女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



105 闇の部屋の光

 二羽のカラスが連れてきたのは、王宮の闇の部屋だった。
 妹、ティカが棲む部屋だ。
「兄さん!」
 扉の向こうから聞こえる声は、とても明るかった。
 とても、一生を闇で暮らさなければならない者だとは思えないほど。
 カイの立つのは、高い天井近くに付けられたステンドグラスの窓から、虹色の光が落ちる廊下。
 ティカが立つのは、世界から閉ざされた闇の中。
 お互いの居る場所と気持ちは、逆だった。
「……ティカ、」
 沈んだ声の兄を、妹が笑い飛ばした。
「フフフフ! やっぱり、思った通りだったわ! 兄さんったら、まーた落ち込んでるっ!」
「……だって、僕なんか、」
 うなだれるカイの両肩に乗っているカラスが、「グワ」「ギャ」と小さく鳴き掛ける。
「カキ、シナ、兄さんを突っついてやって!」
 ティカの命令に、カラスたちは「グワ!」「ギャ!」と応じて、実行した。
 黒いするどいくちばしが、少年の頭をこづく。
「痛いッ!」
「にーいさんはすーぐそうやってイジイジ、ジメジメ! ほんっとに情けないんだから! 私が外に出られるんだったら、今すぐ魔法で池の真ん中に飛ばして大蛇でグルグル巻きにして泣かせてやるのに!」
 闇の部屋から凛とした叱り声が響いてくる。
「……」
 二羽からつつかれた頭をさすりながら、カイは、「だって……」と、言いかけるが、
「もう! 『だって』とか、『でも』って言うの、禁止! カキ、シナ、兄さんがそう言ったら、思いっきり突っついてやるのよ!」
「でも、ティカ、……ギャー!」
 すみやかに二羽が命令を実行した。
「グワ!」
「ギャ!」
「……だってティカ、……ギャー!」
 また、実行された。

 少年は両手で頭を厳重にかばいつつ、言葉を考え考え、妹に慎重に言う。
「ティカ。ティカは、そんなふうに言うけれど。僕は、何にもできないんだよ。みんなのためになること、何にもできない。それどころか、僕は嘘をついて『王位継承』の話をでっちあげて、異世界の明理沙に迷惑をかけたりした。だから、僕が落ち込んだりクヨクヨしたりするのは、当然だと思うんだ。いや、むしろ、そうしない方が、おかしいと思うんだよ」
 扉の向こうでは、ためいきが盛大につかれた。
「はーっ。兄さんが何にもできないことぐらい、誰でもみーーーんな知ってるわよ? それは当たり前のことでしょ?」
「だからこそ……うわッ、カキ! 僕は『だから』って言っただろ!? もう。話を続けるよ。だからこそ、僕は、みんなにわかるように、自分の小ささをわきまえておかないと、いけないだろう?」
「そんな『わきまえかた』なんか必要ないわよ? むしろ、そうする方が、うっとうしくって嫌よ迷惑よ」
「でも、……だって、」
「カキ! シナ!」
 命令が実行される。
「ぎゃー!」
「全く!」
 もう光を浴びられない妹が、兄を叱る。
「ウジウジイジイジしてる人なんて、迷惑なだけよ! そういうことやるんだったら、こっそり人知れずやってよ! おおっぴらに人前で堂々と『うじうじ!』やることないでしょ!」
「僕は別に、堂々となんか、」
「してますー! 何時でも何処でも誰にでも『僕は駄目な人間ですー』って吹聴してますー! 迷惑! すっごい迷惑! 兄さんが駄目なのはわかってます! わざわざ卑屈になることじゃないでーす!」
「だけど、……ギャー痛い! ……そうだよ僕は駄目だよ! だから、偉そうに生きずに、小さくなって生きてるだろう!?」
「偉そうも小さくも同じことよ。どっちも、他人に気を遣わせようとしてるだけじゃないの。どっちも迷惑! すっごい迷惑! あーやだ。やだやだ」
 二人の間には重く厚い扉があって、空間が厳格に隔てられている。しかし、お互いがどんな表情でどんな気持ちをしているか、うんざりするほどわかっていた。
「なんだよ、ティカの意地悪!」
「なによ、兄さんの意気地なしッ!」
「じゃあ、……じゃあ、どうすればいいんだよ!?」
「そんなの! 自分で考えなさい! って、言いたい所だけど。正直、うっとうしくて仕方がないから教えてやるわ。普通の顔をして平気で生きれば、それでいいの!」
「ええっ……」
 今まで威勢よくしていたカイが、途端、しり込みを始めた。
「そ、そんな。自分を偽るなんて、……できないよ」
 ティカが「これだから嫌になっちゃう」と、吐き捨てた。
「兄さんのおバカさん。そう。兄さんは、正直に『駄目な自分』『何にもできない自分』をさらけだしてジメジメ生きたいのね。そうすると、まわりの人たちは、駄目を宣伝しまくる兄さんのために、あれやこれやそれやどれや気をつかったり手伝ったりしなくちゃいけないわ。なんて手の掛かる兄さんなの!?」
「違うよ! いいんだよ助けてもらおうなんて思ってないんだから! 僕のことなんか、放っておいてくれれば、それでいいんだ」
「ほんとにおバカさん。生きている限り、誰でもみんな、困ってる人やできない人、駄目な人を放って置く訳にはいかないの! だから、そんな人がいたら、みんな、手伝ったり優しくしたりするの! 世の中ってそうなってるの! だから、兄さんが、本当に、心から、『駄目駄目な僕のことはどうぞ放っておいて欲しい』と思っているのなら、『僕は駄目じゃありません。一人で生きていけます。できなければ死ぬ覚悟があります』ってくらいの、しっかり顔を取り繕ってないといけないの! ハリボテの自分をこさえておかないと、いけないのよ!」
「……」
 カイは、目を丸くした。
「知らなかった。ということは、僕、思いっきり、勘違いしてた?」
「今ごろ気付いたの? おバカさん」
「なんてことだ……僕は、駄目な自分をさらけだしておけばそれで済むと思っていたのに……」
 すると、今まで、皆に迷惑を掛けてきたことになる。
 みんなに、あやまらなくちゃ。
 でも、明理沙にはもう会えないから、謝れない。
 ……迷惑をかけっぱなしにしてしまった。出会ってから別れるまで、気を遣わせるだけだった。
「どうしよう。明理沙に、謝れないよ……、」
「堂々と落ち込むの、禁止!」
 ぴしゃりと言われて、兄は我に返る。
「あ。そうか。ええと、明理沙に謝りたいけど、もう会えないな。どうすればいいんだろう?」
「どうしようもないでしょ? 謝る方法があれば謝る。なければ、ずっと大事に胸にしまっておけばいいの。いつか、なんとかなることも、あるかもしれないわ?」
 カイが唇を曲げた。
「ティカは、思い切りが早いよね?」
「兄さんが、くよくよしすぎなのっ! 少しは、私を見習ってよね!」
「……うん。ティカは、すごいよね」
 闇の部屋から出られないのに。
 相変わらず元気なままだ。
 そんなティカを、うらやましいとすら思ってしまえるほどだ。
 僕はみっともないね、と、言いそうになり、カイは慌てて口をつぐむ。
 弱さを出せばいい、というものではないのだ。
 自分をさらけだせばいい、というものではないのだ。
 カイは、大きく深呼吸をした。
 自分のしめっぽい弱さを吐き出して、代わりに、妹のからりとした強さをもらうように。
 内心でグジグジジメジメしていたとしても、外面だけいいから、強そうに平気そうにしていれば、とりあえず、むやみに他人の気を病ませたり、心配させたりすることは、ない。
 外面をとりつくろうことも、大事なのだ。
「ティカのこと、見習うよ。僕も、僕なりに、何か、できること、探す」
「へーえ。兄さんが大人になった」
「と、取り繕うだけなら、頑張ってみるよ!」
「その意気よ! そうだ! とりあえず、兄さんができることがあるわ!」
 扉の向こうで、パァン! と、勢い良く両手をたたき合わせる音がした。
「な、何? どんなこと?」
 カイは、期待半分恐れ半分で、うながした。
「ふふふ!」
 ティカは嬉しそうに笑った。
「あの小憎らしいリディアス! を、ここに呼びつけて欲しいの!」
「!」
 想像外の、内容だった。
 カイの額に、脂汗が、どうっと湧き出した。
「ぼくにはできないよ。てぃかがやったらいいとおもうよ? ちょっとこえにだして『きんしのきみきてください』とかおねがいすればそれでいいんだし」
「何よ、そのへにゃへにゃした言いかたは! なんで私があんなのに呼びかけないといけないの!? 兄さんが呼べばいいの!」
「そういうごうまんなところはなおしたほうがいいよてぃか」
「フーンだ! 私はアイツが大ッ嫌いなの! だって、そうじゃないの! お母様を見殺しにしたうえに、お父様を見殺しにしたうえに、シルディを横取りしたうえに、リキシアを横取りした男よ!? 許せるわけがないじゃないのよ! ふざけるのも大概にしときなさいよっていうのよ!」
「わー、てぃか、じけいれつがめちゃくちゃだよ?」
「時系列!? へにゃへにゃ口調のくせにッ、えらそうに指摘しないで!」
 ガン! と、扉を蹴る音が響いた。
 すうう、と、息を吸う音も、聞こえてきた。
「……。今、兄さんの長所か短所かわからないけど、一つ発見したわ?」
「何!? どんなこと!?」
「『あんまり怒らない』ところ」
 目を輝かせていたカイだったが、答えを聞いて肩を落とした。
「なんだ……そんなことか。だって、仕方ないよ。僕なんか」
「カキ! シナ!」
 ティカがカラスにした命令は未だ有効だった。「だって」と言った少年の頭を、二匹が正確につっついた。
「ギャー!」
「グワー!」
「いたーッ!」
 鳴き声と泣き声が響く中で、ティカは「そうだわ!」と明るい声を出した。
「兄さんがリディアスを呼びつけるまで、カキ、シナ、そのまま突っつき続けて! そしたら、嫌でも呼ぶわよね? 兄さん?」




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