女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



41 世界を記した本

 ようやく挿絵のついた本を発見したが、それはとても古いもので、褐色になった紙のふちは、火に焼けたように黒ずんでぼろぼろになっていた。
「……」
 ここまで長く保存されているということは、古文書か何か、とにかく重要な本であることは間違いない。これを壊したら大変だ。明理沙は細心の注意を払いながら、そうっと本を取り出し、そしてゆっくり丁寧に開いた。 最初に、小さく丸い丘の上に立つ人の絵が書かれていた。頭上の空はもくもくした雲に覆われている。
 次のページには光のような絵があった。
 どのページにも大きな挿絵と、そしてその下に小さな文字が数行書かれている。
 次のページを開くと、雷のような、ジグザグ形の物を持った人の絵がかかれていた。隣のページには、誰もいなくなった小さな丸い丘の絵が描かれていた。
「物語かな? でもどういう話だかよくわからない」
 明理沙は首をひねりながら、ページをめくった。
 次のページからは文字しかなかった。小さな文字がびっしり並んでいる。
「うわあ……」
 わからない文字の大群というのは、人の頭を混乱に追い込む力を持っているようで、明理沙は顔をしかめて本を丁寧に閉じた。
「まいった。さっぱりわからない」
 カイに教えてもらうことにしよう。
明理沙は枯れ葉のようなボロボロの本を携えて、カイのところへと歩いて行った。

「こんな本を……。一体あいつ、どうやって手に入れたんだ?」
 少年は空寒くなった。
 これらの本は、王宮の地下の、厳重に施錠された暗い小さな書庫にあった本と同じものだった。……いいや、部屋はこの広さだ。それよりももっと大量に、ここにこういった本があることは間違いない。
「持ってるってことは、知ってるってことだよな」
 カイの表情が険しくなった。ざっと本棚に並んだ本を見ていくと、どれもこれも、王宮で見たような題名の本、あるいは、見たこともない題名の本だった。
「一体……どういうつもりなんだ?」
 全身を皮の紐でぎゅうぎゅうに縛られているような、不気味な緊張感が沸き上がってきた。カイのような者にとっては、命に関わる内容が書かれた本の群れなのだ。
 これは禁書だ。マジックキングダムにとっての。
「カイ!」
「うおわっ!」
 突然、元気な声が掛けられて、少年は心臓がひきつけを起こしかねないほど驚いた。
「な、な、明理沙か。びっくりした!」
 小動物のように全身を震わせて驚き、次いで、へなへなと腰を抜かしたカイの隣には、目を丸くした明理沙が立っていた。
「ご、ごめん……。別におどかすつもりじゃなかったんだけど……」
 本を抱えて座り込んでしまったカイに、明理沙の方も驚かされた。
「だいじょうぶ?」
 手を差し出して助け起こすと、カイの腕はかたかたと震えていた。
「ごめんね?」
 そんなにも驚いたのか、と、明理沙が再び謝ると、カイは首をぶんぶんと振った。
「ううん、違うんだ明理沙。びっくりしたのは、金糸の君が来たのかと思ったからで、別に明理沙だったらいいんだ。ああ、よかった。あいつじゃなくて」
 どうも金糸の君に見られたら困ることでもあったらしい。
「どうしたの? カイ。何かあった?」
 尋ねると、カイは悄然と周囲を見回してうなずいた。書庫には、晴れない霧が漂っている。まるでここも沈思の森のようだ。
「うん。とんでもない場所だよ。ここは」
「? 何か、変なものでもあったの?」
 明理沙が首をかしげると、カイは苦い顔になった。
「全部がとんでもないんだ。ここにある本の、おそらくほとんどが禁書だ」
「きんしょ?」
 明理沙が瞬く。カイは、うん、と噛み締めるようにうなずいて、水底に沈むように重い口調で答えた。
「出回ってはいけない本のこと。書かれるには書かれたけど、公には出せない本のこと」
「ああ、禁書のことね。……って、え、そうなの?」
 明理沙は、自分が、ただならぬ空間にいることがわかった。瞬間、それまで明理沙に落ち着きを与えていた本の山は、迫る緊張感をよこした。
 カイは、それらが恐ろしい未来でももたらすものであるかのように、当惑した視線で書庫内を見渡した。
「こんなに沢山、一体どうしてあいつが、何のために持ってるんだ?」
 カイは忌まわしそうな表情なる。明理沙にはその理由が具体的にわからない。どうやら大層な本らしいが。
「カイ、どんなことが書かれている本なの?」
「うん」
 カイは、表情を曇らせ、言いにくそうに口をつぐんで俯いた。しかし、明理沙はそれ以上追求しないという訳にはいかなかった。少年が言いたくなくても、自分には王を選ぶという役目がある以上、候補者のことについてはきちんと聞いておかねばならない。
「言いたくないでしょうけど、教えて欲しいの、カイ。私が、次の王様を選ぶんでしょう? だから、候補者のことを知らないと選びようがない。こういうことって、すごく重要なことでしょ? ここにあるのがどういう本で、あの人がどういうつもりで持っているのか、知ってないと」
 希望を断ち切られたかのようにして俯くカイの顔をのぞき込んで、力づけるような口調で言うと、カイは努力して顔を上げた。
「うん……」
 ゆっくりと、彼は息を吸った。意を決するように。そして、見えない大きな何かに対峙するように、本棚に囲まれた宙をじっと見て、口を開いた。
「ここにある本の、おそらくほとんどは、この世界が出来た時の経緯や、この世界の構造や、世界の作り方や、……マジックキングダムの基盤になることが書かれているんだ」
 この世界の基盤。
 明理沙がカイの言った言葉を理解すべく、心中で反すうした。
「カイ、こんな古い本を見つけてきたんだけど、これも何か関係ある?」
 明理沙は持ってきた本を見せた。
 カイは瞬きをした。
「ああ、これは……最初の本だ」
 見入られたように、カイは明理沙からその本を受け取って中を見た。
「最初の本って?」
 明理沙は、ゆっくりとページをめくるカイに問いかける。
 カイは、じっとページを見つめながら答えた。
「マジックキングダムという世界ができた時の伝承っていうのかな。……そんなに昔の話でもないんだけどね……。これを書いたのは、魔法使いじゃない人。当時起こったことを伝えたいと、こんなふうに書いたらしい。何が起こったかを具体的に知っていたのは強い力を持った魔法使いたちだけ。彼らの一部が、この事件を引き起こしたんだ。そして、それ以外は、知っていても止めなかった。彼ら以外の人間は、本当に何も知らなかった。魔法使いたちはこのことを口外しなかった。そして、この伝承が、広く世間に出回り、いつしか子供向けの童話みたいに扱われて、出自がわからなくなるまで。やがて……、何が起こったかわからない人達が、そのことを忘れたころに、……ここにある禁書はできたんだ。皆が忘れたころに、本当のことを知っている魔法使いたちが、記録を残したんだ」
「それが、禁書になったのね?」
 明理沙の確認に、カイは、本から目を上げて、ゆっくりうなずいた。
「うん」 
「じゃ、前に、カイが言ってた、ここは作られた世界だってことに関係あるの?」
 カイは、軋むようにぎこちなくうなずいた。
「う、ん……」
 カイの横顔からは、顔色が消えていった。
「ごめんね。カイ。こんなこと、話したくなかったよね?」
 彼は、きっと、ここにこんな本があることを知りたくなかったのだ。魔法使いが人間のために作り出したマジックキングダムにあって、魔法使いになれなかったカイのような存在は、非常に儚い。少しでも世界が揺らぐようなこと、例えばマジックキングダムの存在を支える王が死んだり、この世界を壊すほどの力の強い魔法が使われたりすれば、間違いなく影響を受ける。マジックキングダムが悪い方向に変化すれば、カイのように魔法使いでない人々に被害が出るのだ。
 そういうことを思うと、明理沙は話の先を促せなかった。彼が語り出すのを待つ。
 カイは、辛そうに息を吸った。
「いろんな人間がいるだろう? 力の大きな魔法使いが、この本を読んで、この世界を壊そうと考えたらおしまいなんだ。……だから、王以外の人間は、このことを知らない。この世界が作られたものであることは知っていても、どうやって作られたのかということは、王以外、誰も知らないんだ」
「カイは、何で知ってるの?」
 口に出た問いに、カイは力弱くほほ笑んだ。
「僕だって知らなかったよ? 王を選ぶための水晶玉が3つ、僕のところに落ちてくるまでは」
 黄昏れたほほ笑みを浮かべたまま、カイは懐から緑色の水晶玉を取り出した。
「この水晶玉が、……父さんが死んだ夜、部屋で呆然としてた僕に降って来て、全部を見せたんだ。世界がどうしてできたのか、このままだとどうなるのか」
 はたり、と、カイの瞳から涙が落ちた。
「僕は、」
 服の袖で、ぐいと、涙を拭う。声が涙交じりのくぐもったものになった。
「ごめん、明理沙。……ちょっと話せないや」
 袖を顔に当てたまま、カイの動きは止まった。
「ごめん、カイ……」
「ううん……。違うんだ、明理沙」
 父親が死んでしまった日に、そんな事実を、力のない身で知らされたら……一体どれほどの衝撃を受けるだろうか。世界を支える柱が失われた日に、全てを知るということは……。
 いたたまれなくなり、明理沙は顔を覆ったままのカイを抱き締めた。
「私、見つけるから。ね、カイ」
 持っていた古文書を、手近な本棚に乗せて明理沙はカイの背をさすった。
「うん」
 カイからは震えが伝わってくる。この少年は、もしも世界が終わったら、消えるのだ。
「泣かないで。私、頑張るから。もう少しだからね。だって、リディアスさんで最後なんでしょ? 王が決まったら、カイが泣くことなんかなくなるから」
 ふと、カイは顔から腕をはずして、泣き顔のままで明理沙を見返した。
 何か思うところあるような、何かを口にしたいかのような表情で明理沙を見つめ、鼻をすすって、口を開いた。
「つづき、話すね」
「カイ?」
 カイは、目を伏せて笑った。
「話さなきゃ。明理沙に知ってもらわなきゃ。ここにある本と、それから、力の強い魔法使いがいれば、この世界はどうにでもなるんだ。新しい世界を作ることだって出来る。あいつが、金糸の君が、どうしてこんなに沢山の禁書を持っているか、……あいつがこれで何をする気かを、知らないといけない」
 カイは、もう一度、袖で顔を拭った。強くこすったので、顔が赤くなる。
「行こう明理沙」




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