女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



42 ユエのさしいれ

「エーフィールーさまーっっ! おっはよーございまあーす!」
 エフィルの家に、明るい声が響いた。
 屋敷の前の花木のそばで、その姿を最初に見たエフィルの家の庭師たちが、なぜか、さっと顔色を変えた。前庭の剪定をやめて中庭へと走り去る。
 ユエだ。手に籐製のカゴを持っている。
「うふふー!」
 ユエは、逃げ去った庭師たちには目もくれず、スキップで家の中へ入っていった。
「エ・フィ・ル・様! 勝手にお邪魔しちゃいましたー!」
 家の中で、朝食をとろうとしていたエフィルが、目を丸くした。
「……庭師がものすごい形相で走って行ったと思ったら……なるほどユエか」
 エフィルの前の食卓には美味しそうに輝く目玉焼きやら、みずみずしいサラダやら、こんがり焼けた良い匂いのするパンが並んでいた。関係ないが、ユエは以前、エフィルの家の庭師が恐れるような何かをしたのには違いない。
 ユエは、籐製のカゴを食卓に置いた。花の意匠の繊細なレースがその上を覆っている。
「うふふ! あのねーエフィル様! な・ん・と! ユエがパンを焼いてきたの! それからそれから! リンゴジュースもあるんでーす! 朝ごはんにどうかなー? なんて思って! おすそわけでーす!」
 はきはきしゃべって、にこにことユエがほほ笑みかける。
 こんな可愛い少女にそんな台詞を言われるとは、なんと幸せな環境だろうと思ってしまわないこともないが、……所詮、それは幻覚に過ぎない。エフィルは骨身に染みてよくわかっている。
「昨日から、一体、何を考えているんだ? 始終私にくっついているようだが……。まあ夜はいなかったから始終でもないか」
「いましたよ? って、うっそでーす! 今の無しですう! 冗談でーす! さあさあ! エフィル様、召し上がってー!」
「待て。冗談じゃないだろう、今のは!」
「いやーんエフィル様! じょうだんでーす!」
「……」
 これでもかというほどの笑顔が、何かを物語っている。いや、一応我が身は無事なのだ……。家屋敷も無事のようだし、詮索しない方が平安な生活を送れる、と、本能が告げた。
 エフィルは複雑な顔でうなずいた。
「わかった。ひとまず、わかったと言っておく。ユエ、そのジュースとパンには、普通の成分以外のものは入っていないんだろうな?」
 ユエ以外の人間に対してするのであれば、大層失礼な質問である。そして、ユエ以外にはしない質問である。
 ユエは右手の親指を立ててウインクした。
「だっいじょうぶでーす! じゃあ試しにユエが飲んでみるねっ?」
「いいや、ユエではどうなのかよくわからないから、別の生き物で試してくれないか? ……かわいそうだが、そこのセンリに食べさせてくれ」
 エフィルは、食卓の下に座ってお行儀良く主人の食事を見ている可愛い白猫を指さした。
「はあい!」
 ユエは、にっこり笑った。自分の持って来た食べ物についてそんなふうに言われても、怒らない所が不気味である。
「うふふ! 死にませんよー! もう! エフィル様の、心・配・性!」
 と言って、ユエはジュースをなめさせ、パンを食べさせた。白猫は従順にそれらを食べた。
 猫はおいしそうに食べて、長いしっぽをヒラリと振った。平気そうだ。
「センリが何も言わないな。じゃあ、いただこうかな」
「はい! うふっ! 召し上がれー!」
 ユエは、エフィルの真向かいの椅子に腰掛けて、にっこり笑った。ちなみにセンリとは、白猫の名前だ。
 東向きの窓からは、贈り物のようにきらきらと朝日が差し込む。庭の木々は明るい緑に輝き、さわやかな風にさわさわと揺れている。健康的な朝の風景だ。……一応は。
 そして、朝食が片付いた後、ユエが言った。
「うーん? それじゃ、もうそろそろいいっかなーっ?」
 首を傾げて、花がほころぶようにほほ笑む。
「……何……」
 一点の曇りもないユエのほほ笑みに、悪い予感がした。
 エフィルの表情が曇った。
「一体、何がいいんだ? ユエ」
「はあい! もう良さそうだから! エフィル様にも教えちゃいまーす!」
「何かしたのか!? ユエ!」
 エフィルの血相が変わる。
 いやーん、と、ユエが椅子から立ち上がり、ダンスでもするようにその場でくるっと一回回った。
「あたしは、なーんにもしてませーん! うふっ! ただね! エフィル様が助けに行っちゃうのがやだったから! 秘密にしてたの!」
 言いながら、ユエは不思議な舞を舞った。
 それに従い、エフィルの周囲の空気が、変化していく。清涼な空気が、きな臭いものを含んでいく。
 強い火の余韻。エフィルの家はマジックキングダムの中央、王宮の近くにある。そして、火の余韻は、北々東の方から漂って来ていた。火の余韻の次に、燃えた木の香り、……普通の木ではなく、特殊な性質の。
「ユエ! これは!」
 エフィルが叫んだ。
「沈思の森でなにがあったんだ?」
 ユエはにっこり笑った。
「火竜が暴れただけでーす!」
「!」
 エフィルの手から、銀色のフォークが、真っ白な皿の上に落ちて悲鳴を上げた。




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