女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



108 桔梗畑の真実3

「ハール様、」
 今。私は、人形になった彼女に聞くのだ。
 あの夜に聞けなかった理由を。
「なんです? エフィル」
 シナーラの墓に桔梗を手向けて、桔梗の君は私を見上げた。
「私とあなたが、最後にお会いしたあの夜。あなたはどうして『同じことを言うのね』と、おっしゃったのですか?」
「……」
 彼女は表情を消し、口をつぐんで、私を見つめた。
 もう覚えてらっしゃらないだろうか。あれは、彼女にとっては、些細な会話の断片だったのだろうか。
 それなら、それでいい。
 あるいは、それが辛い思い出の一つだったなら、忘れていた方がいい。
 私も、あれから成長した。世の中には、陰も、悲しみも、ぬぐえない事も、必ずあるのだ。
「……」
 桔梗の君は、薄紫の花畑に目をやった。私もつられて、そちらを見た。
 花々の間を、そよそよと、風が吹いた。

『もういいじゃない、母さん』

 どうしてだろう。風に乗って、声が聞こえたような気がした。あの、愛想なしのシナーラの。
 それは、桔梗の君も同じだったようだった。
 証拠に、彼女は、その声が終わると笑ったのだ。優しい母の顔をして。
「そうね、こんなになったのだもの。もう、正直に話したって、いいわよね」
「ハール様?」
 私が声を掛けると、白魔法の人形になった彼女は、こちらを見た。
「あの夜、お話できないままだったわね。驚かないで聞いてちょうだいね」
「はい」
 一体、誰が言ったのだろう? 私と同じことを。
 桔梗の君は、どうしてだか苦笑すると言い足した。
「できれば、怒らないで聞いて欲しいのだけれど。でも、怒られても仕方ないことだから、そうしたら、謝ります」
「えっ?」
 どうして私が怒るというのだろうか?
「ハール様、どういうことです?」
「聞けば、わかりますよ」
 桔梗の君は胸に手を当てて、すっと息を吐いた。まるで彼女が今も生きていて、そこで心臓が動いているかのように。
 そして、彼女は教えてくれた。
「あなたと同じ言葉を言ったのは、あなたのお父様よ。私の娘シナーラの父親は、あなたのお父様なの」
「えっ!?」
 どういうことだ?
 私の父が、私が幼い頃に母と二人して世界の幹に身を捧げた父が、……シナーラの父親ということは。
「ち、父は、私の母と、あなた、二人の女性と関係を持っていたということですか!?」
 思わず、彼女の華奢な両肩をつかまえて、声を上げてしまった。
「そんなことを!? 私の父が!?」
「ごめんなさい、」
 恐縮して、彼女が小さな声で謝った。
 我を忘れていたことに気付き、私は、彼女からそっと手を離し、そして、意識して穏やかな声を出した。
「ハール様……、どういうことです?」
「エフィル。あなたには言い訳に聞こえるかもしれないけれど。私たち、……私たちというのは、あなたのお父様とお母様、そして私のことなのだけど。私たちはお互いに信頼しあっていた。お互いの気持ちを知っていた。だからね、その、」
 顔色を伺うように、桔梗の君は、おずおずと私を見上げた。
 そのしぐさに、私の心がどきりと音をたてた。
「決して、ふしだらなものでも、後ろめたいものでも、なかったわ?」
 どぎまぎした私は、数度うなずいた。
「は、はい」
「話を、続けてもいいかしら?」
「ど、どうぞ」
「あなたのお父様とお母様は、愛し合って夫婦になったの。私は、お父様ともお母様とも親しかった。あなたのお母様とは、親友だったの」
「……はい、」
「あなたのお父様は、……お母様と結婚される前、一時期、私と付き合っていたの。私もあなたのお母様も、あなたのお父様のことが好きだった。私は、できれば、あなたのお父様と夫婦になりたかった。でも、できなかった」
「どうしてですか?」
 質問すると、桔梗の君はにっこりと笑った。意外なことに、未練らしき気配はなかった。
「あの二人が、世界の幹に行くと決まったからよ。二人と別れるのは、寂しかったし悲しかったわ。でも、私は白魔法使いとして、彼らなら頼むに足りると思っていた。素晴らしい二人だったわ。そうして、あなたのお父様とお母様は結ばれたの。この世界から居なくなる前に、彼らは貴方を遺していった」
 父母が旅立つ経緯は知っていた。
「でも。それなのに、どうして、あなたは父と?」
 彼女の表情がかげった。
「妻でもない私と、子を作ったのか? そうね、あなたにわかってもらえなくてもいい。あなたに嫌悪されてもいい。私はそう覚悟した上で、本心を言いましょう。私は貴方のお父様を愛していた。彼の命を、私にも分けて欲しかった。彼と私の命を混ぜたかった。彼と私の子どもが欲しかったの」
「……」
 若いエフィルは、彼女の言葉を、ただ聞き続けることしかできなかった。
「だから、私はあなたのお父様に願いました。断られるのを承知で。それでも願わずにいられなかった。『あなた達が旅立った後、私は独りになります。私にも、あなたが生きた証を遺してください』」
 言葉を失う青年に、人形は微笑んだ。
「あなたのお父様は、こう答えてくれた『わかった。私は、あなたの心を孤独なままにしたくない』」
 嬉しかった、と、つぶやいて、桔梗の君は、今は何も無い腹を撫でた。
「そう言って、愛しいあの人はシナーラを遺してくれた。……」
 その後に落ちた沈黙は、娘の死を思い出してのことだろう。
 私は涙も出せないのね、と、白魔法の人形は、苦笑した。
「話はおしまい。そういうことだったのよ。エフィル」
「……」
「彼らの命は、あなたが受け継いだ。私も、あなたのお父様の命を、つなぎたかったけれど。まだ、いいえ、きっと、ずっと悲しいままに違いないけれど、」
 桔梗の君は、乙女の手で、青年の雪白に若葉色が混じる髪を梳いた。
「あなたが生きている間は、私も動いていられる。彼らの命を継いだあなたを見ていられる」
 厳寒の冬が終り、雪解けの中に芽吹きを見つけたように、ハールはエフィルを見上げて微笑んだ。
「それは幸せなことだと思うわ」
 エフィルは、友達の形見の青年は、人形を抱き寄せた。
「ハール様、」
 そうして、口付けた。
「……」
 人形は命の無い瞳を見開いた。
「エフィル?」
「!」
 若者は、自分の起こした行動に驚いて、乙女から身を離した。
「すみません!」
 彼らしくなく動揺し、頬を紅潮させた。
 ハールはきょとんとして、おろおろしている青年を見ていたが、やがて微笑んだ。
「涙が出ないのは、やっぱり悔しいわ」




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