女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



28 沈思の森 迷走

 明理沙とカイは駆けて行く。
「よく考えたら、走ってけばよかったんだよねー!」
「うんっ!」
 もはや、二人にとっては、森の雰囲気の沈鬱さなど、大したことではなくなっていた。ただの薄暗い森でしかなかった。
 明理沙は浮かれ気分で走った。
 こんな簡単なこと! さっさと済ませて、さっさと元の世界へ帰ろう! 死んでるとか生きてるとか、そういうのどうでもいい。とりあえず走ろう。走るのって、気持ちいい!

 そして、十分後。
 カイが、絶望的な表情でつぶやいた。
「……まよった……」
「ここはどこなのカイ? どうしよう。どうすればいいの?」
 二人は、落ち込んでいた。
 どうして、むやみやたらに走ったりなんかしたのか。道しるべも何もない森の中で。
「えーと。どうしよう。なにせ、変な森だから、地図もないしなあ……。でもまあ、マジックキングダム全体から見れば、この島なんて小さいものだから。そんなに焦ることはないんだ。なにも、広い砂漠の中に取り残されたとか言う訳じゃないんだから」
 カイが、一応表面上は落ち着いた様子で、服のポケットをあせくっている。
「何かなかったかなあ? 役に立ちそうなやつ」
 明理沙は心配そうな表情で、彼の行動をしばし見守っていたが、だんだんとカイが悲壮な表情になったので、とうとう口を開いた。
「水晶玉を使えばどうにかならないの? 森を抜け出せない?」
 カイの眉が下がる。とほほ、というふうな顔になった。
「魔法はほとんど使えないんだよ。僕が今使えるのは、『守りの鈴』っていう、簡単な魔物除けとか……でもここ、昼間は魔物がいないしな。あと食べ物とかは出せるよ」
 飢えることはないが、それだけでは、この問題は解決しない。
 明理沙はうなずいてから、困り顔のままで、思ったことをつらつら口にしてみた。
「そうなの。どうしようか、適当に、歩いてみる? あっ、そうだ。まっすぐあるくと、島だから湖岸に出るはず。岸伝いに行けば、いつか金糸の君の城につくわ!」
 それは名案に思われた。
 カイも明理沙の案に賛成した。
「それ、いい考えだよ。明理沙!」

 とにかく、真っすぐ歩いた。広大だが平坦な地形なので、案外簡単に湖岸へ出るのではないかと思われた。
 が、
「……さっぱり、だなあ」
 行けども行けども森。どこもかしこも森だった。
 二人は座り込んだ。森とはいえ、とりあえず道はあるのだ。あちこちに。
「わからないなあ」
 ため息をついて、カイはそうこぼした。
 明理沙も困惑した表情であれこれと考えているようだ。
「明理沙って、怒らないね。そういえば」
 ふと、カイがそんなことを言った。
「え?」
 何を言うのか、と、明理沙は首をかしげる。
「なんで? 私怒るよ? さっきだって、怒ってたじゃない。カイだけの責任じゃないって」
 カイは首を振った。
「いやいやいや、そういう、義憤とかじゃなくてさ。今の状況にしたって、あてもなく走りだした僕に責任があるんだからさ。あのとき、急に気分よくなって走りだしたとき、もっと冷静になって歩いていれば、迷わなくて済んだんだ。僕には明理沙を案内する責任があるんだから。そこのところ顧みずに突っ走ったこと、責めていいのにさ?」
「だって私も走りたかったし。怒ったって仕方ないでしょ? 城に着けるわけじゃないし。それより、どうすればいいのかを考えよう。ね?」
 別に怒る理由がない、と、明理沙は本当にそう思ったのでそう言った。
 だが、カイは納得しなかった。
 明理沙の答えに、首を振った。
「いや! 怒らなきゃ! 僕は猛烈に腹が立っている! 自分の不甲斐なさに! ああ腹立たしい! 何だって僕はあのときあんなに馬鹿だったのか! あのとき歩いていれば! そうすれば、こうはならなかったのに! 悔しいなあ!」
 なにやら、カイが怒り始めた。
「どうしたの? カイ……」
「どうしたもこうしたも、腹立たしくないかい明理沙! ああ嫌だ! こんな状況が嫌だ! すごく不愉快だ!」
 今度は、沈思の森から、怒りの気持ちが流れ込んで来たようだ。
 カイは眉間にしわを作って怒っている。
「ああ! 自分のやったことが腹立たしい!」
「そんなに怒りたいの……?」
 明理沙には、どういうわけか、怒りの感情は浮かばなかった。
 まあさっきから、頭の辺りがチリチリするような感覚があるけど。一体それがどうしたというのだろう。怒ったって、怒ったって……無駄な怒りは何も生まないどころか、害になるのだ。
 明理沙はそれを、身をもって知っていた。
 小さいころに、妹が生まれた。
 両親は、妹の方ばかり見るようになった。
「おねえちゃんだから、がまんして」
「この子は赤ちゃん、あなたはもう赤ちゃんじゃない。さ、一人で遊んでて、いい子ね」 自分に向けられていた両親の意識が、どんどん妹の方に流出していった。
 腹が立った。
 妹がいなくなれば、両親が戻ってくるのだ。この子がいなければ。
 私は、両親が構ってくれなくなって感じた寂しさと悲しさを、妹への怒りで帳消しにしようとした。何かあれば妹をいじめた。妹を目の敵にした。怒りで全部が収まると思ってた。妹をいじめればいいんだと、思ってた。
 なのに、赤ちゃんだった妹は、私を見て、うれしそうに笑った。
 なんでこの子、私が怒っていじめようとしてるのに、こんな顔して笑うんだろうと思った。私は妹に怒ってるのに、でも、妹の笑顔を見たら、どうしようもなくかわいいって思った。そうしたら、悲しくなった。
 そうして、私って馬鹿みたいって思った。この子いじめてもどうしようもないのに。
 妹は、私にこんなに笑ってくれてるのに、なんでいじめてるんだろ、私。馬鹿みたい。誰も悪くないのに何で怒ってるんだろ、私、馬鹿みたい。
 もう怒るのやめた。私、この子いじめてどうするんだろ。かわいいのに。私って馬鹿みたい。
 でも、あたしが怒っていじめてたとき、妹はケガした。今でも傷が残ってる。両親も誰も、私を怒らなかった。妹はそれでも私に笑ってくれた。
 ようやく、怒るのやめて反省したとき、怒っても何にもならないんだって、よくわかった。怒ってると、自分が誰かにひどいことしてるのに、わからないんだもの。
 状況をよくする方法は、たいていは、怒りとは逆の感情が握ってるのだ。

「ああ腹が立つ! くーっ!」
 カイは怒りまくっている。
「いっそ、この森の木全部を、切り倒してしまおうかな!?」
 そこまで話が進んでいる。
 明理沙が何を言っても「いいや僕が悪いんだー!」の一点張りなので、らちがあかない。
「カイはさ、自分に怒ってばかりだね?」
 明理沙が肩をすくめると、カイは鼻息も荒くうなずいた。
「うん! よく、自分の不甲斐なさに怒りを感じるよ! ああ! 僕がもっとしっかりしていればって!」
「そんなに怒るって、自分のこと嫌い?」
 明理沙は、否定の返事を期待してたずねたのだが、しかし、カイは心の底からうなずいた。
「そうさ! 僕、自分が嫌いなんだよ! こんなへなちょこなんか、だいっきらいだね!」
 カイにしては見たこともないくらい、自信満々な口調だ。自分を嫌いであることに誇りをもっているようにさえ感じられる。
 そんなことに自信をもって、なにか良いことがあるのか? 
「ええと、カイは、自分を嫌いなことが好きなの?」
 そんなカイの内心が知りたいと思い、明理沙が重ねてそう問うと、意外にも、カイは戸惑った。
「え? え、と。……そう言われると。嫌いなのが、好きじゃないんだけど……」
 うん、と、明理沙が相槌をうって、さらなる言葉をうながすと、カイは、非常に困惑した表情になっていった。
「明理沙には、きっと、わかってもらえないよ」
 蚊の鳴くような声でそうつぶやいて、さっきまで、勢いよく怒っていたカイは、塩を振られた菜っ葉のように、しなしなとしゃがみこんだ。
 慌てたのは明理沙である。
「え? なんで? ちょっと、カイ? どうしてしょげるの?」
「いいんだよ、明理沙。僕は……駄目な人間、なんだ」
 カイを落ち込ませるようなことを、明理沙は言ったらしい。
 悪いけど、見当もつかない。どうしたんだろう。
「ね、カイ。どうしたの? どこが駄目なの? カイ、どこにもそんなとこないじゃない」
 ひとつあるとすれば、すぐにそうやって止めどもなく落ち込むところだが。
「カイ、だって、カイにはそんなに落ち込むところはないじゃない?」
 そう言って、カイの肩に明理沙が手をかけると、カイはなんと、泣いていた。
「何で泣くの? わかった、ごめん、私が悪かったわ。カイを落ち込ませようとか、そういうつもりで言った訳じゃないの。ね、泣かないで」
 カイは、申し訳なさそうな顔になって首を振った。
「違うんだ明理沙、そういうんじゃないんだ。君のせいじゃない。ただ、本当に自分の不甲斐なさが情けなくなって……ううう」
 カイが泣き崩れた。
「もしかして、まだ、私に隠してることが、あるんじゃないの?」
 ふと、明理沙がそう言うと、カイは、ためらった後、ゆっくり頷いた。
「ごめん……明理沙……。君の負担になるような隠し事じゃないんだ。だけど、だけど、……ごめん、理由はいえないけど僕は悲しいんだ。うううう、僕さえ……僕がせめてまともな魔法使いであったなら……うううーっ。うわー!」
 カイは盛大に泣き出してしまった。
「あのーカイ。私、あなたを喜ばせるようなこと言えないかもしれないけれど、こう思うの。カイの負担の一つは、もうすぐ消えるんだから。王様は見つかる。これで、あなたの重荷は一個消えるでしょう? それから、あたしでよかったら、とりあえずここにいるから、ね、泣かないで?」
 あんまり頼り無げなので、ちょっと前まで妹にしてきた慰めかたと同じように、カイを抱き締めると、カイは明理沙にしがみついて、わんわん泣き出した。
「ありがとー、明理沙! ありがとー! うわーん!」
「ううん。カイは私に色々親切にしてくれたよ。あたしは、あんまりお返しできないけど。カイから頼まれたことはちゃんとするから。カイが何に困ってるか、わからないんだけど、……泣かないで」




←もどる ★ 次へ→
作品紹介へ
inserted by FC2 system