「お前の料理はやはり最高だな」
「おそれいります。あなた」
夫の褒め言葉に、妻は淑やかに微笑む。
「そう思うだろう? マサヤ?」
同意を求められ、息子はたくましく笑ってうなずいた。
「ええ。その通りですね。父さん」
「ほんとに、母さんの料理は世界一ね!」
ミマが明るく笑って、父に言う。
父は、ひどく嬉しそうに笑う。
「そうだな。可愛いミマ」
楽しい会食が終わり、妻は料理の後かたづけをはじめる。
息子と経済の話をしていた夫は、席から立ち上がった。
「さて、私はもう寝るとするかな」
皿を持って流しに立った妻は、そっと振り返った。
夫は、笑っていた。
「部屋を片付けてから、寝ることにしよう」
息子は父を見上げて笑った。
「お休みなさい、父さん。良い夢を」
理想の家族だ。
つつましい妻。
たのもしく、だが父には従順な息子。
愛らしく明るい、愛しい娘。
理想の家族だ。
男は、満足して笑った。
こんな未来なら、悪くない。
永遠に熟さぬ蒼い未来も、たしかに捨てがたいが。
……いや、蒼い未来は、捨てられないが。
男は嗤った。
「捨てるべき、熟れ腐った女なら、いるがな」
記念すべき私の誕生日である今夜、捨ててしまうのだ。あいつは、「この世に存在しない人間」なのだから。かまうことはない。何も気にする必要はない。
「父さん、待って」
後ろから、ミマがついてきて、声を掛けた。
振り返ると、愛しい娘がいた。
「ミマ」
男は、優しく笑いかけた。
「どうしたんだいミマ?」
「あのね」
ミマは、父を見上げて微笑んだ。
「父さんに、誕生日の贈り物があるのよ。ついてきて?」
ミマは、父の細く骨ばってしめった手を握って、二階へ登った。
二階に着く。
左に行けば、家族それぞれの部屋がある。
右に行けば、突き当たりに植物園が見下ろせる窓。そして、もう一つ、部屋がある。
ミマは父を右へと連れて行った。
「ミマ?」
父が、けげんな声を出した。
「どこへ行くんだ?」
娘は振り返る。彼の愛が振り返る。
向日葵のように明るい、愛らしい笑顔で。
「父さんへの、贈り物よ?」
愛しい娘は、父に抱きついた。
「お父さんの大好きなもの。父さんが欲しがってたもの」
「ミマ?」
男は、自分の体が熱くなっていくのを感じた。
思わず、両手で硬く強く抱きしめた。
「ミマね、知ってるのよ? 父さんが……欲しいもの」
まさか、
まさか、ミマ。
娘は、自分の体をぴったりと父にくっつけると、耳元にささやいた。
「父さんの大好きなものを、ミマが、あげる」
そして、顔を離し、上気している父に微笑みかけた。
「大切なお友達を、紹介するわ。このお部屋に入って?」
まるで夢のようだ。
私のミマが。
私の愛が。
……ああ、ミマ。
男は、高鳴る動悸をもてあましながら、部屋に入る。
家で唯一の蒼い色の部屋に。
そこは、
「おお……!」
男が想像した以上の、
楽園だった。
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