女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



101 ユエを覚えている?

 エフィルが帰されてから、どれくらい時が経ったろう。
「お帰りなさい。リディアス」
 輝く小さな貴婦人が、そう言って微笑んだ先に、主の姿が現れた。
 右手には、彼の水晶珠を持って。
 左腕には、彼のシルバースターを抱えて。
「金糸の君……」
 彼から乱暴に放り返された、先王の親衛隊長だった若者は、ただ、名前を呼ぶことしかできなかった。
「あれ!? 明理沙は!?」
 ほとんど仲間はずれにされていた先王の息子は、異世界の少女の不在に声をあげた。
 開口一番、世界一の魔法使いはこう言った。
「シルディ、はやく済ませてくれ」
 いわく、シルバースターを急かした。
「ええ。わかったわ」
 抱えられたシルディは、彼女にしては珍しく、リディアスの勝手な言葉に素直に従った。
 そして、目を丸くして見ている少年と青年と妖精とに、矢継ぎ早にこう言った。
「リキシア、エフィル、カイ、今帰ってきました。ひとまず解決よ。詳しいことはまた後で。ああ、リディアス、ちょっと待って! もう一言、」
 言う途中で、二人は消える。
「……カイ! 明理沙は帰っちゃった!」
 シルディのあわてた声が響いた。
「ええ!?」
 驚く少年の前には、もう誰もいなかった。
 「やっぱりあのままにしたんだ」と、隣でエフィルがつぶやいたが、呆然としているカイの耳には届かなかった。
「帰ったって、そんな、いきなり、」
 てっきり、金糸の君とシルディが、明理沙を連れ戻してくれるものと思っていた。そして、帰ってきた明理沙に、僕は、
「まだ……好きって言えてないのに、」
 床にへたり込んだカイに、声が聞こえてきた。
『アンタって本当のろまよね』
「し、シナーラ!?」
『ヒヒヒ。そうよ。バカカイ。あたし、さよならするの。あ、そうだ。ほらこの前、火竜騒動の時に、アンタに寄越せって頼んだ「世界の造り方を書いた本」、もう要らなくなったから。用意しなくていいよ』
「さよならって、どういうことだ?」
『どうもこうもないわ。さよならはさよならよ。じゃね』
 沈黙が落ちた。
「シナーラ……?」
 きょとんとして、あたりを見回すカイに、エフィルが首を傾げた。
「シナーラって? 何か聞こえたのか?」
「聞こえなかったのか? エフィル。今、シナーラが、『さよなら』って、言ったんだ」
 エフィルが瞬いた。
「シナーラって、誰のことだ?」
「は? シナーラだよ。桔梗畑のシナーラ。ハール様の娘の」
 カイが言い加えると、若い白魔法使いは、にっこり笑った。
「何を言ってるんだ、カイ。ハール様の娘は、生まれてすぐに亡くなっただろうに」
「エフィル? お前こそ、何を言ってるんだ? シナーラは死んでなんかいない」
 先王の息子は、ゆっくりと瞬いた。
 助けを求めるように、光の妖精に目を移すが、ハニール・リキシアは表情を硬くして首を振ってみせた。
「どういうことですか? リキシア?」
 カイの問いかけには、あきらめめいた静かな声が返ってきた。
「エフィルは、全き白魔法使いだもの。……闇とはあいいれない」
 そして、目を伏せてほほえんで、輝く貴婦人は、エフィルにたずねた。
「ユエを覚えている?」
 青年は、笑った。
「あいにく。その方が、どうかなさったのですか?」
 彼らのやり取りを聞いて、カイは、言葉を失った。

 金糸の君は、シルバースターと共に自室に戻るなり、力尽きて床に倒れこんだ。
「リディ、大丈夫?」
 彼にしっかり抱えられたままのシルディは、当然、一緒に床に横たわる形となった。
「……」
 リディアスは、ぐったりと目を閉じている。
「おつかれさま」
 ささやいて、シルディは、彼の顔に落ちかかる金の混じった白い髪をかきあげた。
「このまま、」
 金糸の君の唇から、かすれた声がもれた。
「離れないでくれ。シド、」
 彼の両腕が、シルバースターを強く引き寄せる。
「ここにいてくれ。私のシルバースター」
「いますとも」
 シルディは、大切そうに自分の下腹を撫で、そして、金糸の君の胸に頬をよせた。
「いますとも。ずっと、」

 カイは、城を飛び出した。
「カイ、どこへ行くの」
 後ろを、光の貴婦人が着いてくる。
「……」
 振り返った顔は、ひどく頼りなげだった。
「どこって、わかんないよ」
 うつむいて、へへ、と小さく笑った。
「僕の力じゃ、どこに行きようもないしね?」
「カイ……」
 また、少年は弱くなってしまった。
 なんと言葉を掛けようかと、逡巡するリキシアに、少年の方から言葉が届いた。
「やっぱり、この世界は脆いんだね……。あのエフィルが、シナーラのことも、ユエのことすら、忘れてしまうんだよ?」
 昔から在った妖精には、ちっぽけな少年の言葉を肯定することも否定することもできない。
「この分だと、僕の記憶なんかめちゃくちゃなんじゃないのかな? そもそも僕は生きているのかな? 本当はこれは夢なんじゃないのかな? 僕自体、誰かの想像の産物なんじゃないのかな?」
「カイ。それは心配しなくったっていいわ」
 菜の花色の光輝が少年を照らした。
「あなたはちゃんとここにいます。生きて、考えて、何も失っても歪んでもいないわ。あなたはそれを疑ってはいけない」
「でも、」
 少年は不安げに目を揺らす。
「でも、エフィルでさえ、」
 妖精は首を振る。
「違う。エフィルは全き白魔法使い。闇とは相容れない存在なの。だから、……闇と確定したものは、彼の目には映らなくなる。記憶すら消えてしまう。それが、全き白魔法使いというもの」
「……僕が覚えていられるのは、僕がちっぽけだから、なのかい?」
「先王の息子よ、」
 世界一の魔法使いの証は、カイに光を降らせた。
 少年は、目を丸くして、光の貴婦人を見上げた。
「自分を卑下してはいけません。あなたには、あなたにしかできないことがある」
 カイは、複雑な顔をして笑った。
「僕にしか、できないこと? そんなもの……」
「無い、と、言いたいの?」
「当たり前だよ。リキシア」
 星を持たない少年は、後ずさり、降り注ぐ光輝から逃れた。
「……あるわけ、ないよ!」
 言い訳のように叫び、そして、駆け出す。
「カイ!」
 沈思の森へと。




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