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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


56

「ひまだなーあ」
「暇じゃないです」
「ケッ。可愛くないガキ! 同意しろっての!」
 懲罰執行部では、今日も、本の山にうずもれて、子供と青年がたった二人きり。
「イチゴアメ買って来い。ウヅキ」
「私は忙しいです。この前の報告書を書いてるんです」
 夫人が話した内容を、書いている。夫人は14のころから、長女は6つのころから、男の欲望の餌食にされてきたこと。
 夫人は、「いつか出て行く」ために、勉強した。自分のような目に遭ったら、どうしたらよいかを。息子に父の悪影響が出ないように、ていよく遠くへあずけ、自分は次女を守りながら、あの家で生きた。いつか、出て行くために。不幸な長女を、いつか助け出すために。
「……あの夫人、強い人ですよね? あんな目に遭ったのに、他人のために働いている」
「あー、まーな。オイ、そんなものそこにイチイチ書かなくっていいんだよ! ッパパパっと仕上げろよ?」
「書かない人が言って良い台詞じゃないですよ?」
 ウヅキは、はあっとため息をつくと、広げていた本を閉じた。
「他の本もいい加減片付けないと」
「おー。そのうちどっかの星に捨ててくるわ」
「やめてくださいよ」
 なげやりな上司に、ウヅキが眉をひそめた。
「あなたの主は、それで失敗なさったのでしょう?」
「……うわバカお前、そんなこと口に出して言うモンじゃねー!」
「だったら、軽々しく『捨ててくる』なんて言わないで下さい」
「うっせぇ」
 セイシェルは筆を右手に立ち上がり、机の上を歩いてウヅキの書いていた本をつかみ上げた。
「こんなもんは、こう書きゃおしまいなんだよッ!『更生が無理ッぽそうだったから、罰したんだよ文句あるか!?』 本の題名『変態生活安全部長代理ん』っと。ハイ終わり!」
 乱雑に書きなぐると、バシンと本を閉じた。
 ウヅキは、上司のあまりのずさんさに「なんてことを!」と声を荒げた。
「題名くらいきちんとしてください! 人の魂なんですよ!?」
「お前なァー!?」
 セイシェルは怒り出す。
「これだって寛大な処置なんだぞ!? 主上と俺を怒らせてこれで済んだんだからな! いいじゃねえか!? この魂は『変態生活安全部長代理ん』だッ! アハハハー?」
「部長!」
「あーうっせえガキ!」
 小さなセイシェルは、机の上をタタタと駆ける。部屋の出入り口へと。
「もうここにいるのウンザリ! そーだ! 機動部か生活安全部に行ってくっかな!? どっちも活気あるからなー!」
 ぴょんと机から飛び降りて、扉のところで、男の子はニヤリと笑って振り返った。
「……ていうか、機動部長になって、テメエんちにいる卯月をこわがらせに行くとカァ? はたまた生活安全部長ゥンになって「もみ」に行くとカァ!?」
「!」
 ウヅキが、顔色を変えた。
 小躍りして部屋を出て行く上司を追いかける。
 扉がしまる。
 その向こうで、彼はどちらになっているのか。
 本の山を押し倒しつつ、ウヅキは走り出す。
「部長っ!」
 彼でも彼女でも、どちらでもいい。
 大人しくさせるネタはつかんでいるのだから。
「待ってください! でないと、『首から下は生活安全部長の写真』だったと言いますよ!」
「イヤァ!?」
 甲高い女の声が、扉の向こうで響いた。
 ウヅキが扉に手を掛ける前に、開く。
 金髪お色気生活安全部長が、半泣きになって立っていた。やはりズボンははいていない。
「バカッ! バカァーン! ソレッ、それを主上に言ったらッ、アタシ消されちゃうかもしれないンだからァァアン!?」
「だったら! 卯月に手を出さないって約束してください!」
「ああっ! ていうか? もーあの写真消えチャッタから、もう無効って感じィん!?」
 思いなおして、セイシェルはニマリと笑って走り出す。
「んじゃねーん! ウヅキィン! ……もんじゃうっ! 卯月ちゃんに、ご奉仕ぃーん!」
「部長!」
 彼女はものすごい速さで、上着がはだけて下着が見えるのも気にせずに走る。そのうち中身も出るかもしれない。
「部長! 見苦しいですからズボンはいてください!」
「そんなこと言って引きとめようったって、無・駄よぉぉん!」
「生活安全部長がそんなことじゃ、住民に示しがつかないでしょう!?」
「大丈夫よぉん! みィんな、アタシの魅力にクラックラよォン!?」
 セイシェルは階段を駆け下りる。途中で、手すりに腰掛けて滑り降りはじめた。
「イヤアァン! きっもちイイー!」
「部長!」
 ウヅキには、とても追いつけない。
 と、上階から、階段同士の隙間を抜けてペンが降ってきた。というよりも、その速さは、投げ下ろされたという方が相応しい。
 それは、手すりに乗っているセイシェルの脳天につき刺さった。
「ッキャー!?」
 見事、頭のてっぺんにぐっさりとペンが刺さり、生活安全部長は悲鳴を上げた。
「誰ッ!? 誰なの!? アタシにこんなコトしたのはッ?!」
「ぼくじゃありません」
 ウヅキは首を振って、階下でわめく女に言った。
「じゃあ誰!?」
「私ですよホッホッホ」
 初老の男の、声が響いた。段々と大きくなる。階段を下りてくるのだ。
「かなり上まで声が響き渡っていましたよ。セイシェル部長、相変わらずですなあ?」
 公共安全及び国家治安維持管理機構庁長官、だった。
「あらん。ココで一番偉い人ン。コンニチワー?」
 ペンを頭に突き刺したままのセイシェルが上がってきた。
 白髪頭でかっぷくの良い長官は、にっこりと穏やかに笑った。
「お久しぶりです。セイシェル部長。このところ酒の席でお会いする機会もなく、寂しく思っておりましたよ?」
「アハン?」
 セイシェルは身をくねらせた。
「だってェ、イロイロ忙しかったんだものーォ」
 それを聞いて、うそつけ、と、ウヅキは思った。暇だ暇だと連呼していたくせに。
「ホッホッホ」
 長官は笑う。
「相変わらずでらっしゃる」
「ウフン。そうよん? アタシは相変わらず、ウツクシイまんまよん? あんたたちはドンドン上にイっちゃうけどン?」
「ホッホ。若いころは、皆、いずれかのあなたにお世話になります」
「年取ってンのに、上だと階段昇るのキツくなァい?」
「ホッホッホ」
 長官は、部長の頭にささったペンを、ためらわずに引き抜いた。
「うんもう。アナタたちのオイタにアタシ、うんざりなんだからァン?」
「ではお辞めになる? それとも、一番上に奉りしょうか?」
「いやよん?」
 セイシェルは、嬉しそうに笑った。
「アタシは若いコが好きなのン!」


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