女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



45 世界のすがた

「ここに来たのだろう?」
 目の前の映像が切り替わったように、明理沙と金糸の君は霧の部屋にいた。
「はい。ここでした」
 金糸の君は明理沙の手を引いて、本棚の中を歩いて行く。さっき来たときは歩くに従って木の床がこつこつと音を出した。なのに今は、なんの音もしない。不審に思って下を見ると、二人はわずかに浮遊していた。
 浮いている。
 金糸の君は、ちょうど部屋の真ん中にある本棚の、目線よりもわずかに右上にある本の並びから、1冊を取り出した。紙の色が黄変している。厚さ4センチほどの本だ。
 はらりと器用に片手で本を開いた。明理沙の左手は金糸の君の右手に握られている。冷たい手だろうと思っていたら、冷たくなかった。
「世界は、我々の手で作られたものだ」
 金糸の君がそう静かに言った。
すると、霧が、濃くなった。次に空気が変わった。書物のインクの匂いから、外気の風の匂いへ。草の匂い、木の匂い、水の匂い、石の匂い、土の匂い、そして、夜をわたる清涼な風の匂い。
 いつしか、まわりは、夜空になっていた。星が音もなく輝く、夜に。
 ふたりは夜空に浮いていた。下を見ても夜空だ。
「ここは、星が魔法使いを選ぶ世界だ」
 夜空の星々から目を転じて金糸の君を見上げると、静かな表情があった。肩下までの白い髪、彫の深い顔立ちを飾るように、前の方には数条の金色の髪が混じっている。
「まさか、空の星さえも魔法使いによって作られたのですか?」
「いや、」
 その時、夜空から星が一つ落ちて来た。ちょうど、夜空を彩った花火が溶け落ちるように、きらきらと崩れながら。そしてそれは、金糸の君の眼前にくると、かげろうのような、ゆらゆらと揺らぐひかりに変わった。
「星はゆれる命に似ている。夜空にあって息づく命。それが、人を魔法使いに変える」
 星は天体ではないのですか、という問いを、明理沙は口にできなかった。
 あまりにその光がきれいだったからだ。
 金糸の君の手のひらの上で、ゆらゆらと立ちのぼるひかり。いつの間にか、彼が手に持っていた本は消えていた。
「星が、人を魔法使いに変えるのですか?」
「そう。願う人間に、星が祝福する」
「祝福……それは、誰が、人に与えるのですか?」
「それは」
 聞いた瞬間、夜空の質が変わった。
「何か、流れが。これは」
 この感覚を何というのだろうか。夜空に吹き、体の中を流れ、あるいは留まり、あるいは生まれ、あるいはどこかへ消え、そういったものが満ちて、満ちていると言えば流れているようでもあり、流れているといえば、踊っているようでもあり、静かでもあり……。 これの感覚を、明理沙は味わったことがある。
 白に若葉色の髪をした魔法使いを、思い出した。
「白魔法と同じ感じがします」
 体の中を流れ抜け、留まり、力を与え、何かをすくう、そういう感覚に、まるで水に浸かるような心地で金糸の君に言うと、彼は明理沙を見てふと笑った。
 そうなのだ。
「あれは、星の光ではないのですね?」
 うなずきが返った。
「そう。白魔法が使う力でもある。白魔法使い達は『御力』と呼ぶ。世界を流れる力だ」
 御力のひかりだったのだ。
「ではこの世界は、作られた世界だというのは?」
 中にあって外にあるという感覚、風であって土であるという感覚、留まり流れて行く感覚。
「物ではない世界だ」
 全てを形作る御力の世界。
 一度、その感覚を得ると、明理沙の中でそれが消えることはなかった。
「王は、この世界で何をするのですか?」
 金糸の君は明理沙を引き寄せて背後から包んだ。
「!」
 明理沙は驚き戸惑った。
 なんだろう一体? と。
 金糸の君から魔法を使うときに皆が使う口上のような言葉が流れて来た。
 ああ、魔法を使うんだ。どうもこれは守られているような感じがするので、私一人で立っていると危険なのだろう。明理沙がそう目星をつけて辺りを窺うと、星空が吹き飛んで、二人は漆黒の闇の中にいた。
 黒一色だ。
 明理沙は双眸を見開いて何かないものかと見回す。何も見えない。胸中に不安が沸き起こる。
 ここは、どこ?
 やっと、眼下に、靄のように光る砂時計型の、星雲のような固まりが見えてきた。闇に比べてそれはとても小さい。そしてそれは、砂時計型かと思ったが、刻々と姿を変えて行く。しかし、これ以外に、闇の中には何も見るものはなかった。
「金糸の君、ここは? あの星雲のようなものはなんですか?」
 背後を振り返る。静かな表情が、星雲を見つめていた。
「何だと思う? ここに見えるものは」
 問いがそのまま返って来た。
「……」
 ここは、「何」だろうか? 
 何もない闇……これは闇なのか? 本当に暗い。暗いのだろうか? そういう、何かと比較しての状態でいうなら、闇や黒……しかしどうにもそうではないような気がする。これは、ではなんだろうか。
 思案したあげく、明理沙はまたたずねた。なにかヒントが得られないかと。
「金糸の君、今、もしも私があなたから離れたら、私はどうなるのですか?」
「あると思うか? 君は」
 不思議な答えが返ってきた。
 ある? 
 気味が悪いほどこの闇を表すに相応しいと、思えた。
 眼下の星雲だけがあり、他には何もない。 ふと、数学の授業が思い出された。
 虚数と実数。……この闇は、
「この闇はないもので、あの星雲があるもの……そういう言い方しかできないのですけど」
 振り返ると、金糸の君も星雲から明理沙に目を移した。
「大した勘だな」
 感心したような笑みが浮かんだ。するりと次の言葉を金糸の君が紡いだ。
「あれがある世界、ここはない世界だ。あれは何だと思う、明理沙」
「マジックキングダム、ですか?」
「そう。あれがマジックキングダム。作られた世界だ。そこにたゆたうひかりは御力」
 うなずいた明理沙は、首をかしげた。
「金糸の君。私は、元々あった世界が駄目になったので、魔法使いがマジックキングダムを作ったと聞きました。でも……今こうして見たら、とてもそんな世界には見えません」
 彼から苦笑が漏れた。
「そうだな。……話が次に移ったな」
 なんのことだろう、と、さらに明理沙は首をかしげた。自分としては、ただ心に浮かんだ疑問を、素直に口にしただけだったが。
 耳元で雷鳴のような地響きのような音が響き渡り、途端に周囲がが白濁した。
「!」
 視界だけ雪崩の中にいるようだ。無彩色の嵐の中で、明理沙は死の恐怖を感じて金糸の君の腕にしがみついた。
 耳には何も聞こえないが、たしかに轟音が響いていると頭が告げている。
 何かが響いているのだ。

 いつしか、塵に覆われてただ薄明るい空と、灰白色の泥岩のような地面が広がる場所に立っていた。
 明理沙は閉じていた目を開き、辺りを見回した。
 一面、同じ色の空と地面。これもまた何もないと言える世界だ。
「ここが元々あった世界なのですか?」
 うなずきが返った。
 いまだ明理沙は金糸の君に守られたままだ。
「先程の世界と、この世界、どういう関係にあると思う?」
「関係?」
 今度の問いは難しかった。さきほどのはあるとないの関係だった。その世界と、この世界の関係? ここは、ある世界だとしか、思えないが。
「関係……」
 顔を上げて空を見る。ここの風景は空しさをかきたてるばかりだ。本来の空の色はどんなものだろうか。古い本のような薄くぐもった埃が空気を汚している。今度は地面を見つめた。二人は地に足をつけておらず、数センチのところに浮いている。先程から宙ばかり見ているので地面がうれしかった。……しかしこの地面、灰色に汚れた白チョークみたいだ……。
「あ、痛、」
 突然こめかみに鈍い痛みが走った。体がだるくなってきた。
「あまりここにはいられないな」
 明理沙の変調を見て取った金糸の君がそうつぶやくと、目の前の風景はガラスを一枚づつ隔てるように遠くかそけくなっていった。




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