やがて。
二人は、町外れに建つ、なかなか大きな屋敷の前に到着した。
ここがユエの家。
「ここに、ユエさんがいるのね」
「そうなんだよ。じゃあ、入ろうか」
二人は、記念すべき一人目の家にたどり着き、屋敷の中へと足を踏み入れた。
ズ、ズズズズ
「な、なに?」
しかし、踏み入れた瞬間に、辺りに大きな地響きがし始めた。
「う……、これは、ユエの魔法だ!」
カイはそう叫んで、「ここにいては危ない」と言って明理沙の手を引き、屋敷から少し離れた町中へ逃げ出した。
「何か起こるの?」
地響きはゴゴゴゴゴという音に変わり、地面が、やや大きく揺れ始めた。
まずいときに来たかなあ、と、カイは眉根を寄せて独り言を言ってから、明理沙を見た。
「ユエは、土や空気をあやつる魔法使いなんだ。だからこんなふうに、地震とか」
「じゃ、これは魔法なの? 魔法で、地震を起こせるのね。すごい」
こんなことができるほどなんだから、きっと威厳のある偉い人なんでしょうね、と、明理沙がユエの姿を予想すると、カイは、「ううーん」と、うなり、何か言いたげな顔をした。
「いや、……いいや。こういうことは、先入観なしに、明理沙が直接その目で見てから判断すればいいんだし」
「? 何が?」
揺れはさらに大きくなり、明理沙がかつて経験したこともない、まるで遊園地の遊具のようなひどい揺れとなった。
「うわ! すごいのね魔法って!」
「わあ明理沙、しゃべったら舌噛むよ、ぐへぅ」
町中が猛烈な揺れに見舞われる。
そのとき、一つの人影が、揺れに臆する事なく、すごい勢いで街を駆け抜けて行った。
こんなに揺れてるのに平気な人がいる。そう思いながら、落下物から身を守るべく頭を抱えている明理沙は、石畳の地面に座り込んで、その人影を目で追う。
隣で同じく座り込んでいたカイが、つぶやいた。
「エフィルだ。ちょうどよかった」
明理沙は少し驚いた。
知り合いなのだろうか?
「ユエ! いいかげんにしろ!」
大地震をものともせず、ユエの屋敷に駆け込んで来た青年は、シャンデリアが今にもちぎれ落ちそうにブンブン揺れている居間で、優雅に舞を踊る、黒髪の彼女の姿を見つけるやいなや、そう一喝した。
濡れたように光る、肩の下まで伸びた美しい黒髪。小さな顔の美少女がいた。
ぱっと、彼女は声のした方を見る。途端、表情が一層きらきらしたものになった。
「きゃー! エフィル様っ! いらしてくださるなんて! うふっ。ユエ、うれしいっ!」
「舞をやめろ!」
「うふ! はあーいっ!」
ユエは、きゃーきゃー言いながら、動きを止めると、大地震がぴたりと止まった。
「きゃっ! やめましたあー! うふっ、エ・フィ・ル・様!」
「うっ、抱きつくんじゃない!」
青年は、害虫でも追い払うように、嫌悪の情をありありと顔に浮かべて、寄りかかる少女を振り払う。
「いいかユエ! 何度言えば分かるんだ? これ以上、街を壊すな! 治すのは私なんだぞ!」
少女は、両手を胸の前で組み合わせて、きゃしゃな体をくねくね動かしながら、うわめづかいに見た。
「だあってえ……。エフィル様ったらあ、いっつもお仕事ばかりで、ご自宅がお留守なんですもの。騒ぎを起こせば、私の家に飛んで来るかもっ、そしたら確実にお姿拝見できるかなー、な・ん・て! おもっちゃいましたー!」
「……」
怒りのあまり、声も出ない。
単なる我がままでここまでするか。罪も過失もない善良な街の被害は、結構なものだった……。エフィルは心を落ち着かせるべく、長い白い髪をかきやった。ところどころ混ざっている若草色の髪が、きらりと輝く。
「もう帰る」
それだけ言って、エフィルはくるりと向を変え、ずんずん歩いて行ってしまう。
「ああん、エフィル様ー! 帰っちゃうの?」
残念で不満そうな声が追ってくるが、エフィルは無視することにした。
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