女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



100 それは、異世界の物語

 朝だ。
 よく見知った布団と、天井と、私の部屋があった。
 最初に、「カイ」が言ってたことは嘘じゃなかった。
 私は、夢を見ていたんだ。
 明理沙は起き上がり、部屋の窓を開けて、朝の空気を入れた。
 勉強机には、昨晩のまま、国語の教科書が置いてあった。
 いつもなら、机の上には何も無く、きちんと整頓されていて、たとえば今日の授業で使う国語の本なんて、カバンの中に入っているのだけれど。
 そういえば、昨夜は、
 窓外に強い光なんて、なかった。
 私は偏頭痛もちで、痛みの前には、必ず視界に白い光のようなものがパッと輝く。その光が見えたのだった。いつもよりも、かなり強く。
 ここ、2、3日くらい、「私はこれでいいのか?」なんて、変な悩みを抱えていて、眠れなかった。
 睡眠不足は、偏頭痛の引き金になる。
 これは、ひどい頭痛が来る。
 そう思った私は、急いで台所に行って、病院で貰ってる薬を飲んで、すぐに眠った。
 そうして、夢を見たんだ。
「ほんとに、すごい夢だったな」
 明理沙はクスクス笑った。
 私にも、妹のような突飛な想像力があったんだ。
「明理沙、起きてる?」
 部屋の扉の向こうで、母の呼び声が聞こえた。
「うん。おはよう」
「おはよう」
 朝食の玉子焼きの匂いを身にまといつつ、母は、「ほんとに大迷惑だったわよねえ。明理沙、眠れなかったでしょ? まったく綾子ったら」と眉をひそめた。
「何の話? 綾子が何かしたの?」
「え?」
 母は目を丸くした。
「嘘。明理沙ったら、知らなかったの? あれで寝てられたの?」
「昨日は、薬を飲んで寝たから……。何があったの?」
「どうもこうもないわよ、バカ綾子がね……」
 母の話によると、昨夜はとんだことになっていたらしい。
 妹の綾子が、パソコンでインターネットをしながら、大好きな小説の「ドラマCD」っていうのを聞いていたらしい。
 そしたら、パソコンが故障したらしくて、それまでイヤホンで聞いていて音一つ漏れなかったパソコンから、その「ドラマCD」とやらが大音響で再生されたらしいのだ。
 綾子はビックリして、再生を止めようとしたができなかった、らしい。パソコンの電源も落とせなくなり、コンセントを抜いたり、音量を落とそうとしたり、色々したらしいが、その「大音響の再生」は止まらなかった。コンセントを抜いても、パソコンは内部に蓄えてある電気で再生を続け……
「止まったのはついさっきよ」
 母は左手でこめかみを抑えた。
「よかった。薬が効いてて全然知らなかった。それは近所迷惑だったね?」
 明理沙がしみじみ言うと、
「そうよ! 母さんと父さんは、たった今ご近所をあいさつ回りして帰ってきたばかりなの。もちろん、綾子を連れて、きっちり頭を下げさせたわ。まあ、家の外にはそんなに聞こえなかったみたいで、よかったんだけど」
「そんな綾子は今どうしてるの?」
「『一睡もしてないから、今日は学校休むー!』って泣いてるわ。ふざけなさんなよ、って言うの! 私は甘やかさないわよ」
「でも、不可抗力ていうか、不幸な事故だけどね」
「とんでもない。あの子が毎日毎日毎日、夜中まであんなことしてなきゃ、こうはならないの。事故でした、じゃ、済まないわ。さ、朝ごはん食べて、学校に行きなさい」
「はあい」

 明理沙が朝食を済ませたころに、綾子が台所に来た。グズグズ言いながら。
「眠いよ、眠いよー。あたし学校休みたいのにー」
「遊んで疲れて学校休みました、なんて許さないわよ。とっとと行っておいで! ほらご飯!」
 母親からぴしゃりと言われて、綾子は「うぇぇ」と半泣きでご飯と味噌汁をすすった。
 ふと、明理沙はドラマCDとやらの内容が気になった。
 まさか、私が見たあの夢って、
「綾子、あんたが、昨日再生したCDってどんな内容だったの?」
「明理沙、そんなこといいから、学校行ってらっしゃい」
 母が苦い顔をするが、「ちょっと、不思議な夢を見たから、もしかしてと思って」と言って制して、綾子を促した。
「ねえ、どんな内容?」
 妹は、姉が普段興味を示さない自分の趣味のことを聞いてきたので、顔を明るくさせた。
「お姉ちゃん、気になるの? やったあ。今度、本貸してあげよっか?」
「まあ、まずはCDの内容を教えてよ」
「いいよ! こんな話なの!」
 綾子は、不機嫌になる母を尻目に嬉々として内容を語った。
 果たして、それは、明理沙の見た夢の雰囲気とほとんど変わらなかった。具体的な話は違ったが、なにしろ夢だから、耳に聞いた通りではないだろう。
 私が見た夢は、耳から聞こえてきたドラマCDだったのだ。マジックキングダムという架空の世界での、カイという少年の冒険物語だったのだ。
「……ああ。それが聞こえてて夢に出てきたんだ」
 なんだ。そういうことだったのか。
「ドジっ子のカイが、笑える失敗を繰り返しながら微妙ーに成長してくのよねー! でも私はエフィル様ファンなの! だからユエが嫌い!」
 綾子の話がどんどん脱線していく。
「エフィル様が好きなのは、本当はシルディじゃないと思うのよねえ! 私が妄想するところによると、やっぱり……」
 妹の語り口はどんどん熱くなっていき、一睡もしてないなんていう、よどんだ雰囲気は蒸発していた。
「綾子っ! いいかげんにしなさい! 昨夜のこと反省してないの!?」
 ついに母親が怒り出した。
「さあ、学校に行こう」
 明理沙は妹を台所から連れ出した。

 学校に行きすがら、妹はぶうぶう文句を垂れた。
「母さんってば、うるさい! そりゃ、私だって悪かったわよ? でも、あんなに怒らなくってもいいじゃない! 私の趣味なのに、いちいちいちいち文句ばっかり!」
 明理沙は、まあまあとなだめる。
「昨夜の件はさ、もっと誰の目にもわかりやすいくらいに『反省してます!』って雰囲気をだしとかないと。しょげたように振舞うとかさ。母さんにも父さんにも、世間体っていうものがあるわけだしさ?」
「でも、あんまり怒られすぎると、逆に腹たってくるんだもの! そこまで怒んなくてもいいじゃないのっ? みたいな。……ああ、そうか、お姉ちゃんにはわからないんだ。お姉ちゃんは、叱られることないものねえ……」
 ぐじぐじと涙を浮かべる妹に、明理沙は苦笑した。
「運が悪かったんだよね。つまり」
 うええ、と、妹は泣いた。
「……そうかも、しれないけどぉ」
 明理沙は、私と違って感情豊かだなと思った。
「とりあえずさ、一週間くらい、パソコンとCDに触るのやめてたらいいよ。謹慎期間、ということで」
「やっぱり、それしなきゃ駄目?」
「しといた方が、母さんが怒らないと思うよ?」
「あーあ。やだなあ」
「でも、本は読めるし、テレビも見られるでしょ? 他ので気を紛らわしながらね」
「……うん。あ、そうだ。今日は新刊の発売日だったー!」
 ぱっ、と、妹の顔が明るくなった。
「帰りに買おうっと! よーし、元気出てきた! お姉ちゃん、じゃ、高校頑張ってね! 私も中学頑張るー!」
「うん頑張れ」
 妹は勝手に立ち直って、颯爽と走っていった。
 うらやましいと思う。あんなに夢中になれるって。
 明理沙は、息をついて、空を見上げた。
 今日も暑くなりそうな、真っ青な夏空だ。

 学校に着くと、いつものように、教室内の生徒同士の他愛もない小競り合いに同意したり首を傾げたり。隣のクラス委員の山元から、「担任がおとなしくなった。校長から『今度やったら職員室の席を、教務主任の隣にしてやる』って脅されたみたいだ」と教えてもらったり。
 そして、いつものように、人の話を聞く一日が終り、明理沙は家に着いた。

「お帰りなさい。聞いてよ明理沙。綾子がね、なんと反省してるのよ!」
 出迎えた母が、勢い込んで報告した。
「反省……してるの?」
 明理沙は、少し意外に思った。妹のことだから、まだ意地を張ってるんじゃないかな、と心配していたのだが。
「うん! もう、すっごい反省ぶり。私のところにね、パソコン持ってきて『一週間は使いませんから、どうぞ預かってくださいませ。これが私の誠意の証です』って神妙な顔で言って、深々と頭を下げたのよ。『お母様とお父様には、とんだ御迷惑をお掛けしました』って!」
 綾子なりに、色々『反省の表現』を研究したらしい。表し方がちょっと硬いというか時代錯誤なのはは、本の読みすぎかもしれない。
「ふうん。よかったねえ、母さん」
「もう、ほっと一安心よ。あの子も、やるときはやるのねえ」
 うんうん、とうなずいて、母は「見直しちゃったわ」と笑った。

 部屋に行くと、扉のところに、にこにこ笑った妹がいた。
「ちょっと『演技』してみちゃったー! 母さん喜ばせるのも、悪くないね?」
 綾子は少し大人になったらしい。
「違うよ綾子。それは演技じゃないよ、礼儀っていうんだよ。悪いことじゃないんだから。安心して母さん喜ばせたらいいんだよ」
 うん、そうする、と笑う妹は、背中に隠し持っていた本を、明理沙に見せた。
「ほらー! エドガーブラウンの新刊が出たんだー」
 エドガーブラウン……、綾子がよく口にする作家の名前だ。作家だったか探検家だったか。
「ふうん」
「昨夜のドラマCDの原作なんだ」
「へえ、そうなんだ」
 相槌を打って明理沙が部屋に入ると、綾子も一緒に入ってきた。
 そして、部屋の隅にちょこんと座り込んで、本を読み始める。今は、そこが、綾子の読書場所になったのだ。
「……あ! お姉ちゃんと同じ名前だ。うらやましいー!」
 すぐに、妹が頓狂な声をあげた。
 カバンを机に置いて、教科書類を出していた明理沙は、眉をあげた。
「へえ。登場人物に、私みたいな名前のがいるの? 外国の物語でしょ?」
「違うよー。作者からの伝言の相手だよ」
「伝言って?」
「伝言っていったら伝言だよ。前書きにあったの」
 ほら見て、と言って、綾子は姉に本を見せた。
「どれ?」
「これだよ」
 指差した先に、「アリサ」という文字があった。
 私と同じ呼び方だ。
 しかし、それ以上なにも感じず、むしろ、本に伝言を載せるなんておかしな作者もいたものだと思い、明理沙は前後の文章を読んだ。

「まず、この物語は事実であると言っておこう。私が森で出会った妖精ハニール・リキシアから聞いた、彼女の世界の話なのだ。今回、彼女は、私が本に著すことに、一つの条件をつけた。それは謎めいた条件だった。ある人への伝言を(まあ伝言というものは当事者以外にとっては謎でしかあるまいが)、私の世界の誰かに、届けて欲しいというのだ。
 こんな伝言だ。
『親愛なるアリサへ。あんなふうに別れてしまってごめんなさい。闇は何とか得られました。だから、みんな元気にしているわ。どうぞまた来てね』
世界のどこかにいるアリサへ。ハニール・リキシアからの伝言は以上だ。僕も、君に会ってみたい。君は、僕が主人公に選んだカイにとって重要な存在であるのだからね。いや……。かえって、会わない方が、お互いの世界が広がるかもしれないね。想像力とは、無限の翼なのだから。
 では、いつものように物語を始めよう」

 ……それは、異世界の物語。




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