果たして、少年と少女は最後の候補者たちと会った。
「金糸の君、お久しぶりです。僕は、前王の息子、カイです! 次王を探すべく、王の水晶をあずかり、継承候補者のもとを回っています。継承者の一人である、金糸の君にお話しを伺うべくやってまいりました!」
「カイ?」
金糸の君は、名前だけつぶやくと、緩やかに首を傾げて、沈黙した。
さらに沈黙が続く。
「……カイ、」
「忘れてるんでしょ、リディアス」
シルディが鋭く指摘した。
金糸の君の眉根にしわが寄り、不機嫌そうにシルディを見下ろした。
「そんなことはないおぼえている。あの時の子供だ」
どの時のよ? とシルディが金糸の君に小声で聞くと「先王の葬式の時だ」という返事が返ってきた。シルディが渋い顔をする。
「どうしてそれしか憶えてないのかしら……。それだけではないでしょ。昔から良く会ってたでしょ? 前王在位のときの王宮で、何度も何度も」
「さあ?」
しいん、と、沈黙が広がる。
金糸の君から大規模に忘れられてしまったカイが、苦虫を十匹ばかり噛み潰した顔をした。
覚えていないのでは、話にならない。せめて、思い出してもらわねば。その方法が、たとえ自分にとって不名誉なものであったとしても。
金糸の君に、僕のことを思い出してもらわなければ。
非常に嫌そうな顔をして、ためらいながら、口を開いた。
「いいえ。きっとおぼえているはずです。『泣き虫カイ』ですよ。『泣き虫カイ』」
「……ああ」
金糸の君の、明後日を見ていた瞳に、光明がさした。
「『泣き虫カイ』。よく妹姫から魔法で塔に吊るされたり、地下室に閉じ込められたり、中庭の池中央に設置された噴水の上に取り残されたり、蛇を頭上に召喚されたりして、泣いていたあの王子だな。なるほどな。よくおぼえている」
立て板に水を流すごとく、しかも無表情で金糸の君がしゃべった。
「そ、そうです。思い出していただけましたか……」
カイの顔は複雑に歪んでいる。
「ちょっと、リディアス……。どうしてそういうの覚えてるの? もう忘れてあげなさいよ」
シルディの顔が引きつっている。
「継承候補者、か。私から話を聞いてどうする気だ?」
シルディの言葉を無視して、金糸の君はカイに向かって一息にそう言った。
カイは、正面から金糸の君を真剣な表情で見つめた。睨んでいるようにも見える。
「王を決めるのは明理沙です。誰がなんといおうと、明理沙が王として選んだならば、本人の意思とは関係なく、王になっていただきます!」
まるで、宣戦布告をしているようだった。
金糸の君が、ひたりとカイを見た。
カイは、力を込めて金糸の君を見返した。
双方の視線が交錯する。カイの足が、かたかたと震え始めたのを、少年につかまっている明理沙は感じた。
「君の隣に立つ女の子が明理沙か?」
金糸の君がカイから視線を外し、今度は明理沙を見た。
「そうです!」
カイが、毅然というより、敵にかかっていくときの掛け声のような勢いで、そう応じた。
じっ、と、明理沙は金糸の君から注視された。
迫力だった。
明理沙は、背骨に針金を入れられたかのようにしゃきっと固まってしまった。
見られているだけで、なんでこんなに圧迫感があるんだろう?
なんで無表情で気の無さそうな表情なのに、わたしはこんなに緊張するの?
まるで生徒指導の先生二十人ぐらいに、睨まれてるみたい。
試されている、と、明理沙の心のどこかがそう言った。彼はその鋭い眼力で、明理沙の内面を見極めようとしている。
「……」
自然、明理沙の目が、金糸の君に向かった。
だが、明理沙は彼に対抗する気はまるでなかった。
彼女はこう思っていた。
試されようが、見極められようが、……隠すものも何もない、偽るものもないのだ。ただの人間、魔法が使えない人間。カイは、話を聞くだけでいいって言った。私は、カイの困っている顔を何とかしたくて引き受けた。それ以上なにもない。
学校の先生たちも、よくこんな目で見るから……いや、こんな表情のない顔ではなくて、明らかに試している顔で見るのだが、……そうだから、こういうことには慣れているといえば慣れてるのだ。別にこのまま見てもらえばいい。私は何も、隠す必要のあるものなんてない。誇れるところはわからない。私はこうやって、自分の力で立っているだけ。自分の姿を飾る必要もない。金糸の君が、「この者には王を探す資格などない」と思ったなら、彼にとってはそうなのだろう。でもカイは私に頼んだんだ。だから、私は、次の王に相応しい人をカイに伝える。カイのために。実際に、それで、王を決めるかどうかは、この世界の人達の、仕事だと思う。
見ているうちに、明理沙から、どんどん無駄な力が抜けてきた。じたばた取り繕ったところで、いきなり立派な人間になるものではないのだ。
「……」
明理沙は、まったく落ち着いた表情で、金糸の君に向き合った。
金糸の君が、わずかだが、なんと笑った。
「面白い。気に入った」
「え!?」
「ええっ!?」
シルディアとカイが、仰天して目を丸くした。
「へえ。めずらしいこともあるものね。何か起こらなきゃいいけど」
シルディアは目を瞬かせている。
カイに至っては、頬を引きつらせている。
「えええ? 何だよ、一体、明理沙の何がわかったんだ? 見ただけで……」
金糸の君の肩で、黄色の輝く婦人が、くすりとほほ笑んだ。
|