女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



30 火竜 

 するといきなり森の木々が消え、なぜか目の前には、違う風景が広がっていた。地面は岩。唐突に切り立った崖になっていた。崖の向こうには、断崖の上に立つ城が見えていた。ここからは、両脇を崖に削られた、カミソリのような一本の岩の道のみによって繋がっている。
「ええ!? どういうこと!」
 明理沙は、呆然と周囲を見回す。
 なんでいきなり森じゃなくなったの? 
 今まで森の中だったのに。
 いや、そんなことより、
「お姉さん待ってください! 竜除けの魔法陣に入らないと竜が!」
 声を限りに、十メートル程前方、すでに城への道に入ろうとしている若い女性に向かって叫んだ。
 ぎょっとした女性が振り返る。
「な! なんで追いかけてきたの!? 魔法陣に入ってなさいって言ったでしょ!?」
 女性は明理沙の方へ駆け戻って来た。
 蒼白になっている。
「帰って! はやくっ! 魔方陣の中に!」
 明理沙は首を振った。こちらはゆっくり首を降って、落ち着いて答えた。
「お姉さんも一緒に行きましょう? 危ないですよ」
 女性は大きく首を振った。
「違うのっ! あたしがいるから竜がくるのよ! だから、あたしと一緒にいたら危険なの! 私がいたら魔法陣なんて関係ないの! 戻りなさいはやく! ああもう間に合わないかも、……じゃあ少なくとも私から離れて!」
 女性は早口でそのように言ったが、明理沙にはどうしてそんなに慌てるのかわからない。
 狙われているなら、余計に魔法陣に入った方がいいのに……変なお姉さん。
 明理沙は知らなかった。魔法陣に「確実な効果」は期待できないことを。たしかに忌避作用はあるが、致命的な強さはない。竜が我を忘れるほどに欲するものがその中にあれば、、間違いなく、魔法陣を突き破ってくる。その程度の、いわゆる「障害物」にすぎないことを。
「ほらほらほら、離れて! 私は間違いなく竜に襲われるけど、あなたが一緒にそうなる必要なんて全然ないでしょ? じゃあね! 私、行くから!」
 若い女性は、怪訝な表情の明理沙を置いて、一目散に遠くに見える城へと駆け出した。
「え……?」
 女性の行動が、まるで理解できない。
 そのとき、明理沙の背後で、ゴウ、という音を伴って大気が揺れた。
「!?」
 明理沙が振り向くと、沈思の森から空へと、火竜が昇っていくところだった。オレンジ色の大トカゲのようだった体は、森を出るに従い、巨大な姿へと変貌を遂げていく。ルイルが従えていた竜と同じ姿へ。竜自体がごうごうと燃え盛り、周囲の空気が熱くなっていく。
 森の中で見た時とは、天地の差だ。巨大な竜、体のあちらこちらで、太陽の表面で見られるような爆発が起こっている。
「……」
 明理沙は、その姿に圧倒された。
 ここから逃げるべきだ、逃げるべきなのだが、体が竦んでまるで動けない。あんなに大きな火の塊なんか見たこともない。その上、どう猛な性分の生き物なのだ。
 どうしよう……。森の中に、帰らなきゃ。
 だが、その森の上空に、その火竜が君臨している。
 どうしよう……。
 その時、
「明理沙ーっ!!」
 森の中から、カイが駆け出てきた。 
「カイ!!」
「あああ、もう、びっくりしたよ! 気が付いたら明理沙が魔法陣から出ちゃって、ちょうど姿が消えるところだったんだ! 僕は何でだか背中がものすごく痛くてさ? 起きようにもしばらく起き上がれなくてさ。僕すごく寝相悪かった? 何かにぶち当たったのかな? まあいいや、それでようやく起き上がったら火竜はそこまで来てるし、だけど明理沙は行っちゃったろ? どうしようかと思ったんだけど、要は僕が水晶玉さえ持ってなければ狙われないんだから、森の魔法陣の中に置いて来た。そして明理沙を追って行ったら、何と森を出ちゃったじゃないか! その上、目の前にはもう金糸の君の城まであるし! いやーよかったよかった!」
 カイは一気にしゃべり、その後「ううっ、背中が!」と、うなって屈み込んだ。無理もない。
「カイ、大変なのよ! どうしよう、あのお姉さん、火竜に狙われてるらしいの!」
「お姉さんって、誰?」
 背中の痛みに顔をしかめながら、カイが顔をよろよろと上げた。
 明理沙は細い道を走って行く若い女性を指さした。
「あの人! あの人が火竜に狙われてるんだって! 魔法陣に入ってもらおうって思って、私あの人を追いかけたんだけど、……私には魔法陣は関係ないって言って、行っちゃった」
 カイは、明理沙が指さした方向を見、人影を見いだし、そしてそれが誰であるかを認識して、仰天して叫んだ。
「シルディだ! シルディだよ! ……そりゃー大変だ! ど、どうしよー!? ええと、ええとっ! どうしよう!」
 東の空には月がのぼり始め、銀の光が夜の闇に射し込み始めた。
 カイは動転してぐるぐる歩き回る。
「うわあどうすりゃいいんだ! 僕になんか、とても火竜をどうこうできる魔法なんて使えないしー!」
 明理沙は、火竜がゆっくりと、城の方、つまり女性の方へ移動し始めるのに気づいた。
「カイ! 火竜が動き出したよ!?」
「うん、わかってる。だけどどうしようもないんだ! どうしよう、ああ、金糸の君が気づいてくれりゃいいんだけど! でも、あいつ、あんまり外のことに興味持たないからなあ。どうすりゃいいんだ」
 なんとか妨害はできないものかと、明理沙は、地面に落ちている小石を拾って、夜空を泳ぐ竜の方へ投げた。が、全然届かなかった。しかし他にできることはない。つまらないことだが、諦めずに石を投げることにした。
 ゆらゆらと、火竜は空に長大な身をくねらせて女性の方へ向かう。
 地上の空気が、夏の炎天下のように熱いものになっていく。
「シルディは魔法が使えないんだ。本当に何もできない。……そんな彼女を火竜がわざわざ狙うということは、……シルディが金糸の君の持ち物をもってるに違いない!」
 カイには為す術もないので歩き回る。
 いきなり遠くの彼女へと叫んだ。
「シルディー!! 何を持ってるか知らないけど! それ捨てちゃえばいいじゃないかー!」

「捨てたら火竜が持ってっちゃうでしょう? こんなものを火竜が手に入れたら大変じゃない」
 カイの声は聞こえた。女性は返事はせずに口中でつぶやく。為す術がないのは彼女も同じ。もう、走るしかなかった。
「これを食べたら火竜はとてつもなく強くなる。このマジックキングダムでは、人よりも力が強くて残忍なものがいてはいけないの。そんなことになったら大変。ここは、人が作った世界なんだから」
 シルディは駆ける。城へはまだ遠い。
「リディアス来ないわね。寝てるに違いないわ。まったく三年寝太郎なんだから!」
 日常の小さな悩みのように肩を竦めてそうぼやきながら、それでもシルディは駆けるのをやめなかった。

「よおし、僕も、石投げよう!」
 ついにカイも石を投げ始めた。
「カイ! あのね、エフィルさんたちに助けを呼んだらどうかな?」
 偽りのキキョウ畑でやった事を思いだし、明理沙は明るい表情になってそう言った。
 が。
「それはさっきからやってんだ。けどさ、あのね、別に声を出さなくても、助けてくれって強く思えば、エフィルあたりが駆けつけてくれるんだけどね……駄目みたい。聞こえないんだ。何かに邪魔されてるのかもしれない」
 カイは、情けない表情になった。
「または、僕の力が弱すぎて聞こえないのかも……ああ」
「なんで? エフィルさんなら来てくれそうなのに? 忙しいの?」
 カイは首を振った。会話をしながら、二人とも、渾身の力で小石を放っている。人の生死がかかっている。緊迫感に押し潰されそうだった。黙って石を投げるより、自然、二人とも口数が多くなっていく。
「違うんだ。またきっと、ユエなんだ。エフィルに声が届くのを、ユエが邪魔してる」
「どうして!?」
 明理沙は、カイの言葉に驚いて、声を上げた。。
「だって、……人の命がかかってて大変なのに! なんでユエさんは邪魔するの!?」
 ぶん、と、思いきり強く石を投げて、カイは苦い顔になった。
「シルディの命が、ってところが、ユエにとって問題なんだ。……あのね、エフィルは、シルディのことが好きなの。だから」
「え」
 ぼと、と、明理沙が持っていた石を落とし、慌てて拾って投げた。今のところ、竜にかすりはするのだが、すべて体から燃え上がる火によって燃え尽き、まったく駄目だ。火竜は、弱い動物をなぶり殺す余裕を見せるかのように、ゆらりゆらりと、上へ下へ大きく蛇行しながら、城への道のあたりを旋回している。
「そんな理由で、そんな妨害とかするの!? いくらエフィルさんのことが好きだからって、やっていいことと悪いことがあるでしょう!?」
 しかし明理沙は思い出した。
 ユエは、シナーラの母親を死に追いやり、呪いの塊にして、……それを冗談としか思っていなかった。
 カイは、ユエを改心させることはとうに諦めているらしく、悟った表情で首を振った。
「ユエは、エフィルのことか自分の楽しみ以外は、まったくどうでもいいんだ。本当にどうでもいいんだ。なんだってやるんだ。それも冗談で」
 明理沙は、空いた口が塞がらなかった。それは、本当に、魔女だ。
「……そう、なの……」
 動揺して、小石を投げる明理沙の手元が狂った。胴体を狙っていたのに、尻尾の方に飛んでいった。
 カキン
 すると、いままではしなかった、硬い音がした。
「? 何かに当たった?」
 明理沙は、瞬きをしながら飛んで行った石の方向、つまり竜の尻尾を見た。
「うん……?」
 尻尾には当たるのかな? と言いながら、カイも、そちらへ、石を投げた。思いっきり。
 ギイン! 

 金属の壁に石を叩きつけたような音が響いた。
 その瞬間、
「あああ! こっち向いたあああ!!」
 緩慢、と、表現していい程、のそのそ動いていた竜が、勢いよく身をくねらせ、明理沙とカイの方に迫って来た。その身から発せられる炎は、先程までとは桁違いに激しく変じた。
「なんでー!? そんなこと今はいいや! 逃げよう明理沙! 何故だか知らないけど奴は怒っている! 燃やされる!」
「も、森に行こう!」
 あそこには竜除けの魔法陣がある! 
 しかし、
 火竜は、物凄い勢いで二人の遥か上空まで上昇し、二人の上を越して、森を目がけて急降下していった。

 ドオン! 

 その瞬間、森が火の海に変わった。
「うわあー!」
 衝撃と迫力にカイは腰を抜かした。
 火竜は、燃え盛る森から身を舞い上がらせ、二人の方へ突っ込んできた。もう逃げようがない。
「きゃあああ!!」

「なんてことしたの!? あの二人!」
 シルディは、驚きと呆れが半々に交ざった表情をしていた。
「どうして逆鱗に石なんか当てるのよ……」
 へたり、と、地面に座り込んだ。
 助けようもない……。
 駆けて行っても間に合わない。守ってあげられるような魔法は使えない。さっきから彼を呼んでいるのだが反応がない……もうこれは絶対にぐっすり寝ている。
「お願い助かって……」
 祈るしかなかった。

 どうしようもなく、二人はうずくまってお互いにしがみついた。
 火竜が、深紅の炎を津波のように口から吐き、二人を襲った。
「きゃああああああ!」
「ぎゃああああ! 死ぬうー!」
 真っ赤な熱が、二人を飲み込んだ。




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