万の物語/三万ヒット目/人質は三万〜誕生日の贈り物〜

人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


54

「アンタタチィ! 帰るわよゥ!」
「ヘイ!」
 口から泡を吹いて気を失っている部長代理を右手につまみあげると、セイシェルは嬉々として言った。
「これにてお仕事終了ーッ! 打ち上げイクわよーッ!? アタシがご奉仕したげるわん!?」
「エエッ!?」
 部下たちが頬を紅くして、大喜びする。
「本当ッスか!? 姐さんッ!」
「まだですよ。部長」
 ウヅキが声を掛けた。
「うちの仕事が終わっていません」
「ああそうだったわねェ?」
 金髪美女は、肩をすくめて笑った。
「ウヅキ君がしっかり者で、助かるわん?」
 生活安全部の部下たちに、先に帰るように命じる。下僕たちは、素直にエヘラエヘラ笑いながら、去っていった。
 少女たちはすでに、部屋にはいない。
 夫人や息子、そしてサヨやミマにも、部屋から出るように言った。
 仕事を見せるわけにはいかないから。
 そうして、部屋には、インテリジェ、小鳥の雪葉、セイシェル、ウヅキ、部長代理、だけになった。
 右手には部下の首根っこを握り、セイシェル部長は姿を変えた。
 懲罰執行部長である、子供の姿に。
 そして、インテリジェの前に膝をついて、申し上げた。
「主上の伝言をうけたまわりました。実行してよろしいでしょうか?」
 インテリジェは、表情なく首を振った。
「知らん。許可も不許可も無い。決めるのは、セイシェル。新殻衛兵たるお前だ」
「はっ」
 懲罰執行部長は、頭を垂れた。
 気を失った大人の首を、小さな右手でつかんで、セイシェルはウヅキの方を振り返る。
「おう。記録係。よぉく見とけよ?」
「はい」
 部下の落ち着いた返事に眉を上げて「ったく。お前の返事って面白くねえンだよ。なんかこう、もっとヨォ『ああっ、ハイッ! 部長のご勇姿ハイケンさせていただきまスッ』的な、尊敬の念というか、サワヤカさというかさァ……」とこぼす。
「さっさとしてください」
「ケッ。しけたガキ」
 舌をベッと出すと、セイシェルは左手を振った。

 生活安全部長代理が、消えた。
 代わりに、本が現われた。

「今度こそ仕事終わりィ!」
「部長お疲れ様です」
 セイシェルは、はー、と息をつくと、両肩をぐるぐる回した。
「お前ウチアゲいかねんだろ? んじゃ、あとは報告書頼むわウヅキーん」
 途中で金髪美女になり、部長は去っていく。
「はい」
 誘拐事件ではなかった事件が、終わった。


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