女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



103 闇との再会

 その夜だった。
 眠った私は、ユエに会えた。
 部屋の電気を消して、目を閉じた私の視界は当然真っ暗で、でもそれがユエだとわかった。いや、マジックキングダムに行ったからこそ、この闇はユエなのだとわかった。
「ユエ……」
「やっと戻ってこられたわ」
 声は清々していた。
「やっと、って、ユエは、私がまぶたを閉じたら、いつでもここにいるんじゃ無いの?」
 まぶたの闇なのだから。
「ううん。マジックキングダムに捕まっていたの。だから、ここには居なかった」
「ずっと?」
「ニ日前からよ」
 私が悩み始めた時だ。自分の有り方について。それで、眠りが浅かった。
「でも、マジックキングダムでは、ユエはずっと昔から居たことになっていたよね?」
「そうよ。だって、ここの二日なんて、あっちの永遠ですもの」
「……そんなに?」
「そんなに、よ」
「……」
会話しながら、明理沙は不思議に思った。
 闇の声は、のびやかで飾りが無い。彼女独特の可愛い話し振りのかけらも残っていない。
「ユエなのに喋り方が違うね」
 すると、闇は「そうよ」と応じた。
「私は私、って、わかっているから、どんなにでもなれるのよ。どんなになっても、それが私だもの」
 それは、マジックキングダムを訪れる前に、私が訳も無く悩んでいた原因だった。私は、これでいいのかと。
 悩みがあるから眠りにくい、のではなく、逆だったのだろうか。眠れなくなったから、悩みができた。
「ユエが居なかったから、私は、自分を見失いかけていたのかな?」
「そうね。今頃、マジックキングダムには、私の代わりの闇が捕まっていると思う。そして、まぶたの闇を取り上げられた人間は、あなたのように訳もなく悩んでいるわね」
「やっぱり二日くらい捕まるのかな?」
「さあ。私は嫌になって逃げ出したから二日だったけれど。向こうが気に入ったりしたら、何日も。もしかしたら、こちらのずーっとになるかもしれない」
「そしたら、病気になるかもね」
「そうかもね」
「ユエが、全き白魔法使いを狩ろうとしたのは、帰りたかったからなの?」
「帰りたかった、ということじゃないわ。光が嫌だもの。だって、私は闇でしょ? ねえ、明理沙。あなた、自分が眠っているのに、まぶたをこじ開けられて、明るい光で照らされたい?」
「……嫌だわ」
「そういうことよ。私がいるということは、光があってはいけないの。だから、狩りたくて仕方がなかった。闇と光が同居する変な世界なの。マジックキングダムは」
「ふうん」
 寝ているのに、まぶたをこじ開けられて明るい光で照らした世界、か……。
 それに近いものを、明理沙は思いついた。
「それは、白昼夢みたいなもの?」
「そうね。あんなところに捕まるのは、もうこりごり」
「ほんとに?」
 ……それにしては、エフィルさんのことを気に入っていたようだったが。
「じゃあ、やっぱり、ユエは光が嫌い?」
「私の居るまぶたの向こうには、光がある。だからとても近い存在ね。光に対しては、ただ嫌いというわけではない。色んな気持ちを持ってるのよ」
 嫌いだけれど好き。いつもすぐそこにある、相容れないもの。
「ユエは、エフィルさんや金糸の君や、カイやシルディに、もう、会いたくないの?」
「会いたくないわ。私は闇だもの。向こうに捕まって人型になっていたから、そういうふうに振舞っていただけ。あれも私だけど、こっちが本来の私」
「会えなくて、寂しくない?」
 あんなに、エフィルさんにくっついていたのに。
「寂しいわけないわ。だって、本来の私はこちらですもの。あれは、ひどく窮屈だった。だから逃げてきた。ようやく帰ってこられた」
「……でも、いいことだってあったでしょ?」
「悪いことばかりのところなんか、どこにもないわ。良いことも悪いことも、何処でも両方あるわ。それと、居たい居たくないは別の話。それだけのことよ」
「そんなものなの?」
「私にはその程度のことよ。さて、明理沙。そういう訳で、私は帰ってきたわ。これからは、今までどおり、あなたの『まぶたの闇』として在るわけだから、もう話したりしないわ。これっきりよ。でないと、あなたは眠れなくなるでしょう」
「そうだね」
「そうよ。お休みなさい」
「お休み」
 それが、ユエとの別れで、私の闇との再会だった。
 以後、「私はこれでいいのか?」という悩みらしきものは消えた。

 わたしが、「マジックキングダム」の夢を見て、しばらく経ってから、学校のホームルームの時に、「思春期の、自己の確立」なんていう話を聞いた。「自我同一性を得て、人は大人になるのだ」と。
 つまり、「自分はこれでいい」と思えるようになることが、大人への入り口になるのだと。
 でも、担任の先生は言った。
 先生は、シルディに雰囲気が似ている。
「……でもね、私は、年齢的には大人なのだけれど。なかなか、『自分はこれでいい』なんて確信を持てることって、ないのよ。周りの大人にも、そんな人は、あまり居ないわねえ。いつでも、『これでよかったのか?』と、後ろを振り返りながら、生きてる」
 私たち生徒は、本心を漏らした先生に、口々に返答した。
「なんだ。そんなもんなの」
「でも先生、逆にさあ、『私はこれでいいの!』なんて自信満々な人って、ホントに完璧超人か、そうじゃなきゃ「危ない奴」じゃないの? または、頑固な奴とか、自己中とか、自己陶酔野郎とか、」
「それって、隣のクラスの担任のことかよ」
 先生は、それを聞いてちょっとふきだし、決まり悪く咳払いをした。
「……えーと、それでは、話を、続けるわね?」
「先生、今、ふきだしたでしょ? ってことは、そう思ってるってことだよね?」
「話を続けます」
 しらっと聞き流して、担任は、口調を改めた。
「でね、先生思ったの。自己の確立というのは、自信満々で『私の存在は、世界中のどこに出しても恥ずかしくないものです』って思い込むこと、じゃないのよ。きっと。そういうことじゃなくって、」
 そして、右手で、私たち生徒を指し示して、
「みんな、色んな個性を持っていますね? 気に入ってるところも有るし、そうじゃないところもあるでしょう。隠したいこともあるでしょうし、もう自慢したくて仕方がないことも、あるでしょう。ここは治したいな、と思っていても、なかなか治せないこともあると思います」
 皆、うんうん、とうなずいた。
「そういう自分のことをね、『ああ、私はこういうときには活躍できる。こういうときはみんなに手伝ってもらわなきゃならない。こういうところは治したいけど難しいなあ』ということを、できるだけ目をそらさずに受け止めて、『つまり、私とはそういう存在なんだなあ』と理解することだと思ったのね。先生は、」
「……たったそれだけ? そんなのが自己の確立っていうの?」
 誰かが、がっかりしたようにつぶやいた。
 先生は、にこっと笑った。
「そうよ。きっと、それだけよ。だけど、『それだけ』が、とっても難しい時もあるのね。例えば、失敗をして、みんなに迷惑を掛けて、そして自分でも『なんでこんなことをしちゃったんだろう。でも、あの時はこうするしかなかったんだよなあ』と、思った時とか。もう、どこかに逃げ出したくなるかもしれない」
「……うん」
「そんな時に、自己の確立ができているならば、その失敗を反省したり、迷惑を掛けた人に謝ったりして、そういう失敗を繰り返さないようにしようと頑張ったりする。または、どうしても避けられない失敗で、これからもこういうことは必ず起こって、みんなに迷惑を掛けるとわかっている、でも、どうしようもない。そんなこともあるのね。そういう時には、『これからも、みんなに迷惑を掛けるだろう。どうにかできればしたいけれど、どうしようもない。申し訳ないなあ』ってがっかりするけれど。まあ、そういうふうに、改善できるにしろできないにしろ、『自分のこと』として受け止めることができます。『自分が起こしたこと』として受け止めて、何か感想を持てるのね」
 私たちは渋い苦い顔になってしまった。
「解決しないこともあるんだ」
「大人の世界って、大変だね」
 そんなことないわよ、と、先生は首を振った。
「子どもの世界だって大変でしょう? 大人も子どもも、それぞれ大変なのよ。それでね、話を続けるけど。これが、『自己を確立していない』と、どうなるかというと。良いことが起こったら全部自分のお陰だ、自分の努力や才能がそうさせたんだ、と、思い込んだりします。逆に、思い通りにいかないことや、失敗をしたりすると、『私の所為じゃない』『周囲が悪いんだ』と、自分以外のものの所為にしたります。自分の姿がわからないものだから、物事を正確に捉えられないのね。だから、感情や、気分や、周囲に、『自分』が引きずられてヘトヘトになります」
 明理沙が、なるほどね、とうなずいていると、誰かが、勢いよく口をはさんだ。
「先生、先生、こういう人もいると思います! 『悪いことが起こったら、全部私の所為。私が生きているから悪い!』って。……まんがで見たんだけど」
 先生は、神妙にうなずいた。
「そうね。少ないけど、そういう人もいますね。悪いことは全て自分の所為、良いことは全て自分以外の所為にする。でも、その人も『自己を確立していない』のです。自分の姿をわかっていないわけですからね」
 私、そんな人知ってる。明理沙は、カイのことを思い出した。元気でやってるだろうか? 私と別れてから、どれくらい時間が経ってるのだろうか?
 そこで、チャイムが鳴った。
 先生は「あら、もう時間だわ。なんだか、熱く語っちゃったわね」と苦笑いしてみせた。
「では、今日はこれでおしまい」




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