女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



46 無理をさせた

 辺りに霧がたちこめていく。同時に、明理沙の体からだるさが引 いていった。霧が二人を包み、元の霧の部屋に戻っていた。
 金糸の君が腕を解くと、明理沙は床にへたりこんだ。ずいぶん息 苦しく、荒い呼吸を繰り返す。
「白魔法が必要か……。私には使えないな。リキシア」
 金糸の君が声を掛けた。霧深い書庫に、まばゆい光輝が生まれた 。
「呼んだ? リディアス。大きな魔法を使ったのね。……明理沙が大変だわ」
 掌ほどの大きさの輝く貴婦人は、宙に浮かんで優雅な様子で近づ いた。
「かたちが溶け出してる」
 彼女はひらりと舞った。

 あるものはあり
 なきものはなし
 ここにあるのはあるもの

 菜の花色の光輝が部屋に燦然(さんぜん)と輝く。
 ふう、と、明理沙から息が漏れた。
 気を失ったようで、動かなくなった。
「リディアス、彼女をどこへ連れて行ったの? 駄目よ。この少女 はあの世界とは違う世界なのだから」
 リキシアはリディアスをたしなめながら、明理沙の上に飛ぶと少 女の額に右手の指を置いた。
「忘れさせるわよ? 大丈夫。体がそこにいたことを忘れるの。記 憶は残るわ? あなたが明理沙に何か教えた、それは残る。このま まだと、体が侵食されてしまう」

 いけはいけども
 さていかでありしかよくおぼえもせず

 ハニール・キシアの小さな指先から水の波紋のような空気の揺ら ぎが陽炎のように広がり、そして波紋の中心から紫の水晶が生まれ 出た。

 やがてたどりつけども
 さきにおしえられし
 いかなるところともにつかず
 またまいらんとかえりしことなり

 光輝の妖精の言葉が終わると、紫の水晶は粉々に砕け散った。だ が、不思議なことに破片はどこにも落ちていなかった。

 いつの間にか、家にたどり着いていた。
 空に浮かんで自分の家を見下ろしている。空は青空、白いわた雲 がぽっかり浮いている。
 なんでこんな所で浮いているんだろう、私。 家に入らなきゃ。
 けれど、動こうと思っても体は動かず、ただ、家を見下ろすしか なかった。
 いつまでも、いつまでも、私はここでこうして見ているしかない 、そう決まったような気がした。

「……」
 明理沙が目を開くと、そこは霧の部屋だった。かがんでこちらを 見下ろしている金糸の君と、そして彼の左肩に座っている輝く妖精 が目に入った。
「金糸の君、と、ミス・ハニール・リキシア」
 ゆめうつつで明理沙はつぶやき、今見ていた、どうやら夢だった らしいあの情景を考えた。でも……本当に夢だろうか? 意識を内 面から外へ戻すと、二人が容体を窺うように静かに見つめていた。
 目の前の魔法使いは、さっき自分にマジックキングダムのありよ うを見せてくれた。
「大丈夫か?」
 静かな問いに、明理沙はうなずいた。
「……私は……?」
「世界を渡ったのだ。体がこらえきれなかったのだろう」
 ふう、と、明理沙から長い息が漏れた。
「世界を? ……こんなふうになるんですか? 力が抜けて……」
 とぎれとぎれに口をきくことはできるが、指先一つ動かせない、 体が停滞している。
「あなたはこの世界の人ではない。無理なことをしたの。だからそ うなったの」
 ハニール・リキシアが労るように優しい声を紡いだ。
「体が休んでいるの。今日一日は、いくら動こうと思っても動けな いわ」
「……」
 金糸の君に連れられて、自分はただ見ているだけだと思っていた 。
「世界を見るのは、無理なことなんですか……?」
 リキシアは、金糸の君の左肩からわずかに離れて、明理沙に自分 の姿が見えるような位置に浮かぶと微笑んだ。
「大きな魔法よ。あなたには感じられないかしら? ここ全体に魔 法の余韻が残ってる。こういうことは、普通はないの。使われた魔 法はすぐに空気に消えていく。こんなふうに残ることはないわ」
 余韻が残っている? 明理沙は目だけを動かして辺りを見回した 。体の不調のせいなのか、それともこれが魔法の余韻なのか、耳の 奥で潮騒のような音が聞こえる。この霧漂う部屋で、変わったこと と言えば自分の体調くらいだが。
「わかりません……ただ、遠くに海があるような音が聞こえる。そ れですか?」
 光輝の女性は首を振った。
「いいえ。それはあなたの中に残ったものです。そんな状態なら、 わからないわね。周りをうかがう余力は、あなたにはないみたい。 ……リディアス、」
 言ってリキシアは自分の主を見上げた。
「わかった。連れて行こう」
 金糸の君は明理沙を抱え上げた。
「無理をさせた。話の続きは、君の回復を待ってからだ」




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