女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



40 蝋人形にしてあげる

「ルイルやめて。それは悪趣味よ?」
 あわてたシルディが、ルイルの肩に手をかけて止める。が、ルイルはにやりとほほ笑んで、彼女を振り返った。
「ふふふふ。こうでもしなければ、わたしの気がすまないのよう。この男を蝋人形にでもして私の館に転がしておけば、少しは、大事な私の森を燃やされた怒りも治まるかもしれないわ。邪魔しないでシルディ。ふっふっふっふ!」
 ルイルは、シルディに肩をつかまれたまま、リディアスの元へぐいぐい歩んで行く。復讐に燃える鬼女の笑みを浮かべて。
「ああもう! リディアス起きなさい!」
 シルディは、ルイルを止めるのを諦めて、しんから眠っている金糸の君の方へ駆け寄った。
「蝋人形にされるわよ! 起きなさいリディアス!」
 しかし、大声で呼ばわったくらいでは彼は起きないことを、彼女は良く知っていた。
「リディアス!」
「おほほほ。シルディ、もうおよしなさいな。せっかく眠っているのだから。ふふ、その間に私がきちんと蝋人形にしてあげるからねえ?」
 すう、と、ルイルが息を吸い込んだ。
 次に開いた口からは、この世のものとも思えないような美声が響き渡る。

 水に生きるものに休息を
 蝋を体に溶け込ませ、静寂の生を与えよう 動の命が消え、静の命が生まれる
 水はすべてきえゆくもの、蝋のこごりがうめてゆく

 にやり、とルイルが笑った。
「歌は終わった。後はじわじわと蝋人形になるだけ。金糸の君も私の人形というわけさ。あはははははは! ああ楽しい!」
 歌とはうってかわって、けたたましい笑い声に、シルディは顔をしかめつつも、彼を起こす。
「リディアス! 起きなさい! 蝋人形にされるのよ! リディアス!」
 閉じていた目が、ようやく、ゆっくりと開かれた。
「朝から騒がしいな。シルディ、今日は一体何の用だ?」
 不機嫌な表情はシルディに向かっている。シルディは腕組みをして、呆れた顔でため息をついた。
「よく寝てられたわね? まずはあなた、今、蝋人形にされてるところよ? それをどうにかした方がいいんじゃないの? それから、ルイルが来てるわ!」
 す、と、金糸の君の視線が、シルディの背後で仁王立ちしている魔女に向けられる。
「何の用だ?」
「ほっほっほっほ! ようやくお目覚めだね? でももう遅いようだよ? あんたは私の蝋人形! 私の大事な沈思の森を燃やしちまった代償だよ!」
 ルイルは敗者に引導をくれてやるような勝ち誇った高笑いだ。
 眠い瞬きを数度して、リディアスは無表情で返事をくれた。
「森を燃やしたのは、私ではなく火竜だが?」
「! おのれ、屁理屈をお言いだね! 森はあんたの持ち物なんだ! それなのにしっかり管理しなかったあんたのせいじゃないか! さあ! 森を元に戻しとくれ!」
 お湯が沸騰するように感情を高ぶらせてルイルの口が放つ大音響に、シルディは耳を塞いで彼女の前から身を引いた。うるさくてかなわない。
「別に戻す必要は感じない。焼け野原だろうが氷原だろうが構わん」
 金糸の君があっさりそう返すと、ルイルはやはりさらに高ぶった。
「私が必要なんだよ! あの森がないと火竜が住む森はこの辺にはなくなる! そしたら、私は楽に狩りができなくなって面倒じゃないか!」
「ならばお前が戻せばいいだろう?」
「そんな面倒は御免なんだよ! だからわざわざ持ち主に談判に来たんじゃないかい!」
「別に戻す必要は感じない」
「だから、それじゃ私が困るって言ってるじゃないか!」
「ならばお前が戻せばいいだろう?」
「そんな面倒は御免なんだよ!」
「話が堂々巡りになってない?」
 二人を見ていたシルディが肩をすくめた。
 きっ、と、ルイルが彼女を睨む。
「こいつが自分の森なのにみすみす燃やしちまうのがいけないんだよ! 元に戻せばそれで済むことなのさ! きいっ!」
 言っていることは間違っていないが、しかし多分に自分勝手な意見でもある。
「ふん、ところでリディアス? そろそろ動けなくなってきたんじゃあないのかい? ふっふっふっふ! さて、あんたを持って帰るとしようかねえ?」

 外見上は、リディアスには何の変化も見られなかった。
 さては魔法が効かなかったかと、シルディがルイルを見ると、ふふふ、とルイルは笑う。
「私の魔法は蝋細工をこしらえる魔法じゃないんだよ! 体の中の水を蝋に置き換える魔法なのさ。蝋細工を家の中に置いたっておもしろくも何ともないじゃないか? 生きてるときのまんまで人形になるのさ!」
 腐らない死体。という言葉がシルディの頭の中に浮かび、彼女は目の前で笑い転げる魔女の悪趣味にため息をついた。
 ルイルは、歌や舞では、それはそれは美しいものを見せるのだが。やはり魔女には変わりなかった。
「リディアス、大丈夫?」
 シルディが金糸の君を見ると、彼はひょいと左手を動かした。
「効かん」
「!」
 ルイルが頬を引きつらせて後ずさった。
「なんだって!? 私の蝋化の術は、竜にすら有効なんだよ!? それを……」
「私の力は竜よりも大きいということだ」
 リディアスが寝台から降りて、面倒くさげに髪をかきやった。
「!」
 反射的に、ルイルは数歩下がる。
「うそだろ!? 学校の呪術では私に負けてたあんたが!?」
 負けてたかしら? とシルディの方が首をかしげた。
「というか、リディアスがまともに授業に出たことなんてないんだけど。ううん……、確かにルイルほど執拗な術のかけかたはしないわね、リディアスは。その点では負けるかもね」
「しつようですって!? ほっほっほっほ! それこそ呪術の本質よ!」
 シルディの言葉がうれしかったのか、ルイルはかん高く笑い続ける。
「おっほっほっほっほ!」
「ルイル、」
「ほっほっほっほ!」
「ルイル、ねえ、あなた、自分の家に帰った方がいいと思うわ?」
 シルディが、呆れ半分困惑半分の顔をして、ルイルに助言した。
「んまあ!? どうしてだい? 私はリディアスなんか怖くないのさ? もう一回丹念に蝋化の魔法を掛けるつもりだから、邪魔をおしでないよ」
「そうでなくて」
 シルディが首を振る。
 ルイルはうんざりしたように肩をすくめた。
「なんだいなんだい? 私が邪魔なのかい? いいじゃないか? もう少しくらい居させてくれたってさ。リディアスを人形にして、私の気が晴れたらとっとと帰ってやるよ?」
「そうでなくて、」
 金糸の君は二人に頓着せずに、夜着から着替えている。
 シルディはため息をついた。
「魔法が効かなかったっていうことは、あなたの魔法は『はね返された』わけでしょ? ということは、あなたに関わる何かに、蝋化の魔法が掛かったっていうことになるでしょ? あなたの大切な術具や薬草や、あなたがしとめた火竜は、……今頃どうなっているかしら?」
「!」
 ルイルの顔が蝋のように白くなった。
「やば! 邪魔したわ! おのれリディアス、覚えておいで!」
 ばっと踵を返すと、ルイルは弾丸のように走り去っていった。ドドドドドという足音が付随して遠ざかっていく。
「やれやれ」
 シルディが開け放された部屋の扉を見て、そして背後を見ると、部屋の主はすっかり着替えを終えていた。睡眠の邪魔をされたので、不機嫌な表情は消えていないが。
「お陰で早起きができたみたいね? まったく、湖に行こうと思って、城を出ようとしたらルイルがいるんですもの。今度こそ行って来ます。じゃあね、リディアス」
「水晶玉を持っていくか?」
 部屋を出ようとしたところで、抑揚のない声が追ってきた。シルディはくるりと振り返り、少し考えてから軽くほほ笑んで返事をした。
「そうね。貸してもらえる?」




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