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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 最近聞かれるようになった神話がある。
 北の賢者は変わり者で知られていた。賢者とは人を物に変え、宙の星を治めるもののこと。人によっては、彼のことを「神」と呼んだりもする。彼は外に興味を示さず、飼っている小鳥と共に星巡りをすることに執心していた。それがこれまでの常識だった。長い時間を、彼は生きている。側にいるは部下の「累機衆」と「新殻衛兵たち」だけだという、なんとも味気も色気も無い話であった。北の果ての荒野に館を構える、変わり者の賢者。
 ところがその「変わり者」には秘密があった。それが、最近聞かれるようになった神話。
 彼の小鳥は、実は、彼の巫女だという。
 巫女とは、彼に一番近しい「物」。近しいとは、血のことであったり、心の距離であったり。
 東の賢者ソフィアの巫女は実の娘。西の賢者ウィズドの巫女は妻。南の賢者ノウリジの巫女は祖母。北の賢者インテリジェの巫女は……いないとされていた。今までは。
 ところが、彼の小鳥は巫女だという。
 その神話は最近聞かれるようになった。それだけ聞いた人間の多くが、失笑した。
「彼に一番近しい物は、よりによって鳥か」と。
 それは、真であった。
 同時に、偽りだった。
 偽りを明かしたのは、話し好きな南の賢者ノウリジだった。
 彼こそ、最初に真実を知った者。それが北の賢者の運のつき。南の賢者は口が軽く、あちこちで触れ回り、それはたちまち神話となった。
 長い長い年月、人間はおろか、他の賢者たちすら知らなかった、北の賢者の秘密。
 彼の小鳥は、新殻衛兵の長が娘、雪葉。
 北の賢者の巫女は、彼の恋人。
 彼は彼女を一目見て、その美しさに心奪われたという。美とは外見のことか内面かは定かではないが。そして、出逢った二人の間で育まれた恋がどのようなものであったか、当人たちが語らぬゆえ、推測することすらできないが。とにかく、北の賢者は彼女を巫女に召し上げた。人の身を、自分の物に変じさせて。
 誰にも、見せたくなかったらしい。自分の巫女を。最愛の女性を。星巡りでの「逢瀬」の間だけ人の形に戻していたという。
 どうりで、彼は小鳥と星巡りが好きだった訳である。
「北の賢者の隠し巫女」、これが最近聞かれるようになった神話。
 男たちは、そんな女がいるのなら、一目、麗姿を拝んでみたいと思う。
 女たちは、そんな女などこの世にいるものかと思う。
 子供たちには、まだ早い。
 少年たちは憧れる。そして夢に見る。賢者と同じく、巫女に魅入られる自分を。
 少女たちにはどうだろう? 神の心を奪い、神に隠されるほどに愛されている巫女の神話は。

 それが、最近聞かれるようになった神話。


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