活安全部長」
 ウヅキが苦い声を出すと、部長は舌を出して顔をしかめてみせた。
「ウンもう! アタシはァ、ウヅキ君の恋のお手伝いをシてあげてるだけよン?」
「けっこうです。というか、恋も愛もありません」
「ンまぁ!? それじゃ、打算!? 打算で付き合ってるっていうの!? 最低ねッあなた! 最低ッ! オンナの敵ね!」
「あなたの思考回路が最低です」
「なあ? ダサンとかシコウカイロとか何の呪文だ?」
「今の話はお前とは関係ない。卯月」
 ウヅキは卯月の両肩をつかんで、自分の後ろに回す。セイシェルの言葉の悪影響を受けないように。
 その行為を見るや、セイシェルが劇的に喜んだ。
「あっらーん!? やっぱ大事なンじゃないのーォ!」
 毒蛾に張り付かれたかのように嫌な顔をして、青年が反論する。
「あなたが危険すぎるんですよ!」
「そうよん?」
 セイシェルが、女の凄みを感じさせるような笑みを浮かべて、ウヅキに迫った。
 ウヅキが顔をしかめて一歩下がる。
「やめてくださいよ」
「ウフン?」
 面白そうに笑うと、一転して声色を落とし、ウヅキにささやいた。
「そうそうそう。大事なものは大事にしておかないとー? 変なおっさんに酷ォくていやんな目に遭わされるわよォ!?」
「こんな事件の時に、そんなこと言わないでください」
「こんな時だからよん。その子はココに置いてきな? 連れてったら駄ァ目!」
 フン、と、セイシェルは鼻で笑った。
「アイツがみなしごちゃん食い散らかすなんて、アッという間ナノよん? さあて、そろそろお呼びがかかるわよー! アンタタチ! アタシについてきて!」
 生活安全部長は振り返って、部下に叫んだ。
「慣れない体験かもしれナイけど、大丈夫ゥ! 気持ちイイから!」
「ヘイッ!」


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