明理沙は、目を覚ました。
真っ白だ。
ここはどこだろう。
……なんて白い世界なのだろう。
「明理沙!」
カイの声が掛かったが、どこにいるやら、姿が見えない。
全て白の中。
「カイ? カイ? どこ? どこにいるの?」
「君の隣に、すぐ隣にいるよ」
明理沙は、きょろきょろと見回すが、光があるばかり。
「見えないのよ、カイ」
「これは白魔法の光さ。エフィルが魔法を使っているんだ」
どこを見ても白。それ以外に何も見えない。
白い世界に独りきり。それなのに、不安は感じなかった。
世の中を流れる「素敵なもの」や「良いもの」の本質のような、光。
「いい光ね……」
思わず、口をついて出た言葉がそれだった。
「うん! いい光だろっ?」
カイは誇らしげに返事をした。まるで、自分が褒められたかのように、エフィルへの賛辞を喜んでいた。
「エフィルの白魔法は、全てを癒すんだ!」
「全て……? すごい」
「うん! 今、エフィルよりも白い魔法を使える魔法使いは、いないんだよ!」
「『白い、魔法』?」
「そう。白い、魔法」
「白魔法って、……色のことなの? 性質ではなくって?」
「両方なんだ。良ければ良いほど、白い」
話しているうちに、光が薄れてきた。白霧が晴れるようにではなく、視界に別の映像が入り込むように。
明理沙は名残惜しく思った。
「明理沙!」
カイの声にハッとする。
自分は見知らぬ家の寝床に横たわっていて、その右ふちにはカイが立っていて、今が夜で、灯りは窓からのぞく星明りだけだということが、わかった。
そうして、少年を見上げた。まだ、気持ちが、ぼうっとしていた。
「……カイ、」
カイは、ぱあっと笑った。
「よかった! 明理沙っ! 僕たち、助かったんだよ! エフィルが助けてくれたんだ!」
明理沙は「ここはどこなの?」と聞いた。
カイは、「ここはね、」と言いかけて、鼻をズズッとすすった。
「カイ、泣いてたの?」
少年は、少女の問いかけに、照れくさそうに「へへ」と笑った。
「うん。明理沙が心配で」
カイは、今晩の自分のふがいなさを思い返して、ほろにがい表情で肩をすくめた。
「ごめんよ明理沙。僕がネズミに変えられたばっかりに、こんな目に遭わせちゃったよ……」
「う、ううん」
明理沙は首を振るが、徐々に、思い出してきた。さっきどんな目にあったかを。
「……」
恐ろしさが、よみがえった。同時に、強烈な安堵も押し寄せた。
「カイ、恐かったね!」
「うん、ごめんよ! ごめんよ!」
二人は、手を取り合って、泣きじゃくった。
「ここは、シナーラの家なんだ」
しばし、二人してわんわん泣いた後、カイが言い出した。
「あのね、明理沙、さっきの悪霊は、……実は、シナーラのお母さんなんだ」
「え!?」
明理沙は、心底驚いた。まだ起きちゃ駄目だよとカイに言われたので、寝台に横たわったままで。
「そんな! あ、悪霊がお母さんなの? シナーラさんは、じゃあ人間じゃなくて悪霊の子どもね!?」
その言葉に、今度はカイの方が、身をびくびく震わせて驚いた。
「ええーっ!? いやいやいやっ! 違うよー! シナーラは確かに、むっちゃくちゃ根性悪いけど、彼女は人間だよ!? お母さんも、元は人間だったんだよ!」
「あ」
明理沙は、ほうっと息を吐いた。
「なんだ。人間なのね。びっくりしちゃった」
そして、表情を曇らせた。
「お母さん、どうして、悪霊になっちゃったの?」
問われて、カイは「うん……」と言葉を濁らせた。
「元は、とっても、とってもね、優しい人だったんだ」
「そうなの」
カイは、何を思い出しているのか、弱いけれど長いため息をついた。
「僕みたいな人たちにも、親切にしてくれる、とっても良い人だった。エフィルと同じ白魔法使いで、ここに住んでいることから『桔梗の君』と呼ばれていた、きれいな人だったよ」
僕たちみたいな人、それは一体どんな人のことだろうか? 明理沙は怪訝に思ったが、その時の彼はあまりにも惨めな表情をしていたので、とても聞けなかった。
「そうなのね……」
あたりさわりのない相槌を打った。
「うん」
カイは、ふーっと、息をついた。
「けれどね、ある日から、全然まったく姿を見なくなったんだ。皆は不思議に思ったけれど、もともと家の中にいるのが好きな人だったから、それほど深刻にはとらえてなかった」
「何かあったの?」
「死んでたんだ。偽りの桔梗畑に囲まれたこの家で。まだ十歳くらいのシナーラを独り残して」
「病気?」
「うん、病気だった。だけど不思議なことに、ハール様の杖がどこにもなかった。彼女自身は家から一歩も出てないのに、どういうわけか杖だけが消えていたんだ。杖がなければ、ハール様は魔法が使えない」
「変なの」
言いながら、明理沙は背筋が冷たくなるのを感じた。
カイの言い方は、まるで、誰かがハールの大切な杖を故意に奪ったかのようだ。
これから先の話は、聞きたくないと思った。
しかし、少年は暗い顔をして言う。
「ユエたちが、盗んだんだ」
「そんな、」
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