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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


55

 そして、朝。
 ウヅキの家から出て、卯月が駆けて行く。公園へ。
 途中、駅前広場で集会が行われていた。
「あなたは幸福の受取人」と書かれた横断幕を背にして、講演する青年。隣に立つ慈善団体の女性会長。
 相変わらずやってるなあ、オバサンも、ニイチャンも。卯月は「ひひひ」と笑って、二人を取り巻く人ごみの中で、手を振った。
「!」
 気付いた二人が、手を振り返した。にやり、と、笑ってくれた。
「ひひっ!」
 卯月は機嫌を良くして、公園に向かった。
 そこでは、『蒼いつぼみの会』が早朝の奉仕活動を行っていた。
 ミマと、少女達が、公園の清掃を行っている。
「おーいっ!」
 元気に声を掛けて、卯月は公園へ入っていった。
「あ、おはよーッ! 卯月!」
「はよー!」
「てめえ、もう盗みなんかしてネェだろうなッ!?」
 それまで、上品におとなしそうに草むしりをしていた少女たちは、卯月が隣にしゃがみこむなり、そんな言葉をつかってきた。
「はよー! してねえよッ!」
「万引きしたら、もう朝飯やんねェぞー!?」
「してねッつの!」
「卯月、この前のあれ、鎖切れちまってたぞ!」
「だって、ちぎれつったのアンタらじゃん」
「首飾りをちぎれじゃなくって、取れって言ったの! あれ予想以上に痛かったぜ?」
 乱暴なやりとりながらも、卯月や彼女たちの表情は暖かい。
「なあ、ミマどこさ?」
 卯月がたずねると、少女たちの一人があごをしゃくった。滑り台の方をさして。
「ほれ、あそこだよ」
 立ち上がりながら、卯月は礼を言う。
「ありがと。んじゃ!」
「おー」
 応じた少女に、お年寄りが声を掛けてきた。
「おはよう。あんたたち、朝から精が出るねえ?」
 少女たちは、途端に、清純に変貌する。
「おはようございます! 良いお天気ですね!」
「おはようございます! ごきげんはいかがですか!?」
 お年寄りは、嬉しそうにうなずいた。
「ハイハイ。元気ですよお。ほんとに良い子たちだねぇ」

 滑り台のところで、ミマは小さな男の子の遊び相手をしていた。
「母さんはもうすぐお買い物から帰ってくるからね。それまですべり台であそぼうね?」
「ウン!」
「おーい! ミマー!」
「!」
 声を聞いて、ミマは振り返った。
 それまで浮かべていた、優しい微笑が、明るい元気なものへとかわった。
「卯月!」
 
 男の子を遊ばせながら、二人の少女は語らった。
「なー、おまえら、もうあの『クッソジジイ』と別れられたんだろ?」
「……うん。どっかの、刑務所にいるみたい。母さんとは離婚したし。もう他人よ」
「うひひ。よかったなー」
「うん」
 ミマは心の底から微笑む。
「本当にうまくいったわ。みんなが手伝ってくれた。卯月、ありがとね」
「ひひっ! なんもしてねーよ」
 卯月はくすぐったそうに笑った。
「すごく感謝してる。あなたが、『神様』連れてきてくれたのよ。何か、お礼しなきゃね」
「いいって」
「ううん。ねえ、あの蒼い蘭の花、全部もって行かない? うち、売りに出すことになったんだ。今のうちにあげるよ? 全部売ったら、三万イェンなんてもんじゃないよ?」
「いいって。へ? じゃあ、どこで暮らすんだ? 家売ったあとは」
「あのね、今度は、海辺の小さな家で暮らすことになったの。兄さんと一緒に」
 魚釣りができるのよ? と、ミマは嬉しそうにいう。
「へー。そっか。アタシ、蘭はもういらねーよ。アタシにも、家ができたんだ」
 嬉しそうに、卯月が首を振った。
「家ができたのって初めて。へへ。嬉しい」
「本当!? やった!」
 ミマは、自分のことのように、喜んだ。
「よかったね! あ、……じゃあ、もう、会うことなくなるね? おうちができたのなら」
 出会ったのは、ミマの「早朝奉仕」でのこと。おなかをすかした卯月に、ミマたちが朝食をあげた。それからの付き合いだった。
「……うーん」
 卯月は、めずらしく、はっきりしない声を出しながら、うつむいて地面を見て、ざりざりと足で土をけずった。
「なあ?」
「うん?」
「あたし、お前ら好きだ。お前も、お前の家族も、お前の友達も」
 ミマはにっこり笑った。
「あたしも、卯月のこと大好きだよ? 私の家族も、私の友達も、皆、卯月のこと大好きだよ?」
「へへっ?」
 卯月はくすぐったそうに笑って、でもすぐに、もじもじした。
「でな? あの、あのな? ……それでな?」
「うん?」
 そろり、と、卯月が顔を上げてたずねた。
「アタシも、これの仲間に入れてくれねぇか? お前らと一緒にいるの、好きだ」
「わあ!」
 ミマは笑った。
「本当に!? 手伝ってくれるの!? 嬉しい!」
 喜ばれて、卯月も笑った。
「いいのか!? いいのか?!」
「大歓迎! 嬉しいよ!」


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