女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



38 森のない朝がきて

 朝がやって来た。
 湖の上にはあいかわらず霧が流れている。霧のせいだかそれとも雲のせいかで青空は見えず、どうやら昇っているらしい朝日が、薄い灰色の空ごしに、かすかに光っている。
 明理沙は目を覚ました。
 朝だ。
 どうやら東向きらしい窓から弱い光が入ってきている。
 昨夜、何か夢を見ていた気がするが、……なんだっただろう。憶えていない。
 明理沙はベットから起き上がり、髪を整えて洗面をして、灰桃色の絨毯を踏み締め、窓辺に立った。
 眼下には、霧にかすむ黒青色の湖が、小波を立てていた。
 そして、右を見ると、一面の焼け跡が黒々と横たわっていた。沈思の森、だった場所だ。
「みんな焼けたんだ……やっぱり」
 昨日、火竜の炎によって、焼失してしまった。いつか元の森に、戻れるのだろうか? 
「明理沙、起きてる?」
 そのとき、控えめなノックの音が響いた。
「カイ……、」

 二人は、並んで窓辺に立った。
「あーあ、全然何にも無くなったなあ」
「そうね。沈思の森、無くなっちゃったね」
 霧にまみれて、黒くなった土地がまだらに見える。
「しかし、やっぱりここはいつも天気悪いなあ……。持ち主に似てるのかなあ」
 カイは空を見上げ、湖を見下ろし、憂鬱な風景に首を振ってうなった。さわやかでない朝の風景だ。
「いい景色だ、とは言えないね」
 黒い湖、黒くなった土地、そして、灰白色の霧と、かすむ日光。ほとんど無彩色の風景に、明理沙もカイも、説教を聞いているような神妙な表情になった。
 だが、
「カイ、あれは、なに?」
 明理沙は、薄明るい灰色の空に、一つの点を見つけた。

 カツコツカツコツ。灰色の城の中で、軽い足音が響いて行く。その人を追いかけるようにして、城の石の壁から、小さな姿が生まれ出た。人の手のひらほどの大きさの、少女の外見をした、石の精霊だ。その小さな「彼女」は、足音を追いかけて飛んで行った。
「おはよう」
 小さな彼女は、その人にたどりつき、耳元に何かささやいた。その人はにっこり笑ってそうあいさつした。
「そうよ。湖を見に行くの。……うん、マリモの精に会いにね。昨日の火で、湖がどうなったか気になるのよ」
 石の精霊は、その人の周りをくるくると回りながら飛び回った。
「そうかもしれないわね。あなた、何か知ってるの? ……そう。でも、自分の目でも見たいから」
 石の精霊の声は全く聞こえないが、その人と精霊とは、確かに会話を交わしていた。
 そして、シルディは城の地上部の一番下層を小走りに駆けて、大きくて重厚な木造りの扉の前まで来た。
「さてと」
 軽く深呼吸して、彼女は扉に手を掛けた。
 左の肩には、石の精霊がちょこんと腰をかけて、にこにこ笑っている。
「こればっかりは、自力で開けなきゃいけないのよね。うん、ありがとう。頑張るわね」
 よいしょ、と、シルディアは力を込めて扉を押し開けた。

「な、なんだ! こっちに突っ込んでくる!」
 カイは慌てた。明理沙の指さした方向に、たしかに一つの点があった。そしてそれはどんどん大きくなり、ホウキにまたがった人影だとわかるまでには、ほとんど時間がかからなかった。
 このままだと城にぶつかる。明理沙とカイがいる場所よりも下の方をめざして、その人は弾丸のようにやってきた。
「!」
 ビュッと音を立てて、その人影は、城の外壁すれすれで急降下して行った。ほとんど直角に。
「ルイルだ!」
「ルイルさんだった!」
 一瞬だが、顔が見えた。二人はそう声を上げて、お互いの顔を見合わせた。
「何しに来たのかな?」
「そうだなあ。王選びの問題か、他のことか、とにかく、いちゃもんをつけに来たってことは間違いないと思う」
 カイは苦みばしった顔でうなった。
「うう。朝から嫌な感じ」

 木造りの重い扉は、ちょっと押しただけで難無く開いてしまった。
「?」
 きょとんとしたシルディは、外に人影があることに気づいた。どうやらその人も、一緒に扉を開けたらしい。しかし、湖から吹き上げてきた濃い霧がそこにいる人を朧にする。 さっと、シルディの肩に座っていた石の精霊が消えた。シルディには「きゃあ!」という石の精霊の悲鳴が聞こえた。
「え、どしたの?」
「おはよう! シルディ! 良い朝ねえ?」
 朝っぱらから、迫力のある威勢のいい女の声が響き渡った。城の中にわんわん反響する。
「ルイル! どうしたの? こんな朝から?」
 珍しい来訪者に、シルディは驚いた。いや、城への来訪は珍しいが、彼女は沈思の森の方へは良く現れる。狩りをしに。
「ちょっとした用があってねえ。入らせてもらうよ」
 ルイルはずんずん歩いて城の中に踏み入った。シルディに対しては、実に愛想の良いほほ笑みを浮かべた。
「ここの城の主に会って話がしたいのさ。なあに、リディアスの出方しだいでは、すぐに済む用さ! 奴は自室にいるのかい?」
「そうだけど。でも彼はまだ、」
 シルディの返答を皆まで聞かず、ルイルはにやりと笑った。獲物を見つけた笑みだった。
「ふふふ! 自室だね?」
 不敵な笑みを浮かべた妖艶な魔女ルイルは、くわっと、アーチ型の柱が支える天井を見つめて、叫んだ。
「リディアス! ルイルが来たよ! どういうことだか、あんたはわかってるだろうねえ?」
 大劇場で芝居をする役者のような、非常に通る大声だった。あまりの音量にシルディはさっと両手で耳を塞いだ。
「待っておいで! リディアス!」
 そう言うや否や、ルイルは疾風のように駆け出した。
「ルイル! 待って!」
 シルディが後を追う。

 ドドドドド! と、怒り狂った象が疾走するかのような、ものすごい足音が響いて来た。
「なんだなんだ?」
 カイと明理沙は、その音に驚いて、部屋の扉を開け、廊下に顔を出して、音がしてくる左を見ると、ルイルが物凄い形相で駆けて来た。
「!」
 その形相と勢いのあまりの怖さに、カイはバタンと扉を閉めた。
 ドカドカドカ! という足音が通り過ぎる。石の床をも砕かんばかりの豪気な足音だった。その後に、「待ってルイル!」という声が追いかけて行った。シルディの声だ。
「どうしよ。着いて行って見ようか? 明理沙」
「うん」
 二人とも、気乗りはしなかったが、気になった。その足音を追うことにした。

 城の最上階の一室。駆けてきた勢いそのままで、彼女は扉を開け放ち、そうして、叫んだ。
「ここだったねえ? あいつの部屋は!」
 バターン! と、扉が、それはもう勢いよく開かれた。蹴破られなかったのがせめてもの救いだ。
「邪魔するよおっ! リディアス!」
 返事は元より聞く気もなく、ずかずか入って行った彼女を待っていたのは、主の不機嫌な表情ではなくて、のんきとも安らかともいえる寝息だった。
「んなっ! 何を寝ておいでだい! リディアス! あたしが文句を言いに来たんだよ! 起きないかい!」
「ほらね……。だから、寝てるって言ったでしょう?」
 追いついたシルディが、肩をすくめてそう言い寄越す。
「だけど! これだけあたしが大騒ぎしながらやってきたんだよ? 起きても良さそうじゃないか!」
 きいーと言わんばかりの癇癪を起こして、ルイルはシルディの方を振り返った。だがシルディはあしらうように呆れた表情で首を振った。
「彼はこれくらいじゃ起きたりしないわ」
「な……」
 ルイルの頬の筋肉が引きつった。ゆらりと金糸の君に向き直る。まるで寝ていた。
「起きやしないよ……」
 ルイルは、許せないものを見る目で、憎々しく彼を見下ろし、そして、笑った。
「ふふふふ、ならいいさ。それじゃあ、話合いは無しだねえ? あたしが受けた損害を、きっちりリディアスに返済してもらおうじゃあないか!」
「損害って? リディアスがあなたに何かした?」
 背後からのシルディの問いかけに、ルイルは声を荒げた。
「沈思の森だよ! なくなっちまってるじゃないか! あたしの大切な森が!」
 シルディは思った。
 ……あれはリディアスの所有地だが。と。
 しかし、ルイルに正論を言っても無駄だということは良く知っていたので、あえて無言をきめた。
「さあて、どうしてくれようかねえ? 魔力をごっそりいただいちまおうか? それとも猫かなにかに変えてやろうか」
 フッフッフッフと、見るものを戦慄させる恐怖の笑みを浮かべて、ルイルは深く寝入っている金糸の君を見下ろした。
「……こうして見ると……。そういや、見た目はいいんだよねえ、この男」
 はたと、ルイルは表情を改め、まじまじと彼に見入る。
「そうだ……。いいこと考えた! こいつを蝋人形にして、家に持って帰って、飾っといてやろう!」
「え?」
 シルディがひきつった。




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