女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



106 桔梗畑の真実1

 エフィルは、金糸の君の城を出た。
 そして、空を飛び、偽りの桔梗畑へとおもむいた。
 そこには、白魔法の人形になったハールが住んでいた。
 薄紫の桔梗の花が咲き乱れる、ハールの住居。
 彼女は庭先に立ち、桔梗の花束を抱えて、空から降りてくるエフィルを見上げていた。
「エフィル。いらっしゃい」
「こんにちは。ハール様」
 二人は微笑みあう。
「娘の墓参りに行くところなのよ」
「ご一緒させてもらっていいですか?」
 人形はにっこりと笑った。
「ええ、あの子も喜ぶでしょう」
 裏庭には、杉木立に囲まれた墓があった。
 花瓶がいくつも設えられて、そのどれもに、桔梗の花が供えられていた。
 また一つ、供えの花を増やして、ハールは目を伏せて微笑んだ。
「生まれてすぐに亡くなったあの子。悲しみのあまり、私は黒魔法に手を染めて生き返らせようとした。けれど、黒魔法は失敗して、……私は命を落とすだけでなく、悪霊になって皆に迷惑を掛けた」
「明理沙とカイが救ってくれたんです」
 エフィルは地面に膝を付いて、ハールの涙で震える肩を抱く。

 全き白魔法使いとその人形、彼らの間で事実は変わっていた。

 暖かい手に、桔梗の君は顔を上げて「ありがとう」とつぶやく。
「二人と、そして、あなたに助けられたのよ。あなたたちが、悪霊となった私を救って人形にした。でも、」
 薄青の空を見上げて、「苦しみから救ってもらったことに、感謝はしているわ」と言うと、墓石に目を注いだ。
「けれど、あの子と一緒に眠りたかった。私の可愛いシナーラ」
「ハール様……」
 エフィルは、後悔した。
 どうして、彼女を人形にしてまで生かしたのか。
 それも、亡くなった時の年恰好ではなく、シナーラを産む前の若い姿に。
 そうだ。どうして人形にする必要があったのか。
 浄化した後は、そのまま死なせてあげればよかったのに。
 それなのに。
 若く美しい、……そう、自分と年近い乙女にしたのも、この自分だ。
 そう。
 誰がやったわけでもない。
 彼自身が望んでしたことだった。
 エフィルは、それまで、誰にも話さず、また、己の心の奥深くにしまっておいた過去を、思い出さざるを得なくなった。
 そうでなければ、「つじつま」が合わない。
 ……誰か別の、「悪意ある存在」が、してくれたことならば、簡単に話は片付くのに。
 もしもそうだったなら、どんなにか「都合がいい」だろう。
 自分の本心に気づかずに済んだのに。

「桔梗の君」
 エフィルが王宮に上がった時、既に、彼女はその通り名で呼ばれていた。
 王宮を離れ、次元の裂け目が点在する「偽りの桔梗畑」に居を構えて生きる、全き白魔法使い。
 それは自分と同じ存在だった。そして、尊敬する亡き父母とも。
 エフィルは、彼女に会いたくなった。
 きっと、参考になる話を伺えるに違いない。
 そう思ったら、居ても立ってもいられなくなった。

 夕刻、親衛隊の日勤が終わると、エフィルは桔梗畑に行ってみることにした。
 王にその旨伝えると、珍しくも、親衛隊員である自分に対して、気遣わしそうな表情を見せた。
「気をつけるのだぞ。……彼女がいた住居の周りには、次元の裂け目がある」
「はい。お言葉ありがとうございます」

 自宅に帰り、ハール様への贈り物に「金の杖」を選んだ。
 飼っている白猫のバンリに声をかける。
「全き白魔法使いのハール様に会いにいくんだ」
 バンリは人の言葉を解する。
 あいづち代わりに、長いしっぽを振ってみせた。
「もしも、シルディがシルバースターでなければ、きっと、彼女だって、『全き白魔法使い』だったはずなのにな」
 白猫はひらりとしっぽを振る。
「言っても仕方がないことだけどな……」
 猫は緩やかにしっぽを振る。
 そして、主をじっと見上げていた青い視線を外して、後ろを振り返ると、愛情深くニャアンと鳴いた。
 みい、みい、と、幼い声がして、白い子猫が母親の元に、ちょこちょこと寄って来た。
「センリ、ただいま」
 子猫は、母に顔をなめてもらいながら、主に返事をした。
「みい」
「夜までには戻ってくるから、二匹で待っていておくれ」
「みい」
 エフィルが指先で子猫の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を閉じた。
 ふと、バンリが子猫から離れて、エフィルの足にすりよった。
 長いしっぽをふわりと揺らして、主にまといつかせる。
 常にないしぐさに、エフィルは気付く。
「……心配してるのか?」
 バンリは、ただ、じっとエフィルを見上げるだけだった。
「王も心配してくださった。桔梗畑に気をつけろ、と。一体、何があるのだろう」
 次元の裂け目なら、避けて通る自信がある。それは、自他共に認めるところなのだが。
 それ以外の何かがあるのだ。
「バンリ?」
 白猫は答えない。不安の正体は、彼女にもわからないのかもしれない。動物の勘が、それと教えるだけで。
「とにかく行ってみるよ。是非ともお会いしたいのだ」

 私は考えるべきだったのだ。
 どうして、たった一人の身内である伯母が、彼女のことを教えてくれなかったのか。
 どうして、シルディが、一度も彼女の名前を出さなかったのか。
 そう、もしも、私が、汚れのない白魔法使いを目指していたならば、もっと慎重に考えるべきだったのだ。
 王宮に来て初めて、「全き白魔法使い」が、自分のほかに、もう一人いる、と、知ったことについて。もっと、疑ってみればよかった。
 けれど、私は、人を信じることと希望しか、知らなかった。

 マジックキングダムを取り巻くのは、闇。
 そして、マジックキングダムの中には、次元の裂け目があった。
 私は空を飛び、夜の桔梗畑の上空に来た。その真ん中に「桔梗の君」の家はある。
 薄紫に咲き誇る星型の花々。所々に、白銀の光が、きらきらと漏れ輝いていた。
 それが次元の裂け目。
 まるで御力の光のようだ。
 私は、苦も無く、彼女の家に降りることができた。
 そうして、扉を叩いたのだ。
 開けてはいけない扉を。

「誰?」
 勢い良くそれは開かれて、一人の女の子がすっと顔を出した。
 橙色の髪。紫色の鋭い瞳。
 その子は、私を頭の先から足の先までジロジロと眺めやり、眉をひそめて、「帰れ」と行った。
 当然、私はとまどった。
 まだ、私は何も言っていないのに。
 ひとまず自己紹介だけでもと思い、私は、愛想のない女の子に話しかけた。
「こんばんは。私は、王の親衛隊を勤めているエフィルといいます。ハール様にお会いしたくて、こちらをお伺いしたのですが」
「聞こえなかった? 『帰れ』って言ったのよ? ハールなんて人は居ないわ」
「……」
 閉口した私の耳に、家の奥から、美しい声が優雅に舞い込んだ。
「シナーラ、どうしたの?」
 その人は、桔梗の花と同じ色の長い髪をなびかせながら、駆けてきた。
「……!」
 私を見るやいなや、彼女は立ち尽くした。
「こんばんは」
 私が挨拶すると、はっとして、シナーラの手首を握って引き寄せ、自分の背後に隠した。
 そうしてから、やっと、私を見上げて尋ねた。
「どなた様、ですか?」
「王の親衛隊を勤めているエフィルだって。母さんに会いに来たみたいよ?」
 女性の背後から、よどみのない声が発せられた。
「私、に?」
 彼女は、そっと後ろを振り向く。
 そして、しばらくの間、私の顔をじっと見つめた。
 この人が、「桔梗の君」なのだ。
 通り名どおりの麗人だった。
 たおやかな姿、桔梗色の長く美しい髪、儚げな美しい容貌。
「母さん。こんなのを家に上げては駄目。帰ってもらいましょ?」
 刺々しい申し上げに、母は長いまつ毛を伏せて憂えた。
「シナーラったら……。お客様が来てくださったのに、そんな口をきくものではありません。どうして、どれだけ言って聞かせても、お行儀がわからないのかしら」
 娘の暴言に、心底弱っている。
 私は、シナーラという娘にあきれ果てると共に、内心で首を傾げていた。
 桔梗の君に娘がいるという話は、一度も聞かなかったが。
 娘どころか、夫がいるという話も聞いたことがない。いや、まあ、夫がいようがいるまいが、相手がいれば子は成せる訳であるから、他人が口を出すところではないか。
 不思議そうなエフィルのことを気にしてか、ハールは、シナーラに家の奥にいるように言いつけ、そして改めて挨拶をした。
「『娘』が失礼なことばかり言って、ごめんなさいね。初めまして、エフィル。お会いできて嬉しいわ」
「初めまして、ハール様。同じ白魔法に携わる者として、先輩である貴女のお話を伺えればと思い、……今日は、挨拶をしにまいりました」
「……そう。わざわざありがとう」
 微笑む前に、桔梗の君が一瞬見せた深い愁いが、エフィルの心に、穏やかならぬさざ波を立てた。
 どうして、そんなに悲しそうな顔をしたのだろうか?
 そして。
 どうして、それを見てしまった私の心は、こんなにも揺れるのだ?
「私も、また、王宮に出向ければ良いのだけれど。そうすれば、あなたや、他の白魔法使い達とも、お話ができるのでしょうけど、」
 それまで見合っていた瞳を外し、ハールは、内に沈み込むように目を伏せた。
「……体調が優れないことが多くて」
「そうでしたか」
 なるほど。それで浮かない顔をしていたのだな。
 そのときは、それで納得した。自分の心が波立った理由も、相手を心配するゆえだと、思うことができた。

 恋に落ちていた、なんて、思いもしなかった。

 それまで、私の心には、光や希望などといった明るいものしかなく、陰と絶望はなかったのだ。励ましは知っていたが、慰めは知らなかった。
 その夜は、それだけで終わった。
 私は、持ってきていた金の杖を、ハール様に渡した。
「白魔法用の杖だわ……。ありがとう、」
 と言って、ひどく嬉しそうに受け取ってくれた。桔梗の花のように優しげで儚い微笑みが、私の胸に染み入った。
 だが、少し不思議にも思った。そんな笑みを浮かべるほど、大層な代物ではなかったからだ。白魔法使いなら、持っていて当然の物であるので。
 夜空に飛び立つ私を、ハール様は扉の所に立って、ずっと見送ってくれた。

 その後、私は、たびたび彼女の家を訪れることになった。
 夜になると、無性に思い出すのだ。
 闇に、優しい輝きを放ちつつ浮かび上がる、桔梗畑の情景が。それが胸に浮かぶと、いてもたってもいられなくなり、私はそこを訪れる。
 そして扉を叩くのだ。
 美しくて儚げな、全き白の魔法使いが住む、たった一軒の家を。
 彼女が話して聞かせてくれる白魔法は、私とは見方が違っていた。どこまでも優しく、どこまでも暖かで、どこか、悲しい。
 手の平に載せた小動物の鼓動を感じるような、そんな、魔法。
 私とハール様とが語らう間、シナーラは、部屋の隅に腰を下ろして膝を抱えて、じつと私たちを睨んでいた。
 青ざめた顔をして。
 五回ほど家を訪れた後、帰り際に、私は、見送ってくれるハール様に聞いたのだった。
「シナーラは、私のことが嫌いですね?」
「……ええ」
 シナーラの母親は、目を伏せて肯定した。
 私は意外に思った。優しい彼女だから、無理にでも「そんなことはないわ」と言い繕うものだと思っていた。
「私と彼女は年が近いから、友達にでもなれたら、と思っていたのですが、」
「それは、無理な話なのよ」
「……」
 何故、それほどまで、あっさりと言ってのけるのだろうか?
 できるだけ他人の心に添うようにしたがる彼女が、そんなふうに言うなんて、考えられないことだった。
「どうしてです?」
 思わず聞き返していた。
「どうして、そんなにはっきり、私とシナーラが仲良くできないと言い切れるのです?」
「……それは、」
 桔梗の君は、口をつぐんだ。
「ハール様、理由を教えてください」
 うながすと、彼女は、寂しそうに微笑んで、首を振った。
「そうね。同じ……人間同士だったら、いつか、仲良くなれるかもしれないわね。夜も更けてきましたね。もう、お帰りなさい、エフィル」

 彼女の不可解な態度。その理由がわかったのは、しばらくしてからだった。
 その夜。
 マジックキングダムの空は、厚い雲に覆われていた。
 星明り一つ見えない。
 こんな夜はあまりなかった。日中の天候が不順であっても、夜になれば晴れて星が光るのに。
 昏い夜に、雨粒が、一つ、二つと落ち始めていた。
 ひどく湿度が高かった。生暖かい風が吹いていた。
 世界が体温のような空気に溶けて、一つの生き物になったようだった。
 私は、その夜も、桔梗畑に行った。
 足しげく通う私を、王は心配していた。しきりに、「次元の裂け目に気をつけるのだぞ?」との言葉をくださった。
 空を飛んで、桔梗畑の上空に立つ。
 晴れていれば、空の星と、畑のあちこちにある次元の裂け目とが、共鳴するように輝いて美しいのだが。
 そこは、まるで、夜にひそんで獲物を狙う、どうもうな魔物の目のように、らんらんと輝いていた。
 ……まがまがしいな。
 私は思わず身をすくめた。
 この光、星明りの下では御力のようだが、闇夜ではどうだ。
 化けの皮がはがれるとでもいうのだろうか、まるで黒魔法の妖しい光のようだ。白くなどない、赤紫の光だった。
 こんな畑の中で暮らすハール様とシナーラは、大丈夫だろうか?
 心配になり、私は彼女の家へと急いだ。

 扉を叩くが、返事はなかった。
 家は暗く、灯り一つ点いていなかった。
 ますます心配になった。
 私は、家の周りを歩いた。
 やがて、針葉樹に囲まれた裏庭に出た。
 そして、驚いたのだった。

 どぎつい紫の光。
 「きゅう」「きゅう」とあがる、哀れな悲鳴。
 荒い呼吸の音。
 仰向けに転がった少女は、……シナーラだ。
 そして、その子のそばに膝をついている、満身創痍の女性は、

「ハール、さま?」




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