女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



43 マリモのいた湖で

 一面の焦土。岸辺は真っ黒になっていた。そして、湖水も、無残なほど黒い色に変わり果てていた。
 昨日は、小さな丸い石が、しゃらしゃらと波に洗われていた。湖は、マリモの精が住めるほど、清らかだったのに。
「いない、わね」
 炭化した木が乱れて倒れ、残酷に湖の岸辺を多い尽くしていた。しんなりと霧を含んだやわい風は、植物が生きながら焼かれた濃厚な臭気を力無く掻き混ぜるばかりだ。それは、たき火をした時のような、香しい木と火の香りではなく、気分が悪くなる焦気だった。
 昨日あそんだマリモの精たち、元の世界に帰っていればいいけど……。
 シルディはそう思いたかった。たとえ、そうである可能性が低くても。
 夕暮れまで遊んだ。……そして、マリモは、夜、そこで眠るのだ。昼はひなたぼっこをするために湖面に上がり、夜は、活動をやめて湖底にしずむ。動かなくなる。
 シルディは、炭になった木々を踏み越えて岸辺に降りた。火は完全に消えている。岩石が溶けるほどの高温の業火は、金糸の君が全て消した。
 木々の怨念が漂うかのように、焼け焦げた木の匂いが立ち込める。
 シルディが歩くと、足下のボロボロの炭屑と、ススが巻き付いた小石がゴリゴリとくぐもった音を立てる。波打ち際にしゃがみこんで、樹液と炭とすすの液体になった褐色とも黒色ともつかない湖水をすくう。
「死んじゃった……。ごめんね……」
 手に触れた湖水から何を感じ取ったのだろう。シルディはがくりと肩を落とした。そのままうつむくこと数秒。シルディはゆっくりと顔を上げる。
 借り物の水晶を両手に包んで、湖の中に足を踏み入れた。
 足首が浸かり、ひざの下にやって来た波がぱしゃりとまとわりつき、水中を進む足に触れる石が、小石からこぶし大の大きさの石に変わった。シルディは腰まで褐色の湖水に浸かり、両手に持った水晶玉を体の前に掲げて、目を閉じた。

 ここに無辜(むこ)の湖あり
 沈思の森を包みて清らの湖水に満ち
 原始と流れ交わす慈愛の力を持つ
 いずれの場所か
 かなうならばこの不浄を受けたまえ

 シルディの身から静かなひかりが生まれた。朝日を含む靄のようにやわらかなひかりが。
 だが、
 それは全て空気に触れて数秒も立たないうちに、誰かに吸い取られるように消失した。
「駄目ね」
 沈んだ顔で、シルディは瞳を開く。
 できないだろうとは、思っていた。
 シルバースターであるこの身には、もう、使える魔法はないのだ。
 静かに、かすかに、なにものにも気づかせないように、シルディは息を吐いた。
 この大きな湖。揺れる湖水を世界の鼓動のように感じて、魔法使いのシルバースターは一滴の涙を落としてささやいた。昨日ここにいた、ともだちに。
「ごめんなさい……」




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