女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



110 向こうの世界に行きたい

 あいかわらず、母と妹はケンカしている。
 夕食前に、壊れたパソコンをどうにか修理しようとしているのが母に見つかって、妹の綾子はこっぴどく叱られていた。
「いい加減にしなさい! 一週間はパソコンに触らないって約束したでしょ? まだ三日よ!? 綾子、最近あなたおかしいわよ? そこまで熱心過ぎると病的だわ!」
「だって虚しいんだよ!? なんか、私のダイスキな世界が無いのは、すごく寂しいんだもの!」
「世界ってどういうこと? それは単なる『お話』でしょ? 近所迷惑になったこと反省するんでしょ? 約束した通り、我慢なさい」
「だって大事な息抜きなんだよ!? 学校でむかつくこととか面白くないことがあっても、色んなファンタジー読めば忘れられるんだよ! もう、私、向こうの世界に行きたい! 向こうであの人達と暮らしたい! それくらいに好きなの!」
 黙って二人のやりとりを聞いていた私だったけど、妹があんまりなことを言うので、つい口をはさんでしまった。
「綾子落ち着いて。それじゃまるで駄目なおじさんがお酒にのめりこむのと同じ理屈じゃないの。なんていうの? 『病気になって死んでもいいから酒は手放さない。酒に溺れて生きるんだ』みたいな?」
「一緒にしないで! お姉ちゃんったら言い方がキツイ! 私のは、おじさんなんかの悩みと違うの! 悩み方も解決法も違うの! もっと、もっと、……なんていうか、きれいで頭がいいものなの! どうして誰もわかってくれないの!?」
 ……そういうのが、おじさんたちと同じだと思うんだけどな。自分の思い通りにいかないもんだから、逃げ出す、みたいな。誰も俺の苦しみをわかってくれないんだ、みたいな。
 そっくりだと思うんだけど。
 思い通りにいかないのって、当たり前なのに。だから、逃げ出すことでもやけになることでもないのに。心や身体がおかしくなったり、命に関わるのなら、何を置いても逃げた方がいいと思うけど。それほどのことじゃないのなら、我慢したり折り合いをつけたりするのが大事だと思う。
 そう思ったけど、これ以上言うと綾子は泣き出すだろうから、言うのをやめた。
 だけど、母さんは、綾子の物言いに本当に頭にきたらしく、大きな声で言った。
「まったく! 生きるっていうのは、作り話じゃないんだからね! あなたが思い込んでるみたいに、すぐに問題が解決するとか何日間でうまくいくとか、黒の反対は白とかはっきり決まってる訳、無いでしょうが!」
「母さんは何も知らないから嫌になっちゃう! 最近の物語ってそんなつまんなくないの! 単純でもないの! 勧善懲悪じゃないの! もっと心の機微だとか闇だとかそういうのに踏み込んだ、繊細でシビアなものなんだから! こんないいかげんで適当でぬるい現実なんて、それこそ笑っちゃうわ!」
「それがわかってないって言ってるのよ! あんたが読んでる本みたいに、極端なことや神経質なことなんか、現実にゴロゴロ転がっているわけ無いでしょ!? そんなんじゃ安心して暮らせないでしょうが! この世の果てみたいに辛いこと厳しいこと乗り越えて、都合よくめでたしめでたしで後は幸せにヘラヘラ暮らしましたなんてこと、絶対無いの! つまんなかったり、悲しいままだったりうまくいかないままだったり、無理したり我慢したり、そういうものなの! それを認めないありえない我慢できないから本に逃げるだなんて、それこそ変だと思うわ! そんな馬鹿げた考えに染まるなら、母さん、もう本なんて読まなくっていいと思うわ! そんなの害にしかならない! そういうのを『依存症』っていうのよ!」
「そんな夢の無い話なんてやだ! 希望とか幸せとか信じて生きたいのーッ!」
「夢の無いのはどっちよ!? 希望と幸せ以外認めないなんて生き方のほうが息が詰まるってもんじゃないの? 毎日笑って幸せで心配なんて何もなくって好きなことばっかりやって? 生きてるって、じゃあそれだけなの?! 悲しいのも悔しいのも面倒くさいのも、こうして母さんとあんたみたいに怒ってケンカしてるのも、全部生きるってことなんじゃないの!」
「そんな訳わかんないの、やだー!」
「人の一生が、簡単に訳わかってたまるもんですか! そんな簡単なものじゃないの! 世の中にあること色々全部が、人の一生に入ってるの! そんな狭く考えちゃ駄目! それこそ人生踏み外すわよ!」
「うえーん!」
 綾子はとうとう泣き出した。
 母さんの言い方もあんまりかもしれないけど、綾子はもう中学生なのに、夢見がち過ぎるかもしれない。
「綾子は、学校が嫌だっていうけど」
 私は、聞いてみた。
「学校のどんなところが嫌なの?」
「どんな、って?」
 ぐずぐずの鼻声で問い返された。
「そうだなあ。例えば、学校で勉強するのが、嫌なの?」
「違う」
「じゃあ、勉強以外なんだね。休み時間が嫌なの?」
「どうしてそんな細かく一々聞くの?」
「だって、聞かないとわからないよ。同じ心を持ってるわけじゃないし、ね?」
「……そういうのが面倒くさいし、嫌なの」
「人と話をするのが、嫌なの?」
「そういうことじゃない。同じ趣味の人と話するのは好き。だって、ちょっとした言葉だけで、説明しなくっても、言いたいことわかってくれる。だから、簡単に気持ちよく盛り上がれる。詳しく一から十まで言わないとわかんないような人とか、それどころか一すらわかんない人と話すのが、面倒臭くって嫌になるの。でも、」
 綾子は顔をしかめた。
「そういう人たちって、私たちみたいな趣味持ってる人を軽蔑するの。……わかってないのはそっちよ! って、言いたい」
「たしかに、他人の趣味を軽蔑するのは悪いけど。でも、あなたが受けてるのは、そう言う類の『軽蔑』じゃないでしょ? 先生から聞いたわよ。『自分を物語の登場人物か何かと、勘違いしてるみたいだ』って」
 はあッ、と、母がため息をついた。そして、私に耳打ちした。
『この子、最近、クラスで浮いてるらしいのよ。休み時間も机に座って本ばっかり読んで、友達も少ないって。そしてその友達も浮いてる子達だって先生が心配してるの。別に友達沢山いればいいってことじゃないけれど。ちょっと、様子がおかしいのよねえ』
「母さん、今、私の悪口言ったでしょ!」
「悪口じゃないわ。ほんとのことでしょう?」
「母さんなんか大嫌い! そんな心無い言葉が子どもの夢を壊すのよ! 母さん知ってる!? 有名なアーティストっていうのは、少なからず浮いた存在だったのよ!? それを親が大きな心で受け止めて、」
「何が『大きな心』よ! 甘やかせっていうの!? あんたが浮いてるのは、そのアーティスト達と同じ理由っていうことじゃないでしょ!? あんたは普通の子でしょうが!? そういう人はね、何をしなくても小さな頃から飛びぬけてる天才か、周りが心配するほどの努力家か、少々頭が弱かったけど才能だけはあった人か、どれかなのよ! あんたのはそういう理由じゃないでしょ! 本ばっかり読んで何にもしないくせに、口だけ達者で! 最近は何か変な方向に勘違いしちゃってるし! 頭でっかちっていうのは、あんたのことよ!」
「母さん、言い過ぎ」
 明理沙が言葉を挟むと、母はキッと睨みつけた。
「ここまで言わないと、この子にはわからないのよ! わかってもらわないと困るのよ! 読書が趣味だったら少々ほったらかしにしてもまともに育つだろうって思ってたの、間違いだったわ! これは母さんの失敗ね。ちょっと甘やかし過ぎたわ!」
「まあ、でもほら、大人にだって難しいでしょう? そういう所をなおすのって。お酒呑んで愚痴ばっかりのおじさんとか、テレビばっかり見てるだけのくせに知った風な口利いてるおばさんとかに、『そんな無意味なことやめて前向きになれ。あなたができることをコツコツしろよ』って説教したって、聴いちゃくれないでしょ?」
「私は綾子に言ってるのよ? そんなジジババなんか知らないわ」
「お姉ちゃん! 私と、そんな、くっだらないつっまんないオジサンとかオバサンなんかと一緒にしないで! お姉ちゃんのこと、見損なった!」
 そうだ、と、私は名案を思いついた。
 妹は、負けず嫌いでプライドが高いのだ。
「でも。私には、違いがわからないのよね?」
「違うもーん!」
「母さんも、同じだと思うよね?」
 私は、母に目配せをしながら確認した。
 母も意図がわかったようで、目を輝かせてうなずいた。
「そうねえ。綾子は、みっともないオヤジやオバンと、一緒にしか見えないんですけどー? まだ子どもなのにねえ? フフン格好悪い」
 ご丁寧に鼻で笑った。
「違うもん! 違うんだもん! 二人ともひどい!」
「だったら、違うってところを見せて?」
「……え?」
 面食らう妹に、私は、具体的な方法を言ってみた。
「違うんだったら、たとえば、しばらく本に逃げない。人とちゃんと話をする」
「話してるもん! 私は話してます!」
「話をするっていうのはね、綾子。自分の言いたいことをベラベラ話したり、相手に優しくされるのを待っていたり、気を遣ってもらったりすることじゃないんだよ。自分がどんな趣味をもっていても、どんな考えをもっていても、他人と話す時は『相手の言いたいことや感じていること』を探って相手の言葉を引き出していくことなの。お互いがお互いの話を聞くの。それが会話なんだよ?」
「明理沙、それはちょっと難しすぎるわよ。大人にだってできないわ? 誰だって優しくされたいし、自分のことばっかり話して認められたいわよ」
 母が合いの手を入れる。妹の自尊心をくすぐるために。
「そうかな? 綾子なら、これくらいできると思うんだけど。だって、綾子は探究心も向上心も旺盛でしょ? 私、綾子が小学5年生だった時の担任の先生が言った言葉が忘れられないんだ。『綾ちゃんの目の輝きは違うよね。先生はよくわかってる。綾ちゃんは、やれば出来る子なんだよ』って。あの先生が担任だった時、綾子ったらすっごくよかったよね? 毎日楽しそうにしてたし。私、あれが綾子の実力だと思ってるんだけど」
「!」
 綾子の目がキラリと輝いた。
 やる気になってきたみたいだ。
 よし、もう一押し。
 私は、でも、と、目を伏せた。
「でも、ちょっと難し過ぎる目標だった? 相手を良い気分にさせて、だけど、お世辞を言っている風に感じ取らせないような自然さでもって、相手の心をつかんで開かせるっていうこと、……本好きの綾子ならお手の物だと思ったんだけど。ごめん、私、綾子に難しいこと言った?」
「ううん!? できるよ! なあんだ、そういうことなのね! 私、できる! やる! なあんだ、人と話をするって、そういうことか!」
 綾子がやる気をみせた。
「でも、すごく……難しいことだよ?」
 私が駄目押しする。
 母もしみじみと同調した。
「そうねえ。大人にもすごく難しいものねえ。だから、人づきあいの本が良く売れるくらいだものねえ」
「だよねえ。だって参謀みたいだものねえ。人心掌握術っていうの? 『私は人望ある人間です!』『私は有能です!』なんて、バカみたいに宣伝する薄っぺらな人間じゃなくってさ、静かに、さり気無く、他人から一目置かれて、あの人は無くてはならない存在だというみんなの暗黙の了解になっている。控えめっていうところが、難しいんだよね。これは高度だよねえ」
「よーしッ!」
 妹が立ち上がった。
「お姉ちゃん! 母さん! わかった! 見てて、私の実力を見せるから! よーし! 先生にだって私の実力わからせてあげるわ! 『さりげなく、いつのまにか人身掌握』ね! うわ、カッコイイ!」
 パソコンからあっさりと離れて、妹は、ちらかっていた部屋を片付け始めた。本を無造作に並べ始める。それまでは、配置がどうの、作風がどうのと細々こだわったあげく、結局片付けられないで散らかし放題でいたのに。
「あれ? 綾子、どうしたの。片付けちゃうの?」
 私が、不思議そうに聞くと、綾子はにこにこ笑った。
「逃げの為にダラダラダラダラ本を読むのって、ダサくない?! 物語ってのは、心を落ち着けて深く味わうものだよね!? 作者の意図を汲み取るものだよね! 明日から学校が楽しみ! 『さり気無くいつの間にか人身掌握。本人涼しい顔で控えめ。でも、周りの信頼絶大! 目立ちたがり屋の騒々しい宣伝バカとは大違い!』 そういうのって、かっこいい! 頑張る! そういう人間になら、私、なりたい!」
 よし。
 私と母は目を見合わせて笑った。
 プライドが高くて素直なのは、間違いなく、妹の良い所だ。でも弱気になると、彼女のプライドがその状態を許せなくなって、ありもしない夢に逃げてしまう。そんな時は、そのプライドに相応しい目標設定をしてあげて、それをかなえる具体的な方法をそれとなく教えてあげれば、この子はやる気を取り戻す。
 状況は変えられないけど、ものの見方を変えれば、気持ちが変えられることもある。そうすれば、楽しく生きられることだってある。




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