女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



44 禁を破ったのだな? 

「話があります!」
 騒動が去り、金糸の君は、また寝ようとしていた。曇り空の光がさしこむ部屋に、今度は少年の声が響いた。
 金糸の君は不機嫌な無表情で、静かだがはっきりとため息をついて来訪者を見た。
「あの本は一体なんですか!? あなたの考えをお伺いしたい!」
 少年はそれには全くひるまず、なぜか息が切れているが、憤りを込めてそう叫んだ。
 金糸の君は返事をよこさない。
 なぜ何も言わないんだ。僕の言ってることには耳を貸さないということか? 何のことを言われているのかわかっていないのか? などと思いつつも、気持ち的に自分はまだまだ言い足りないと思ったので、カイは言いたいことを全部言うことにした。
「あの書庫の禁書の山は一体なんなのですか? この世界の転覆でもお望みなのですか? 新しい世界でも構築なさるつもりですか? どうやってあの禁書を集めたのか、何をされるつもりなのか、それを伺わないことには、……先王の息子として、次の王の水晶をあずかった者として、見過ごすわけにはいきません!」
 きっ! と、強い目で金糸の君を凝視する。胸を張り、背筋を正してわずかに仁王立ちで。
 その隣には、少女が立っていた。少年とは逆に落ち着いた様子で。
「教えていただけませんか、金糸の君。ごめんなさい。朝来たルイルさんを追いかけてるうちに迷ってしまって、あちこち回っているうちに書庫を見つけたのです。そうしたら、そこには、禁書がたくさんありました。……この世界は作られた世界だと聞きました。私は次の王を決めるために、あなたがどうしてあの本を持っていたのか、知りたいのです」
 二人は、真摯な表情で金糸の君を見つめる。
 金糸の君は、二人を、ひたりと見返した。そして、こう思った。
 どうして今日は朝から騒ぎばかり起きるのか。うんざりだ。口を開くのも面倒臭い。
 口元から、長い長いため息がもれた。
「!」
 少年が、明らかにひるんだ。
「な、なんですか!」
「書庫とは霧の部屋のことか?」
 二人に向けて、低く静かで不機嫌な声が響き、カイは毅然としていた顔の頬の筋肉を、ひく、と引きつらせた。金糸の君のことが反射的に怖い。
「その部屋は霧に包まれていて、たくさんの本棚がありました。扉の外にも霧が漏れていました」
 明理沙が落ち着いてゆっくりと言葉を返す。
 金糸の君がうなずいた。
「霧の部屋のことだな」
「あの本は、一体、なんですか?」
「すべてマジックキングダムの根幹を成すこと。そこの者の父の蔵書と同じものだろう。違うか?」
 明理沙に向けられていた視線が、カイを見た。カイは目を見開き、無意識に上体を引いた。
「知って……いるのですか?」
 金糸の君の目が、正確にカイの目を捕らえる。まるで、剣豪が静かに刃物を向けるように。
「知る、だと? 私に、そんなことを確認するとは、どういうことだ?」
 色のない口調だが、聞き捨てならんという意識が、温度の違う糸のように交じっている。
「え、」
 と、カイが眉を寄せてけげんな顔になった。自分が思っていたことと、違う。この魔法使いは、もっと……、知っているのではないか? 少なくとも、父くらいには。
「……ではあなたは、一体どこでその本を手に入れたのですか?」
 思考を組立て直しつつあるカイの質問に、金糸の君は答えなかった。
ひた、と、つめるようにカイを見る。無機質だった視線に、意志が込められた。
「何の話をしているつもりだ?」
「え?」
 カイは、何を聞かれているのかわからなかった。何の話とは、……金糸の君が言うのは、何の話のことだ? 
 金糸の君の強い視線に、カイは、知らず、一歩引き下がった。
 少年と相手の立場が逆転した。カイは、全てを知る側の人間として、王の候補者に、不正な行いをしている理由を問いただそうとしたつもりだったのだ。それなのに……。
「話ぶりからして、王宮の書庫を開けたのだな? 何のつもりで王宮の書庫を開いた? 本の内容をどう受け取ったのだ? 先王の息子」
 微細な聞き漏らしも許さないという強い表情で、金糸の君は王宮で生まれ育ったこどもを見た。
「僕は、水晶から……世界は作られたものだって聞いて、それで、父上の開かずの扉の向こうにあるっていう本の話を思い出して、……新しい王を探さなければいずれ世界が崩壊するって聞いて、」
「お前が知って良い知識ではない。王以外の人間が王宮の書庫を開けてはならないのだ。そのことを知らないはずはない。何故見た?」
 静かな金糸の君の声が、心臓をゆさぶるように響いた。その背後に流れる感情に、カイは恐怖を感じた。
 カイが気圧されてさらに一歩退く。
 明理沙は、厳しい表情になった金糸の君を見、そしてカイを見た。
 カイの唇は小刻みに震えていた。瞳は張り付いたように金糸の君に向けられたまま、動かない。
「す、水晶の言葉の証拠が欲しかったんだ……それに、僕一人では王を見つけられない。だから、何か知ることができたらと思って、」
「禁を破ったのだな?」
 すっ、と、金糸の君が一歩前に出た。カイの肩がびくりと震え、膝が笑いだす。
「知ってはいけないことなのですか?」
 明理沙が口を開いた。
 金糸の君が明理沙を見る。注意がそらされた隣のカイが、抑えてはいるが長い息を吐いた。
「何故いけないのかは、カイから聞きました。金糸の君、それでは、何故あなたはそれを知っているのですか?」
 明理沙は、静かにたずねた。明理沙は彼に対して畏怖は感じない。カイあたりはそんな明理沙を奇妙に思うかもしれないが。少女は、彼のことを怖いとは思えなかった。
「カイから何を聞いた?」
 金糸の君は厳しい表情を全く変えずに答えた。口調は静かだったが。
「その王の子が何か有用なことを知っているとは思えない。もし知っているのならば、そんな無神経な真似はできないからだ。明理沙、お前が次の王を選ぶのならば、私が理由を教えよう」
 右手が、明理沙に向かって延べられた。
「金糸の君、カイは? カイにも聞かせてください」
 明理沙の言葉に、金糸の君は首を振った。
「この世界の人間は、この世界の掟に従う。これは王以外の人間が知ってはいけないことだ」
 それはあまりに冷たいのではないか。明理沙は金糸の君の言葉に反発を覚えた。
「でも、」
 口調を強めた明理沙には反応せず、金糸の君は冷たい目でカイを見ていた。
 そんな目で見ることなのか? カイはただ、父親のこと、この世界のことを憂えてしたことではないか、それを。明理沙は、うつむいているカイの顔を見ようと右を向いた。どんなに辛い表情をしているだろう。だが、
 カイ、と名前も呼べなかった。
 少年は、明理沙が想像もしなかった顔をしていた。
 彼は自分の失態を恥じているようにしか見えない。顔は真っ赤になり、悔しそうに口を結び、握ったこぶしが震えていた。
「……」
 どうして? 
 明理沙が戸惑う番だった。
 どうして? これは恥ずかしいことなの? 私には、金糸の君の言葉が、階級社会で上の人間が下の人間に対して言うような、差別的な言葉に聞こえたのに。強大な魔法使いでなければ何も知る権利はない、そう聞こえたのに。なのに怒りもしないなんて。
 ここでは当たり前に受け入れられるんだろうか? 
 憤りを感じながら、明理沙は、金糸の君の方へ歩いて行った。
「金糸の君、私も後で言いたいことができました」
 気持ちを隠すことなく、明理沙が金糸の君を強い目で見るが、彼はいささかも動じなかった。
 明理沙は、金糸の君の手に自分の手を差し出す。手を取ると、二人の姿が部屋からかき消えた。
「……ちくしょう」
 一人取り残されて、カイは、がくりと膝を落とした。




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