偽りの桔梗畑から、エフィルに連れ出してもらい、彼と別れた後、二人は、マジックキングダムの中央にある王宮の東にある森に入った。
なぜかこの森だけ、まるで秋の最中のように木々が紅葉していた。幾枚かの落ち葉がはらりはらりと舞っている。
ふん、と、カイは威勢良く鼻息を出した。気合を入れているのだ。
「四人目の候補者、ルイルの屋敷はこの先にある。それでもって、そこの納屋みたいなところが、ルイルの工房」
「工房?」
「魔法の薬を作ったり、魔法の道具を作ったりする場所。ルイルはそういうのが得意なんだ。あと占いとか呪いとか祈祷(きとう)とか」
「ふうん」
二人は、そっと、工房を覗いた。
「ああいた。明理沙、あれが、ルイルだよ。彼女は、先王がいたとき、王宮付の薬師だったんだ」
カイはひそひそとささやいた。
納屋の中にルイルがいた。淡い紫色で大きなウェーブのかかった短い髪。そして、後ろ姿しか見えないのだがそれでもわかるほどに、女性的な体型をしていた。
「すごく色っぽい人ね」
と、明理沙がつぶやくと、カイはこくりとうなずいた。
「そうなんだ。見てるとドキドキするんだけど……けどね」
口で同意はしたものの、それとは相反する複雑な表情をしている。
「なに? また、何か問題があるの? 変わった人なの?」
「う、うーん」
カイはぬるいあいまいな笑いを浮かべて、言葉をにごした。
「まあ、黙って見てて。彼女から話を聞くのは、しばらく様子を見た後にしよう。今すぐ声をかけちゃうより、……その方がいいからさ」
少年の目は泳いでいた。
「うん。いいよ、わかった」
カイの表情からして嫌な予感がする。明理沙はもう同意するしかなかった。
ルイルは、炎燃え盛るかまどに掛けられた怪しい唐草模様の土器の中に、桃色のトカゲらしき生物やら、干からびた大根のようなものやら、一抱えある大きさの生魚の頭やらを投げ込む。あと、土間の土までつかんで入れた。土がルイルの手を離れた瞬間「じゅわわ」という炭酸飲料水のような音がした。怖い。
全て入れ終わると、ルイルは、ぶつぶつぶつぶつと、低いにごった声で呪文を唱え始めた。
この人、「魔法使い」らしすぎる。それがまたいっそう怪しい。
一体、何を作るつもりなんだろう。数々の不気味な材料で。ぜったいに食べ物じゃないことはたしかだけど。
……毒薬、とか、呪いの薬、とか?
明理沙は怖くなり、そっと隣のカイを見る。
カイも明理沙同様に青ざめていた。震えてさえいる。
すると突然、ルイルが声を上げた。
「きッええええーイッ!」
「!」
黒い怪鳥のような奇声がガンと響き渡る。そこなる女性が発した声とはとても思えない、大きく恐ろしいものだった。
二人とも、ショックのあまり、まるで嵐になぶられたかのように呆然となり、目が点になった。
「ほほほほ! にっくきあいつに死を! さもなくば服従を! この願い聞き入れたまえ聞き入れたまえ! 聞き入れたーまーえー! うわりゃああ! とっりゃあああ!」
ごく、と、生唾を飲み込んで、盗み見る二人に、ひんやりした沈黙が落ちた。
「ねえ、あの人、こわいよね?」
明理沙が恐る恐るそう言うと、カイも、こくこくとうなずいた。
「ここここわいよね? うん。今日は、あのさ、会うのはもう止して、もう、か、帰ろうか? いやーうわさには聞いてたけど、まさか本当に呪いの儀式をしているとは」
「あ、あ、そうなの? こ、これって、『呪いの儀式』なのね。そ、そう」
二人とも恐怖のあまりに声が震え、そして恐しさを通り越してかすかな笑みが浮かぶほどだった。
「ハハハ……かえろ?」
「あ、あはは。うん」
そろそろと、二人は今来た道を帰るべく、足を踏み出した。
が。
ぱきっ。
「!」
明理沙は、こんな時になんと枯れ枝を踏んでしまった! 乾いた軽い音が、明るく響いてしまった。こんな時に。
途端、背後からものすごい殺気をはらんだ声が襲って来た。
「誰だあっ! 見いぃたぁーなぁあ!?」
気づかれた!
「うわ、やば、やばい!」
「こわいよーっ!」
二人は、後ろを振り返る余裕すらなく駆け出した。
「待てええええ! この儀式を見られたからにはっ、何人たりとも生かしてはおけーんッ! 召・喚・魔・法ッ! 『出でよぉぉー! 雷獣ぅぅー!』」
背後で煙が弾けるような、ボオン! という音がした。そんな暇無いので振り向けないが、恐らく「雷獣」というものが現れた登場音に違いない。
「ぎゃああー!」
カイと明理沙は、一目散に逃げ出した。
途中で、カイが懐から黄色の水晶玉を取り出し、何かぼそぼそつぶやいた。すると、突然風景が変わって、森の中からどこかの町へと続く街道へ移動していた。
なんとか、生き延びた。
「本当にあの人、王様の候補?」
ルイルはもう追っては来ないはずだ。さすがに二人、ぜいぜいと息を切らせている。
「うんそう。まあ、候補者として水晶玉に顔が映ったからには、王の候補者に違いないんだ」
「それはそうなんだろうけど。私の常識からいうと、王様になんて向いてないような……。呪いの儀式だよ?」
「うーん、うーん、僕の口からはなんとも。うーん」
カイは情けない表情になり、明理沙は思いきり困惑顔だ。
「今まで会ったのが4人でしょ。その中でまともな人って、エフィルさんだけか」
はあ、と、大きく息を吐いて、明理沙は道端の草地に腰を下ろした。
「エフィルさんかなあ。今のところ」
その時、
ドサアアア! っという音が、明理沙の目の前に降って来た。
「オホホホーッ! 二人とも、見つけたわ!?」
「ひい!」
「!!」
カイは腰を抜かす。明理沙は驚きのあまり声も出なかった。なんと、ルイルが空から目の前に、降って来た。
しかも、
「クエエエエエ! クエエエエー!」
頭上では、われんばかりの鳴き声が響き渡った。
「わー!? なんだありゃ!?」
明理沙とカイ、二人がその声に驚いて上を見ると、なんと上空を、真っ赤に燃えている竜が旋回していたのだ。
「あ! あれは!? うわああ! か、か、火竜だあっ!」
カイが腰を抜かしたまま、歯をがちがちと震わせた。
「かりゅう?」
明理沙は大きな燃える爬虫類など見たこともない。しかも飛んでいるし。なんにせよ恐ろしい。
「ホホホ! 小童どもー? ルイル様の神聖なる儀式を軽々しく覗いた罪は、重ぉおいのよおお!?」
ルイルは、世界中の人が震え上がりそうな殺気に満ちた冷笑を浮かべていた。
「ごめんなさいっ許してください! でも! ルイルさん私たちの話を聞いてください!」
「言い訳する気なの? きーかーなーいーわああ! あれを見たからには、もはや生かしておーけーんー! 死ねーい!」
ルイルは鬼気迫る表情で両手を高く空へと掲げながら、そのように、声高に、呪い唄でも歌うように妖々と言った。
「きっとあの火竜を使った恐ろしい攻撃魔法を繰り出す気なんだ!」
カイが恐慌した悲鳴を上げて叫ぶ。
殺されるのは嫌だ。明理沙は、声を張り上げた。とにかく、自分たちがあそこにいた訳を聞かせれば、何とかなるに違いない。
「聞いてください! 私たち、次の王の候補者であるあなたに、話を聞きに来ただけで! あの! 私! 私が、次の王を決める、異世界の人間なんです!」
自分で自分の宣伝をしてしまう羽目になった。
「なんだってーえ?」
ルイルの押し殺した声がどんより漏れた。
「次の王のぉ?」
カイが、こくこくこく、と、そう動くことしかできない玩具のようにうなずいた。
そのカイの顔を、ルイルは、じいーっと見つめた。
次第に、彼女の眉が寄ってくる。何かを思い出そうと必死なようだ。まるで、蛇が眼光で蛙を睨み殺そうとするかのような迫力だった。
「あ!」
突然、ルイルは、ポン、と、両手を打った。
「あー! ハイハイ! 思い出した!」
唐突に、殺気が消えた。
「アッハー! あんた! そういえば、あんた、カイじゃないの! 久しぶりだわあー!?」
表情が一転して、友好的なほほ笑みに変わる。
「もーう! カイじゃないのさ! それならそうと、堂々とあいさつして入ってくれば、歓迎したのにさ!」
同じ人物とは思えないほどに、ルイルは、あはははと軽快に笑いながらカイの背をバンバンビシビシ叩いた。
随分と態度が変わってしまった。
カイがようやく息をつき、安心した声を出す。
「ああよかった。思い出してくれたんだね? あいかわらず記憶力ないなー!」
最後の言葉は小さかったが余計だった。
「あんだって?」
ルイルの目が冷たく光った。
「いえっ、何も」
カイはあわてて首を振る。
「何も言ってないよ?」
「んーそうかい?」
ルイルは、それ以上深く追求せず、ほくほくと笑った。
次は明理沙の番だった。ルイルは明理沙をじいいっと見た。
「あ、あの、」
あまりに凝視されるので、明理沙は息が詰まりそうになった。追い詰められたように身を引きつつ、なんとかあいさつしてみた。
「はじめまして」
言われたルイルが、にいいいっと笑った。派手な顔立ちのため、単に見つめられるだけでも、圧倒される。
「はじめまして! うふふふふ。そうあなたが王を決めるのねえ? ふふふふ!」
一応は友好的だ。
が、その実、内心では呪おうとでも思っているんじゃないか、と勘ぐりたくなるほど、目から穏やかならぬ光を放つ微笑みがよこされた。
明理沙は、おののきつつ頷く。
「はい、そうです。が、がんばりますので、よろしく……」
「そう、そうかい。そうかい!」
ニヤリ、と、ルイルは見る者に戦慄しか与えないような笑みを浮かべた。
「フフフ! 待っていたのよ! 私は! 王! 支配者! そう! そうよ! これこそ、私が長年求め続けていた理想なのよー!」
大女優が迫真の演技を魅せるかのごとく、ルイルは、手足を伸びやかに動かし、声高にそう言った。
「ラララーー! 王ーー!」
明理沙は、なにやらミュージカルを見ている気分になってきた。
「あ、あのー?」
そんな、一世一代の大立ち回りのような動きをルイルが見せたというのに、いや、それだからこそ、少年と少女はただ呆然と彼女を見つめることしかできなかった。
「ホホホー? 明理沙ー?」
ルイルは、相手の大きな戸惑いをまるで感知せず、笑いながら明理沙に迫った。
「今回は、異世界のあんたが、新しい王を決めるんだってねええ? ね? そうなんだろ? ん?」
「え? え? あの、ルイルさん、それはさっき、」
それはさっき明理沙自身が話したことだったようだが。もう忘れているようだ。ルイルには、抜けたところがあるらしい。
「なんだよう? あんたが新しい王を決めるんだろう? あたしゃそう聞いてるんだよ? 答えておくれよ?」
「は、はい。はいそうです」
明理沙がびくびくしながら返事をすると、ルイルはその返事に満足そうに頷き返した。
「そうかい! よーし! それじゃ、私がいかに王たるに相ッ応しーい力を持っているかッ、とくとお見せしようじゃあないか! さあー! 二人ともっ来るんだよー!」
「え?」
ルイルは迫力のある怖い笑みを全開にして、両腕で二人の少年少女の肩をぐっと力強く抱いた。
「一体何をするんだルイル!?」
カイが裏返った声を出した。
ルイルは、「心配おしでないよ!」と、自信ありげに首を振った。
「ここじゃあなんだから、私の実力を発揮できる場に連れて行こうってのさ!」
言うやいなや、ルイルは空間転移の魔法を使った。
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