女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



32 金糸の君、登場

 彼は、手のひらほどの大きさの菜の花色の光輝を従え、面白くもなさそうな表情で夜空に立っていた。
 白色の髪の輝きをさらに増すかのように、幾筋かの金の髪が輝いている。
「ほんと、死ぬかと思ったわ」
 左腕は、苦い顔をしたシルディを支えている。
「今の今まで寝てたでしょう? リディアス」
 彼女の問いに、彼は表情ひとつ動かさずにうなずいた。
「そうだが?」
「まったく……やっぱり三年寝太郎」
 シルディは、はあっとためいきをついた。
「ほら御覧なさい。おかげであなたの城に続く道も燃えちゃったし、沈思の森も燃えちゃった」
 下方を指さす。すべて、溶岩が流れたように赤々と燃え、城への道に至っては、白色の炎を吹き上げてどんどん消えていっている。
「ねえ、なんとか言ったら? こんなになっちゃってるのよ?」
 何の返答も返ってこないので、シルディが肩を竦める。
 金糸の君は、無表情で眼下の地獄絵図を眺めている。
 言葉はない。
「もう」

「シルディ! 無事だったんだなー!」

 下方から、少年の声が元気に響いてきた。シルディが見下ろすと、二つくっついた人影と、一つの人影が見えた。シルディの表情が輝く。
「カイ! カイじゃないの! よかった! 生きてたのね!」
 随分と高低差があるため、二人とも大声で叫び合う。
「シルディもー! 無事でよかったよ!」
「カイ! 背中大丈夫? ごめんね! 痛かったでしょう?」
「なっなんで知ってるの?」
 カイが瞬きを一つした。
 シルディの声が降ってくる。
「覚えてないのー? 火竜から逃げる途中であたしが踏んだのよ! ごめんねー!」
 カイの隣にたつシナーラが鼻で笑った。
「フン、あんた踏まれたの? 鈍すぎ」
「……う、うるさいシナーラ! 寝てたから全然わかんなかったんだよ!」
「ケッ……野宿でそんなに熟睡する奴なんて初めて聞いたわ。あんたの馬鹿さ加減、皆に言いふらしてやろっと」
「なっ、な、な、」
 次々と繰り出される悪口雑言にカイが真っ赤になった。何か言い返したいが、そもそも争い好きな性格ではないため、全くもって思い浮かばない。
「ちくしょお……バカシナーラ!」
「馬鹿に馬鹿って言われるおぼえはないわ!」
 シナーラの金の杖がカイの頭に飛んで行って、がつんと当たった。
「ぐわっ! 痛ってえ! この暴力魔女ー!」

「あらケンカ。盛り上がってるみたいね」
 シルディは、大騒ぎしている下の少年少女らを見て苦笑した。さらに下は、相変わらず炎の海だ。
 火竜は、先ほどの白い炎を吐いたお陰で、沢山の力を使ってしまったらしい。出した炎を再び吸収するように、城への道があった場所で、白い炎で行水するように、のたうっている。
「火の属性は一度活性化すると歯止めが効かない。自身の熱で更に力を得、酸素がある限り燃え盛り続ける」
 金糸の君がつぶやいた。
 シルディがうなずく。
「正の亢進性(こうしんせい)ね。そのまま放って置けばね。まさか、そうする気?」
 やがてあなたの城が燃えるわよ? シルディが眉間にしわを作って尋ねると、金糸の君は首を振った。
「いいや」

 ゆらり、と、火竜が、白い炎の中から身を起こした。体は、すでに赤ではなく、炎と同じ白に変わっている。火竜の周囲では、炎ではなく放電のような現象が起こっていた。
 カッ、と、目を剥いた白色の火竜は、上空の金糸の君に狙いを定め、宙を舞った。

 ゴゴゴ、と、空気が不気味な音を立てはじめた。どんどん熱くなっていく。火竜から随分離れているにもかかわらず。
「うわわわわ!? 逃げよう明理沙! どこか遠くにー!」
「う、うん!」
「ヒッヒッヒ、逃げたって無駄よ! この島一帯、金糸の君が転移魔法を封じてる。だから、あたしがここにいるしかないって言ったでしょ? あいつが転移魔法を封じたのは、火竜を逃げられなくして狩る気だからだと思うわ。火竜の色からして、とんでもない温度よ。防御魔法でもなきゃ身を守れないわ」
「どうしよう」
 カイと明理沙はおろおろする。対してシナーラは他人をこけにする余裕を見せている。
「さあどうするの? 水晶玉に助けられてさえでも、浮遊魔法だけでもうすでにいっぱいいっぱいのカイ君? 防御魔法にはとても手がまわらなさそうだけど? ははん?」
 どこまでも馬鹿にした表情のシナーラに、カイは肩を震わせた。
「この性悪魔女っ! 助けてやろうとかそんな台詞はないのかよ!?」
「んじゃー、何くれるー?」
 間髪入れず、そう返された。
「金か物か、それ相当のものをくれるんなら、助けてやってもいいわ?」
 空気はどんどん熱くなる。皮膚がからからに乾いてきた。これでも火竜が親指程度の大きさに見えるほどの遠さにまで離れているのだが。
 涼しそうな顔をしたシナーラが片頬で笑った。
「あたし、王宮の書庫にある本が一冊欲しいの。王になれたら私の物だけど、なれなかったら永久に手に入らない、世界に一冊しかない本なの。王座が空の今しか、私が確実に手に入れるチャンスはないわ。カイ、本をちょうだい? そしたら助けてあげる」
「何の本だよ?」
「今は教えない。私が助けないと、あんたたち死ぬわ。確実に。金糸の君はあなたたちを見ていない。シルディが頼んだって、聞きゃあしないわ。助け出してくれそうなエフィルは、ユエのせいでこの事態を知らされてない。誰にでも同情する優しいうちの母さんは、まだ起き上がれる体力すらない。世界中で、あなたたちを助けられるのは私だけなの。さあどうする? カイ」
 空気は、火のようになった。火竜が、真っ白に輝く体をどんどん夜空へと上昇させていく。それに伴い気温も上昇する。
「あちいい!」
「あつっ……!」
 二人がとてつもない熱さに悲鳴をあげる。
「早くしないと死ぬよ? 明理沙が死んでもいいの? カイ!」
「わかったよ! やるから助けてくれ!」
 シナーラはにやりと笑って金の杖を振った。

「来たわ。リディアス」
 大層な事態なのだが、金糸の君が黙ったまま何も言わないので、シルディはせめて実況でもしようかと思い、見たままを口にした。
 白熱の竜が昇ってくる。彼の水晶玉を狙って。
 彼の右肩に腰を下ろしていた、人の掌ほどの大きさの、菜の花色に輝く優美な女性が、ここで初めて口を開いた。
「手伝いましょうか? リディアス」
「いい」
「そう。では私は出掛けてきます」
 菜の花色の光輝は、軽くうなずくと彼から離れて行った。
「ハニール・リキシア、どこへ行くの?」
 シルディが呼びかける。
 遠くの恒星のようになってしまった小さな目映い光から、声が、頭に直接伝わってきた。「護りが必要な子らがいるわ。そこへ行くのよ」と。

 青紫の光に包まれることができた二人は、ぐったりと宙に崩れこんだ。
「熱かったー……」
「死ぬかと思った……」
「感謝なさい二人とも」
 シナーラがくせのある笑みを浮かべている。
「……で、本って、何の本だよ?」
 カイが感謝の言葉ではなく質問をよこした。
 シナーラはニヤリとほほ笑んだ。
「くれるって言ったわよねえ? カイ君? 撤回させないわよ。王宮の書庫にある、この世界の造り方を書いた本が欲しいの」
 カイが顔色を変えた。
「だ、駄目だ! それは駄目!」
 シナーラのこめかみがぴくっと動いた。機嫌が悪くなった。
「そーう? じゃ、ここで死ぬ?」
「わああ、ちょっと待て! 待て! えーと、えーとだな。一体何に使うんだ? その本」
 シナーラがうれしそうに笑った。
「金儲け」
「絶対駄目!」
「じゃあ、さよならだわ。長い付き合いだったわねカイ。焼け死んじゃいなさい」
「だああああ! ちょっとっ、待てってば! ええとっ、何の商売に使うんだよっ!? なあっ? なあっ?」
 さよならされると死んでしまう。カイの質問は、極度の緊張で息荒くなっている。
 シナーラはヒッヒッヒと笑った。
「世界が一つである必要なんてないじゃない? 世界を造れるほどの魔法使いは、そんなにいやしないけどさ。……造れるんなら、何も今までみたいに王に頼らなくても、自分の好きに世界を造って暮らした方が気楽でいいじゃない? 強い魔法使いほどそう思ってる。そんな人に、その本を使って世界創造の方法を伝授し、金をもらうのよ。力のある魔法使いなら金なんか腐るほど持ってる。どんな高額ふっかけたって、大丈夫よ。ヒッヒッヒ! 儲かるわよ必ず」
 カイが、呆れた。
「お前……本当、金好きだなあ」
 シナーラも呆れた。
「当たり前じゃない何言ってんのよ? 金が基本よ」
 カイが渋い顔になる。
「金なんか、何にもならないと思うけど。お前とは一生話が合わない気がする」
「変わったこと言うのね? 私と付き合い続けなきゃいけないわけじゃないんだから、そんな事いいじゃない別に。あんたはあんた、私は私」
 しれっとしているシナーラに対し、カイの方は非常に渋い顔になっている。
「シナーラさんお金が好きなの?」
 明理沙がようやく口を開けた。
「ああ、うん」
 シナーラは、怪訝な表情で明理沙を見て、それに答えるべく口を開きかけた、が。ふと、銀の月輝く夜空を見上げる。
「残念だけど、その話は後でね。金糸の君がめずらしく何かをする」




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