女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



109 闇の継承

「このたびは遠路はるばるお越しいただきまして誠に申し訳なく思っています」
「全くだ」
 腰低く丁重に、慇懃な言葉と態度でもって、カイは金糸の君を闇の部屋の前に案内したのに。
 相手は、それを無視するように何の感情も入れずに短く応答した。
「……」
 カイは一瞬だけ眉をひそめた。
 しかし、それは、少年にとってはちょっとだけ胸のすく、しかし多くの部分で背すじを凍らせる声を、扉向こうから発せさせる結果になってしまった。
「カイッ! 遠路でも、はるばるでも、申し訳なくも無いわ! 卑屈にならないで頂戴! リディアス、あなたが自分で来ないものだから、私がわざわざあなたを呼びつけることになったではないの! さ、まず、あなたは、私に掛けさせた手間を謝るべきだわ?」
「うーわーッ! 何言うんだよ、ティカ!?」
「……」
 おたつく少年の隣に不機嫌に立つ金糸の君は、眉をひそめた。
「その必要は感じない」
「あなたが感じる必要なんて、無いわ。私が、非常に迷惑をこうむったの。さ、謝りなさい!」
 厚い扉を隔てて、十歳ほどの少女が、世界一の魔法使いに、居丈高かつ声高らかに命じた。
「断る」
 彼はそれを気の無い一言で片付けた。
 厚い扉が、開いた。
 烈火のごとく怒った少女が立っていた。
「駄目だよティカ!」
 兄が顔色を変えた。
「閉めて! 消えちゃうよ!」
「来なさいこの愚か者の三年寝太郎ッ!」
 小さな手が金糸の君の衣をぐいと握り、渾身の力で、部屋の中に引きずり込んだ。
「兄さん閉めて!」
「ハイ!」
 妹の命令を、兄は頭を経由せず身体だけで反射的に従って、勢い良く扉を閉めた。
 それで、カイは、独りぽつんと廊下に立つことになった。
「……」
 しばしポカンとして、扉を閉めた自分の両手と、さっき開いてすぐ閉じた扉を交互に見る。
 素早く起こったできごとに、ようやく頭が追いついた。
「ティカ!」
 扉を叩く。
「駄目だよ! ケンカしちゃ駄目だよ!? ティカは前みたいに丈夫じゃないんだから! お願いしたいことがあったら、穏やかに優しく、言葉で、」
「兄さんは黙ってて! 私のやることに口を出さないで頂戴!」
 ガン! と、扉を蹴る音がした。
 カイはしおしおと言い募る。
「兄ちゃんは、ティカのことを思って言ってるんだけど……」
「うるさい! これは、私の、ケ・ン・カなの!」
 ガン! と、また扉が蹴り付けられた。
「私のことは気にしないでいいの!」
「……」
 兄は、途方にくれて扉を見つめた。もう、開けるわけにはいかないのだ。
「まあ、いっか。元気そうだし」
 扉に背を預けて、カイは床に座り込んだ。
「わかったよティカ。僕は、ここで待ってるから」
 かんしゃく交じりに扉を蹴る音は聞こえなかった。

 息を切らして肩を上下に動かし、小さな少女は、引っ張りこんだ青年を見上げた。
「酷い目に遭ったわ。リディアス、治しなさい」
 身体の右側が、消えかかっていた。
「……」
 金糸の君は口をつぐんで、つくづくと少女を見下ろした。
 その視線を不愉快そうに受けて、ティカは目を細めた。
「あいかわらず、私より背が高いのが気に入らないわ」
「……」
 闇の中で、青年は無言のまま少女を見つめ続ける。
 小さな魔法使いの口から、木枯らしのような息が、ヒュウと漏れた。
 光の中で見れば水色をしている瞳が、焦点を失う。
 それを待っていたかのように、金糸の君の右手に、彼の水晶玉が姿を表した。常には輝きをまとっているそれは、闇と同化したように暗く、むしろ虚無のようだった。
 リディアスはティカの両腕に水晶玉を抱かせて、彼女を抱き上げた。
「相変わらず、口の減らない姫君だ」
「ようやくまともに口をきいたわね? さあ私に謝りなさい」
「……」
 金糸の君は不機嫌に少女を見下ろした。
「どれの話だ?」
「まずはその言葉の遣い方。私を、誰だと思っているの?」
 青年から長いため息が漏れた。
「私が王宮で一番苦手なのは貴方だ」
「それは喜ばしいことだわ。私はあなたに嫌がらせをするのが、大好きなの。……王宮で、とは、どういう意味?」
「私は人が好きではない。仕方がないから王宮では人と関わった。そういう意味だ」
「この社会不適合者。なのに、父が亡くなる時は私と役目を交替しなかったわね。それはどうしてなの?」
 金糸の君は、怪訝そうに眉をひそめた。
「非礼を謝らなくていいのか?」
「これから先いくらでも謝ってもらうつもりよ? 父が亡くなってからこちら、あなたと一度も会ってないことを思い出したの。……それも、謝ってもらわなくてはね。これから」
「……」
「沈黙を返答かわりに使わないで、言葉で答えなさい。あなたは、どうして父が亡くなる時の役目を、私と交替しなかったのか? 父が亡くなる時、私とあなたは役割を分けた。一人は王の遺志を継ぐように。もう一人は、可能な限り王の命を長引かせるように。そうだったでしょう? 人嫌いならば、この闇の部屋こそが似合っているわ」
「シルバースターに闇を抱かせたくない」
「それに王位の継承は、基本的に世界一の魔法使いだから。でも、」
 ティカは、その小さな両腕で持って丁度の大きさの水晶玉を、ぐっと抱き寄せた。
「リキシアがあなたを選んだのは、私が生まれるのが、あなたより少しだけ遅かった。それだけの理由だわ」
「たしかにな」
「リキシアは私を選びなおすこともできた。なのに、」
 小さな頬がぷうと膨れた。
「父様、先王の死で、私は魔法を使い過ぎちゃった。もう選ばれることもないわ」
 金糸の君を睨み上げる。
 消えかけていた右半身は、くっきりと形をとりもどした。
「さて、謝ってもらおうかしら。色々と」
「……」
「黙ってないで返事をなさい?」
 金糸の君は、息を吐いた。あきれたというより、観念したというように。
 丁重に小さな少女を床に降ろし、彼女が持っていた水晶玉を返してもらって、自身は床に片膝をついた。
 そして、ティカを見上げる。
「これでよろしいか?」
「よろしいわ?」
「かえすがえすの非礼、どうかご容赦願いたい。姫君」
「嫌です。容赦はしなくてよ。きちんと償ってもらいますから。色々と」
「……」
「何かしらその不満そうな顔は?」
「どう償えばいい?」
「シルディを返して」
「嫌だ」
 即答されて、ティカはこめかみを揺らした。
「彼女はあなたの目覚ましじゃないわ?」
「嫌だ。もう自分で起きられる。彼女は私のシルバースターだ」
「そう答えれば何でも通ると思ったら大間違いよ。用があるときだけ傍に呼べばいいでしょう? 返して。私はまだ子供で、子供には教育係が必要なの。シルディと遊びたい」
「貴方が子供? 冗談は止していただきたい」
「そうね子供はむしろあなたかもしれないわね」
 小さな少女はにこりと笑った。
「親御さんによろしく」
 リディアスは眉をひそめた。
「……両親は、」
 ティカはくすくす笑った。
「親孝行は、生きているうちにするものよ。酷いご両親ならともかく、五体満足で学校まで卒業させてくれた、それだけで感謝すべきというものだわ。わかる?」
「……」
「いつまでも子供気分でいないことね。ちゃんとしなさい。いい大人が、みっともない」
 言い切って、小さな魔法使いはにっこり微笑んだ。
「さあ、この言葉を励みに、あなたはせいぜい前を向いたり私につぐなったりして、生きていって頂戴」
「貴方には一生勝てないような気がする」
「私は優しくないから、負けてやる気はないわよ。さて、リディアス。私はあなたに、ものすごく大きい貸しを作ってやるつもりなの。私は、そろそろ外に出たいの。わかる? 私の言いたいこと。わかったら、感謝なさい?」
 金糸の君は、大きく息を吐いた。
「心から感謝する、姫君」
 愛らしい少女を見上げ、金糸の君は、しかし考えるそぶりをして、言葉を加えた。
「呼び名を変えた方がよろしいか?」
「そうね。そうなったら、呼び方が変わるわね。さ、シルディを連れてきて。私に彼女の闇を頂戴」
「仰せの通りに。女王陛下」




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