「?」
目を疑った。
なんで外が昼なのだろう。
「え? あれ……、」
たしか、今は夜だった。なぜだ? この窓から見える昼間の輝きは。
「……」
ふらふらと、明理沙は窓辺に近づいた。
なんだろう? ライト? こんなに明るいライトってある? それとも星? 昼のように明るく照らす超新星ていうのがあるって聞いた。けど、それって、こんなにいきなり光るもの? 違う、そんな突飛なものでなく、これは多分もっと他愛のないものだ。一体、何だろう。
そして、明理沙は窓に手をかけてしまった。
窓を開けようとして、鍵に手をかけた。
「!」
物理的とも精神的ともつかないような、強い衝撃があった。それからどうなったかわからない。
一瞬かすんだ意識の中に、誰かの声が届いたような気がした。
「ぼくは生きたい。生きたいんだ。死にたくない」
誰? 随分、深刻そうな、声だ……。
その時。
沈思の森の主がひょいと窓の外を見た。面倒くさがりの彼らしくない、機敏な動きだった。
「あなたが外に興味を示すなんて……どしたの?」
彼の隣に腰掛けて本を読んでいた女性が、目を丸くした。
どれくらい経ったことだろう。
明理沙は目を開けた。
……あたまがいたい。
寝起きのようにぼんやりしている。
干し草のような匂いが、なぜか、嗅ぎ取れた。
部屋に何かハーブかなにか、飾ったっけ……?
「そんなのないはず。……!」
明理沙は、はっきりと目を覚ました。
するとそこには、見知らぬ風景が広がっていた。
どこ、ここ? 農家!?
「マジックキングダムへようこそぅー! はっ、は、はじめましてぇえー!」
驚いてそわそわしたうわずった言葉が、明理沙の耳に入り込んできた。
少年が立っていた。古びた土器やナベや杖らしきものや干し草が散乱した土間に。
「え? え?」
明理沙はほうけて辺りを見回した。
ここ、農家?
昔の農家のようだ。天井は木の梁が丸見えになっており、カヤぶきのような屋根の造りの裏側も、よく見える。そして室内は薄暗い。
明理沙は、土間から一段高くなった床の、ゴザの上に横たわっていた。
「?」
なぜ、真夜中の自分の部屋から、いや正確には自分の部屋の窓から、昼間の農家にいるのだ? ここはどこ? 何県? なんなのだろう?
「ねぼけてる……かな?」
明理沙は、現実から目をそらすように、視線を右端に流して焦点を合わせないように努めて、そう、口中でつぶやいた。
少年は、哀れみを込めた表情で見つめた。
「そうなんだ。こんなのが本当であるはずはないよね? これは夢の中なんだよ。そして僕は、君の……夢の中の住人だ」
夢の住人に夢であると宣告され、明理沙は妙な顔をした。
「あなた、……夢なの?」
少年は、ゆっくりとうなずいた。
「そうさ。僕も周りもすべて夢さ。君は疲れて眠りに就いた。だからこれは全部夢さ。では、そのことを信じてもらうために、証拠を、証拠見せます!」
と言うと、正体不明の料理を無理やり食べさせられたような、表現しようのない顔をした明理沙を前に、ぶつぶつと何か言葉をつぶやいた。
「あの。……ねえ、どうしたの……?」
独り言のようなつぶやきを始めた少年を、明理沙は気味悪く思った。
「きえーぇいぃ! 宙に浮かべぇえ!」
いきなり、少年は気合の入った掛け声をした。
「!?」
変な叫び声に驚いて、明理沙は少年から一歩後ずさった。
しかし、足の裏の感覚が一瞬前に比べ、妙にふわふわしていることに、気づいた。
「ん? あれ? ……何なの!」
「ねっ、こんなことありえないよねー? これで信じただろ? これは、夢、夢なのさ!」
「いや、うそ、浮いてる!」
夢とは思えないほど、感覚が生々しい。
体全体がふわふわする。ジェットコースターに乗って急降下するあの感覚と同じだ。
「ねー? 現実にこんなこと起きるわきゃないでしょ? 夢なんだよこれは。夢に違いないんだよ! わかった? わかるよね。わからないなら、まだ証拠を見せようか? もっとすごいの……」
「わ、わかった……夢ね、これは」
夢だと認めないと、何をされるかわからない。夢だか現実だか、どうしてこんなところにいるのか、全くわからないが、この人は危険そうだということは、わかった。
明理沙は、脅されたように、ぎこちなくうなずいた。
「うん、そうだね。……これ、ゆめだよね……?」
少年は、その言葉を聞いて非常に満足したらしく、極端に明るい笑顔でうなずいた。
「ああ。そうともさ!」
明理沙は、まずは、この人に逆らわないことが、今ここで身の安全をはかるための第一の方法だ、と、ひしひしと感じた。
「で。なぜ僕がここにいるのかというとね。夢の住人である僕は、夢の中で、君に、あるお願いをしたくて、ここにこうして現れているんだ。なあに、夢の中なんだ。簡単なお願いさ。夢の中なんだからね」
夢の中なのにお互いに自己紹介をした後、カイと名乗る少年は、「夢の中」を何度も強調して、そう切り出した。
「本当に簡単なお願いなんだ。夢だから何も難しいことじゃないんだよ。夢の中なんだからね?」
なんだか、まるで政治家が選挙運動の最終日の演説をするようなくどさだったので、明理沙は内心で嫌悪感を覚えた。うるさい、と思った。
「ね……、何? どんな願いなのか説明して? それを教えてもらわないと、返事はできないよ?」
そう言われて、少年は首を振った。
「本当に簡単なことなのさ。ただ、これから、僕と一緒に6人の人の家を訪問して、話を聞くだけでいいんだ。ただ、人の話を聞くだけでいいんだ。話を聞くだけさ?」
「……」
怪しい。害のある話ではないんだと、ことさらに強調するあたりが、とても怪しい。
「話を聞くだけ? 本当に?」
問い返すと、カイはぶんぶんと首を縦に大げさに振ってうなずいた。
「本当だよ! 話を聞いたら洗脳されるとか、もう帰れないとか、罪を犯すことになるとか、そういうことじゃないから! ね、お願い! ね、頼むよ! ね、ね? ね?」
少年が言葉を重ねるほど、そこから受ける印象はどんどん怪しいものになる。本心をひた隠しにしているのが、気味悪い。
なんのつもりなのだろうか?
そして、彼の表情は、言葉を重ねるたびにひどく真剣になってくる。追い詰められているかのように。
もしも。わたしが断ったら、大変なことになるような。
「あなたさ。なにか、深刻な事情を抱えているんじゃないの?」
心中に浮かんだ疑問をそのまま口にすると、彼は、本当にびくっと肩を震わせた。
「いや、いや、そんなことは……。ただ、君に安心して僕の願いを聞いてもらいたくて……」
「でも……。あなた震えてるよ?」
明理沙が指摘すると、バサバサのざんぎり頭の少年は、しん、と押し黙った。
額に汗が浮かんできていた。
よほど、必死なのだ。何かを隠しているに違いない。
「何かあるの?」
低い調子でたずねる。真面目な調子で。でも、彼は口をつぐんだ。次に口を開いた時も、事情は説明しなかった。
「何もないよ。君に迷惑はかからない。ただ、お願いだ。僕の願いを聞いてくれないか? 6人の話を聞くだけでいいんだ。どうかお願いだ」
「……」
明理沙は、沈黙した。
訳の分からない場所につれてこられて、相手にとっては相当深刻な願いらしきものをされてしまった。
また、他人から相談を持ちかけられたのだ。意思とは無関係の運命のように。……私は、こういう役目をするべき人間と、生まれた時からすでに決まっているのだろうか? 今日は朝から晩まで、そして夢の中でさえこれだ。
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