女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



47 自分のことしか

 少年は押さえ付けられたように俯いて部屋を出た。
 あの大魔法使いの言葉全てが、胸に突き刺さっていた。
 知らないはずはなかった。身に染みてわかっていたのだ。あの部屋は入ってはいけないことを。代々の王にのみ開かれた場所であることを。
「父上! 僕にも見せてください!」
 ひっそりと、ただ一人で地下の書庫の扉の前に、厚い扉の前に立つ父の後をつけて行って、無邪気に声をかけたのは一体いくつのときだっただろう。父が供を付けずに必ず一人で向かう場所。ついて行ってはいけないことも教わっていた。それを破ったのは、息子として溺愛され、事の分別をおざなりにしても許されると、思い込んでしまった。幼い心だ。
「お前は自分を何と思ってか!」
 火のように叱られたことを覚えている。あのとき、そこが、絶対の不可侵領域として、心に刻まれた。ここで生きる者として、必ず守らねばならない大前提。こどものいたずらをたしなめるための口調ではなく、法を犯した者への糾弾の響きが、今も生々しく耳に残っている。一個の人間同士として、この世界に命を預けた者の一人として、なんであるにせよ守らねばならないこと。情状とは次元が違うもの。
 ここは「作られた世界」なのだから。
 そして、父が死に、目の前に降って来た水晶が語りかけた。
「次の王を見つけねば世界が崩れる」
 魔法を使えない自分に生命の危機を感じさせ、慄然とさせるに十分だった。いや……そうではなく。
 自分は、魔法がろくに使えない自分の身を貶めていたのだ。だから慄然とし、取り乱した。
 父も母も大魔法使いだった。たった一人の妹も……稀な大魔法使いだった。自分一人が、異質だったのだ。違う。この家族の中にあって、自分一人異質だと感じていたのだ。家族は、誰一人として、「魔法が使えないカイ」を別扱いすることはなかった。父には最初のこどもとして愛されたが、子供に対する愛情だった。不具の息子への哀れみから来る悲壮な愛など、まったくなかった。対等に、愛されていたのに。
 ただ、自分が、……使えない力に対する憧れと羨みと嫉妬と絶望と、引け目を……溜めていった。
 僕は自分を、抜け殻のように感じていたのだ。あるべきものがない、不足した存在だと。
 そして父が死んだ。水晶玉から受けた言葉を、自分は、自分という脆弱な存在を死に追いやる忌むべき予言としか、受け取れなかった。
 そして、誰もいなくなった王宮で書庫を開け、禁書を広げて、世界のもろさを知り、さらに慄然とさせられたのだ。
「脆弱……? 違う。違うんだ」
 カイは羞恥に駆られて言葉を漏らした。
 金糸の君は、それまでの自分が持っていた世界観を、まるで別の方向から揺るがした。脆弱な世界マジック・キングダムをようよう保つ、渾身の魔法を王がかけ続けている。それは余人に知られて悪用されれば、世界を崩壊させるものである。いつも背後から刃を突き付けられているような切迫した気持ちを、書庫の本を見て以来、カイは持ち続けていた。それは、魔法が使えない自分に対する身の不安と同種の不安だった。同じ不安が増えただけだったのだ。
 そして、この城で禁書の山を見つけ、自分は世界を守るべく、あの魔法使いの影を暴くような気持ちで、彼を糾弾したのだ。……幼いころに父から受けた叱責を、こんどは自分が他者にしようと思ったのだ。父の言葉を代弁するつもりで。彼も自分と同じ気持ちで、あの禁書を持っているのだと、思っていた。思うではなく、そうして持っている以上、理由はそれ以外になかったのだ。……自分には。そして、金糸の君により、自分の持っていた世界観は転覆した。
「知る? 知るとはどういうことだ?」
「何の話のつもりだ?」
「話ぶりからして、王宮の書庫を開けたのだな? 何のつもりで王宮の書庫を開いた? 本の内容をどう受け取ったのだ? 先王の息子」「お前が知って良い知識ではない。王以外の人間が王宮の書庫を開けてはならないのだ。そのことを知らないはずはない。何故見た?」「禁を破ったな」「その王の子が何かを知っているとは思えない。知っているのならば、そうはできないからだ」
 あり得ない方向から張り飛ばされたような衝撃を受けた。同時に、……父の叱責の意味が……本当の意味がわかったのだ。
 そして自分が愚かな考えをしていたことに気づかされた。
 自分は、何を考えて世界を見ていたのだろうか。
「いや違う。世界のことなんかじゃなかった。僕は、僕のことしか考えてなかったんだ」
 なんてばかだったんだろう……。
 王が見つからなければ世界が崩壊する。その通りだが、……世界を崩壊させる原因は、自分を追い詰めていたあの恐れとは全く違うのなのだ。
 自分に対するため息を吐き、カイは、城の外に出るために、出口までの長い道程を歩いて行った。




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