女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



36 シルバースター

 泊まるなり適当にしていけばいい、と言って、金糸の君はさっさと自室に戻って行ってしまった。中断された睡眠を取るべく。
「確かに、今は真夜中だよ。だけどさ、もうちょっと語らいとかないわけ? 王を選ぶってのに!」
 カイは、金糸の君の関心のなさが納得できずに、憤慨している。
「いつもあんなものよ? どんな状況でも、リディアスに変わりはないと思うわ」
 シルディは、そう応じて、仕方ないかというふうに、ふっと軽くため息をついた。彼女はすでに悟っているようで、それなりにけろっとしている。あきらめているらしい。
 明理沙は、王の候補者にはまともな人はいないんだ、と、改めて思った。そうでなきゃ世界を支えられないのかもしれない……。真面目にやってたんじゃ、疲れてすぐ駄目になるのかも。
 そんなことを考えている明理沙に、シルディがにこっとほほ笑んだ。
「私の自己紹介がまだだったわ。リディアスがちらっと言ってはくれたけど……。初めまして明理沙。私はシルディ。私は魔法使いではないの。リディアスの『シルバースター』なの。次の王を選ぶのは大変でしょうけれど、頑張って」
 シルディには、「元気のいい学校の先生」のような、頼れる雰囲気というか、さわやかな雰囲気というか、そういうものが漂っている。自然に明理沙も笑みがこぼれた。
「初めまして、明理沙です」
 明理沙の担任の若い女性教師を思い出した。彼女もこんな感じの人だった。
 この人は良い人そうだ、と、内心ほっとしながら、明理沙は別の単語がひっかかった。
 ……自分はシルバースターだ、と、言わなかったか? 

 3人は椅子に掛けて話を進めた。飴色の机の上には、シルディが持ってきた紅いお茶が白い器に注がれて乗っている。お茶からはフリージアのような香りが振り撒かれた。とても良い香りで、疲れが抜けていきそうだ。
「金糸の君で最後なんだ」
 カイはそう言ってお茶をすすった。表情はさえない。
 シルディが一つうなずいてから口を開いた。「エフィル君に、ユエ、シナーラ、ルイル、そしてリディアスね……」
 カイは6人の候補者がいると言っていたが、5人しかいないのは、きっとシルディさんも加えて6人なのだ、と、明理沙は思った。シルディさんが『シルバースター』なので、金糸の君の内に入っているのだ。
「妹さんは、お元気?」
 シルディが優しい表情でカイにそう尋ねると、カイはこくりとうなずいだ。
「うん。変わりはないみたい。気遣ってくれてありがとう。シルディ」
「妹? 妹がいたの? カイ?」
 初めて聞いた。
「え……。うん。そうなんだ」
 カイはちょっと言葉に詰まった後、笑って答えたが、少し表情が曇っていた。
「ちょっと、家の外には出られないんだけどね」
 病弱なのだろうか。
「そう」
 カイの弱い表情からして、それ以上聞いてはいけないと思い、明理沙は黙った。
 シルディは二人のその様子を見て、複雑な表情をした。
「カイ、」
 シルディは何かを尋ねようとカイに呼びかけたが、こちらを向いた少年の儚ない様子に、問いを引っ込めた。聞くのは酷だ、と思った。
「ううん。なんでもない。ここが最後なら、しばらくゆっくりしていけばいいわ。……燃えてしまって何も無くなっちゃったけど」
 最後の言葉に、へへ、と、カイが苦笑した。シルディも笑う。
「それにしても、二人とも、あちこちを回るのは、大変だったんじゃない?」
「そうなんだよ!」
 カイが握りこぶしを作って声を上げた。元気を取り戻したようだ。というか、声を上げるほど大変だったのだ。明理沙も正直、死ぬんじゃないかと何度も思った。
 カイはこれまでの経緯をシルディに話した。ユエのとんでもなさ。シナーラの話。ルイルの話。
「もう、ほんっと、死にそうな目に何度あったことか!」
 カイが力を込めてそう言う。
「ユエはエフィルのためなら屋敷を爆破するわ黒魔術に手を染めるわ、シナーラは相変わらず相変わらずだし、ルイルは……やっぱり怖いよあいつ! ……いやー、もう……。なにより明理沙が大変だったんだよ! 僕がネズミに変えられたお陰でハール様の悪霊に殺されそうになったり、ルイルには追いかけ回されたり岩山で落ちそうになったり、沈思の森で色々色々……!」
 そこまで言って、一気にしゃべり倒したカイはゼイゼイと息を切らす。
「お疲れ様」
 シルディは、上下しているカイの背中をさすりながら、同情を込めてうなずいた。
「でも、この城の中は安全だから、カイも明理沙も、ここにいる限りは大丈夫よ。ゆっくりしてってね」
「よかった、久しぶりに落ち着いていられる! ああうれしい。ううっ」
 カイがむせび泣いた。
「泣かないの」
 シルディが苦笑して、子供にするようにカイの頭をなでてあげる。
「それにしてもまあ、アクの強い人達ばかりだわねえ。エフィル君だけがちゃんとしてるわね。ユエは得体が知れないし、シナーラは欲得でしか動かない、ルイルは権力好きだしね……リディアスは何にでも無関心だし。やれやれ」
 シルディは肩を竦めた。
 明理沙は、言って良いものかと思いながら、口を開いた。
「マジックキングダムには、普通の魔法使いもいるんですか?」
 その言葉を聞き、シルディは渋い顔で「うわあ」と言って目を閉じ、額に手を当てた。
「ごめんなさい、変なこと言って」
 シルディは気を悪くしたに違いない。明理沙は謝るが、しかし、ここに来てからまともと言える人はカイと、エフィルと、シルディだけだ。そのうち魔法使いはエフィルだけ。しかし彼は元王の親衛隊長で、……それって人望がなければなれない職だと思う。だから、まともで当たり前だとも言える。そう考えると、一般の魔法使いのひととなりが想像できない。
 シルディは顔を上げて明理沙を見つめた。同情を込めた表情をしている。
「変なんてとんでもない。明理沙は彼らにしか出会ってないのね。それなら、そう思うのは無理もないことよ。普通の人の方が多いから、安心してね? 逸脱した人達ばかりだったら、やっぱり世の中は成り立っていかないのよ」
「じゃあ、普通の人もいるんですね?」
 明理沙が重ねて問うと、シルディは大きく頷いて「そうよ」と肯定した。
「確認しないといけないほどひどい目に遇ってきたのよね。マジックキングダム中を探しても、あの人たち以上の人達は、あんまりいないから。保証するわ」
「よかった」
 明理沙は反射的にそう答えてしまった。シルディは、可哀想に、としみじみ思った。
 カイは申し訳なさそうに明理沙を見つめている。
「ごめんね明理沙」
 ……ホントに苦労させちゃったよね、と言って、口をへの字に曲げた。 
「あーあ。シルディが魔法使いだったらよかったのになあ。そしたらシルディに次の王様になってもらうのに」
「何言ってるのよ。この子は」
 ぶつぶつとそうこぼしたカイに、シルディは渋い顔をして軽くげんこつをくれた。
「あいて」
 カイが情けない表情で頭をさする。シルディは呆れたようにため息をついて、念を押してカイに言う。
「いい? 私はシルバースターなの。魔法使いじゃないの。ね?」
「うーん。うーん、そうだけどさー」
 カイはそれでも承服しかねる顔だ。
 明理沙は首を捻った。
 シルディさんは、さっきから自分がシルバースターだって言っている。でも、私がカイから「シルバースターが降って来た人間は魔法使いにはなれない」って聞いた。銀星の首飾りがシルバースターだと思っていたのに、……シルディさんは「自分がシルバースターだ」って言う。シルバースターって、人なの? それとも首飾りのこと? どっち? 
「シルディさん」
 明理沙が首をかしげながら口を開いた。
「何?」
「シルディさんは、『シルバースター』なのですか?」
 シルディは、瞬きを一つしてから、こっくりとうなずいた。
「そうよ?」
 明理沙は首をかしげた。
 わからない。
「ええと、空からシルバースターが落ちて来た人間は魔法が使えなくなるって聞いたんですけど……私はそれを銀星の首飾りのことだと思ってたんですけど……。ではなくて、シルディさん自身がシルバースターっていうことになるのですか?」
 2秒ほどの静寂があった。
 シルディは瞬きを3つしてキョトンとした。
 カイは「ああ、そこって複雑なんだよなあ」とうなっている。
 うーん、とシルディが首をかしげかしげ口を開いた。
「こういうことなのよ。あのね、私にはゴールドスターの代わりに、シルバースターが空から降って来たの。だから、私はシルバースターになった。『金糸の君のシルバースター』にね。わかる?」
 首飾りと人、シルバースターが二つあるということだろうか?  明理沙がそれを確認すると、シルディもカイも首を横にふった。いいえ、と。
 シルディは、首にかけて服の下に隠していた「シルバースター」を取り出して見せた。
 ゴールドスターのように大きくはない。指先ほどの大きさで、白銀色の優しい輝きを持つ星だった。
「きれい」
 思わず明理沙がつぶやいた。
「ありがとう」
 シルディは微笑んだ。以前そう言われれば苦笑しただろう。今はもう、ちゃんと微笑みになっている。
「いい? 明理沙。このシルバースターは、私が魔法使いになれない証なの。そして、世界一の魔法使いにとってはね、「シルバースターを持つ人間」が、世界一の魔法使いである証「シルバースター」になるの。世界一の魔法使いのシルバースターは、人というわけ。世界一の魔法使いはゴールドスターを持たない。代わりに、光輝の妖精ハニール・リキシアと、シルバースターを持つの」
 うんうん、と、カイがうなずいた。
 明理沙は、神妙な表情で頭の中を整理する。
「っていうことは、金糸の君のシルバースターがシルディさんで、シルディさんのシルバースターはそのペンダント?」
 シルディがちょっと笑った。
「そういうことね」
 わかった。
 込みいったことを理解でき、明理沙はちょっとうれしい。
 けど、と、カイがつぶやいた。
「シルディは、すごい魔法使いになるって噂だったのに。僕は、今でも、もったいないと思ってるんだよ」
 カイは、お茶の入ったカップを手に取りつつ、わずかに俯いてそうこぼした。
「何言ってるのよ。私は魔法使いじゃないの。そう決まってたの。もう決まってるの。過ぎたことを言わないのよ」
 シルディは肩を竦めて、呆れた顔でカイをたしなめた。
「だって、」
 カイはそう反論しかけて、一瞬、黙り込んだ。
「だって、僕もエフィルも、シルディから魔法を習ったんだよ……」
 シルバースターが降って来たのは数年前のことだった。
 シルディには、なかなか星は降って来なかったのだ。やがて年下のエフィルが星をもらい、カイには星が降りて来ず、そうして、星が降るには遅い年齢で、シルディに銀の星が降って来た。
 今のエフィルでも、星降る前のシルディにはかなわない。彼女はそんな存在だった。
「シルディが魔法使いだったら……ああ」
「あなたがしょげてどうするのよ?」
 シルディは冗談めかしたため息をつきながら、苦笑してカイの頭をポンポンと叩いた。
「シルバースターが落ちてきた時から、私の未来は全部変わったの」
 ふっ切れたさわやかさで笑った。
「たしかに大魔法使いになりたかったわ。気象を操って、大きな災害が起こらないようにしたかった。でも私にはゴールドスターではなくて、シルバースターが落ちて来たの。魔法使いにはなれないって、その時に決まったの」
「……」
 銀の星が、彼女には降りてきた。魔法使いになれない証が。
 カイが、決まり悪そうに顔を上げて苦い顔で謝った。
「うん。ごめん」
「もう泣かないのよ?」
 と、もう一度カイの頭をポンと叩き、シルディは明理沙に向き直った。
「で、候補者の全員を見て来て、明理沙、誰を王にするか、決まったの?」
 問われて明理沙は答えに窮した。
「いいえ。皆さんすごい魔法使いだけど、……まだ、決められない」
 そう、とシルディはうなずいた。そして、笑みを、解くべき問題を差し出すような笑みを浮かべて、シルディは口を開いた。
「リディアスを、どう見る? 明理沙」
 明理沙はシルディのほほ笑みを、複雑な表情で受けた。
「金糸の君を……」
 その表情を見て、シルディは、答えられないなら答えなくてもいいの、と微笑んだ。
 彼は、明理沙が今まで会って来た誰よりも大きな力を持っていた。しかし、……カイがおびえる世界の脆さを、まったく意に介さないようなのだ。
 彼は、あまりこの世界を見ていない。そんな印象を受けた。




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