闇の部屋で。
「カキ、シナ。カイはどうしているかしらねぇ?」
光と共には生きられなくなった少女が、明るい口調だ。
大人用の椅子に腰掛けて、膝から下をぷらぷらと動かしながら。
二羽のカラスが、女の子の前にある円卓に止まっている。そのどちらも同じように見え、区別がつかない。
「どこかで転んで泣いていたりして。それとも、池に落ちて泣いているかしら。ふふっ、どっちにしても楽しいわね。様子を見てきてちょうだいな」
一羽が、両方の翼を大きく広げ、そこで動きを止めた。
「シナ? どうしたの」
カラスは床に降り、両脚をそろえて、ぴょんぴょんぴょんと、少女の掛けた椅子の周りを回った。
「見に行きたくないの?」
円卓の上のもう一羽が、彼女の左肩に飛び乗った。
「なぁに? カキ」
カラスは少女に耳打ちした。
白の大魔法使いのティカは、眉を寄せた。
「私が? 出られる訳がないじゃないの」
床に下りていたシナが、また円卓に飛び乗った。そしてくちばしをぱくぱくと動かした。鳴き声も何もしない。
しかし、それを言葉として聞き取れる少女は、肩をすくめて返事をした。
「リディアスですって? 彼のことなんて、興味が無いもの。シルディは別だけれど」
今度は、肩の上に乗ったカキが、くちばしをぱくぱく動かす。
「うるさいわね。とにかく! 私は、この私に対して挨拶もまともにできないような『三年も寝こけ太郎』は、大・嫌・い、なのッ!」
つん、と、顎を上げると、ティカは椅子から軽やかに飛び降りた。
カキが翼を広げて、少女の肩から飛び上がり、円卓に戻る。
シナも羽ばたき、円卓に戻る。
腰に両手を当てて、ティカは二羽に命じた。
「用があるなら、向こうからくるべきよ。そうでしょ? カキ、シナ。さあ、あなたがたは、私の命令を聞きなさい。カイの様子を見て来るの!」
「う、ん、」
二人して、どれくらい眠ったことだろう。
シルディが目を覚ました。
金糸の君は、シルバースターを背後から抱きしめ、まだ目を閉じている。
その手は両方とも、彼女の腹に当てられている。
首だけ動かして後ろを見ると、すぐそこに乳白色の髪と幾筋かの金の髪、そして主の顔があった。
深く眠り込んでいる。
シルディは、彼の手に、自分の手をのせてみた。
私の中に闇が入っている。ユエではない、別の闇が。
リディアスに願ったのだ。
彼は嫌な顔をしたが、叶えてくれた。
そのとき、
「どういうつもりだ?」
と、聞かれたので、こう答えた。
「ユエは消えたいみたいだから、そうすればいいけれど。私たちの世界には、『闇』が必要でしょう?」
そうしたら、彼は、ひどく不機嫌になった。
「だから、君が入れ物になるというのか」
私は笑ってみた。
「だって、私は魔法が使えないもの。だから、私の中に闇が入っていたとしても、闇は何一つできないわ?」
「君の中に、余計な物を入れたくない」
「これで世界が護られるのよ? 他に方法なんて、無いでしょう」
「他の方法、か……」
そして、少し黙り込んでから、彼は「わかった」と、願いを叶えた。
私の中に息づく、闇。
シルディは、腹をさすってみた。
いつか、この闇は、ユエのように、自我を持つようになるだろう。
そうしたら、闇は、私から生まれて離れる。
生まれた闇は、やがて、この世界で生きることを嫌うだろう。
終りの始まりだ。
でも、それは、きっと、ずっと先の話。
私が生きているうちは、起こらないかもしれない。
そしたら、次の「シルバースター」に受け継いでもらえばいい。
これで、マジックキングダムは、平穏に有り続けられる。
「……シド」
耳元に、声がかかった。
そっと振り返ると、彼が目を覚ましていた。
シルディはくすりと笑った。
「珍しい。ずいぶんと寝覚めがいいのね」
いつもは、いつまでもぼうっとしているくせに。
「逆だ。寝覚めが悪い」
腹に触れる手に、少し力がこもる。
「他の方法が無いかと、ずっと考えている」
「私はこれでいいわ」
「私が良くない」
「闇を欲しがる者なんて、この世界にはいないわ?」
シルディが苦笑交じりに言う。
しかし、それを聞いたリディアスは、わずかに目を見開いた。
「いや、……そうでもない」
「え?」
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