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人質は三万〜誕生日の贈り物〜

すぎな之助(旧:歌帖楓月)


 なんてきれいな朝。空気が踊ってる。登校時、出勤時。なんて健康な時刻。
 朝の世界は、きれい。これから始まる一日が世界を待っているから。
 少女は少女にお願いする。
 片方はこれから学校へ。もう一方は仕事へ。
 置かれた立場も、心も正反対の少女たちは微笑みあった。
 きっと、友達なのだろう。同じ暖かさで、笑いあう。
「約束。お願いね?」
「そんな念入れなくってもいーよ。簡単だよそんなの」
「ありがとう。本当に、三万でいいの?」
「いーよ。それだけありゃ、二週間はいけるからさ?」
 少女たちは約束した。
「それよかさぁ、また遊ぼうな?」
「うん。また、遊ぼうね」
 それは簡単な約束。
 少女たちの居所を、教えること。

 簡単な話。
 だって私は女の子。
 それも、品の良い、優しそうな、花をつむのもためらうほどに繊細そうな。
 そんな女の子だもの。
 だから簡単な話よ。だからなにも心配はいらない。
「みなさん、」
 私は、壇上で、黄色い花のように明るい微笑を浮かべる。
「おはようございます!」
 私を見ている少女たちは、にっこり笑い返す。
「おはようございます。ミマ学生会長」
 私は、素敵な彼女たちを見回し、今日の計画を発表する。
「さて、皆さんは、心優しい『蒼いつぼみの会』の学生会員です。今日も、恵まれない人、可哀想な人、居場所のない人たちのために、誠心誠意、この清らかな心をもって、奉仕してまいりましょう」
 はい、と、一斉に美しい声がそろって返った。
「さあ皆さん。今日も早朝清掃奉仕、そして、独り暮らしの高齢者への声掛け、小さな子供たちへのあいさつ運動、がんばりましょうね?」
 よろこんで、と、一斉に美しい声と笑顔とが返された。
 そして、ついでのように、続ける。
「私事ですが……わたくしの父の誕生日が近づいております。わたくし、強い父に恩返しをしようと思っておりますの。奉仕の心を、育ててくれた父に返します」
 私は、明るく微笑む。
「今日も一日、他人のためにつくしましょう!」
 そうして、清らかな少女たちは、早朝から、奉仕を始めた。

 一人は、すでにその時点でいなかった。
 一人は、高齢者宅から帰る途中にいなくなった。
 一人は、清掃奉仕を終えて、いなくなった。
 一人は、子供たちに「おはよう」とあいさつしているところが、最後の目撃となった。

 私の制服は、人を安心させる。
 私の家族は、人に尊敬される。
 私の友達は、人に信頼される。
 だから、とても簡単なこと。
 そして、絶対にわからない。
 さて、あと、もう一人くらいは、部屋に入るだろう。
 今度は、本当に招待するのも悪くない。
 他人が混ざっていた方が、かえって良いだろう。

 ね? 姉さん。

「こんにちは」
 私は、彼女に声を掛けた。こういうことは慣れている。仲間を増やす時によくやることだから。
 素敵な子。黒髪は大好きだ。黒いから。明るくないから。暗いから。
 真っ直ぐな長髪は大好きだ。よどみがないから。長い間切り殺されずに生き延びているから。
 黒目がちの瞳は大好きだ。よく見えるだろうから。
「今日は(こんにちは)」
 きれいな声は大好きだ。心のにごりが簡単にはわからないから。
 明瞭な発音は大好きだ。言葉に不通が少ないから。
「初めまして。黒髪の素敵な人。私のことは、ご存知でしょうか?」
「ええ。確か、貴方は」
 私は笑う。明るく笑う。
「ご存知ならうれしいわ。私、いつもあなたのことを見ていたの。是非お友達になりたいなって」
「……」
 言葉少ななのは大好きだ。神秘的だから。
 賢そうなのは大好きだ。人をひきつけるから。
「よろしければ、私の家にご招待したいの」
 きれいな笑顔は大好きだ。
 私とは、違うから。
「喜んで」
「じゃ、時間は……」

 一人は、登校途中にいなくなった。
 一人は、「忘れ物を取りに行く」と言って学校を出たきり、行方が知れない。
 一人は、体調不良を訴えて学校を早退したのち、消えた。

 少女たちが誘拐された。
 行方は、ようとしてしれない。
 ……不審者についての目撃情報は、すべて、空振り。


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