女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



54 遅い朝食

 再び金糸の君の城。
 四人は遅い朝食を取っていた。正確には二人だけが朝食を取り、後の二人は別のものを口にしていた。
「明理沙はどれくらいで元気になるかしら?」
 シルディに問いに、エフィルは、オレンジピールとローズヒップがブレンドされたお茶の入ったカップを持ったまま答えた。
「明日の朝には元気になってると思う。体の弱い子ではなさそうだから、回復は早いと思うけど」
 ハニール・リキシアは、両手の平を合わせて、その中指を額に当てて目を閉じている。彼女の周りの空気中から細く穏やかな光の枝が伸びて、彼女をやんわり取り囲んでいる。これが彼女の食事らしい。
「リディアスが無理をさせたものね」
 柔らかい光の中で明るく輝くハニール・リキシアが、やんわりと自分の主をたしなめた。
「そうだな」
 金糸の君は素直に認めた。彼の前には紅茶と白いパンと野菜のサラダとヨーグルトが置いてある。
「だが、まだ話は済んでいない」
 きらきらと、金粉をかけたようにリキシアの周りが輝いた。
「あら、お手柔らかにね?」
「ああ」
 彼女を取り巻いていた光の枝が消えていく。
「何の話?」
 シルディがパンをちぎりながら尋ねると、リディアスはほんのしばしの沈黙の後、口を開いた。
「明理沙が事態をよくわかっていないようだった。だから、少し知識を付け加えた」
「……少し?」
 彼のシルバースターは、困った表情で彼を見た。
「あんなになるのが、『少し』かしらねえ? あまり無理をさせないでね。まだ大人じゃないから、これからの成長に差し障りがでたら、それは大変なことだわ」
「ああ」
「うーん、もっと別な方法で教えるって訳にはいかなかったのかしら? 世界を渡るのは、明理沙にはちょっと、いえかなり、危険じゃなかった?」
 シルディは手に持っていたパンを皿に戻して、穏やかな表情だが、問題だという調子で問う。
 エフィルも金糸の君の表情を伺った。彼は、シルディの問いかけに、どう答えるだろうか。一体、何を思って明理沙をマジックキングダムの外へと連れ出したのか。
 金糸の君がシルディの方を見た。正確には、彼はシルディではなく、どこか、別の何かを見ている。
「明理沙は、こちらの世界のしくみを知らない。王とは何かという事も知らない。明理沙が自分の役割について知っていることは、自分が王を選ばねばならないということだけだった」
「いいえ金糸の君。カイが既に説明していたと思うのですが、」
 エフィルがつい口を挟んだ。あの王子は明理沙を納得させていたのに。その上で、彼女を連れて候補者巡りをしていたのに。そのことを知らないのだろうか、この人は。
 しかし、金糸の君はクモの巣でも払うようにそっけなく言葉を返した。
「歪んだ見解を、王を選ぶための道標にしてもらっては困るのだ」
「歪んだ見解ですって?」
 何てことをを言うのだ、この魔法使いは。エフィルは怪訝に思った。カイは知っていた。この世界のなりたちを。だから、……あんなにも必死になっていたのに。
 そのエフィルの表情を見て、金糸の君は「話にならんな」と言って、窓の外に広がる曇り空を見た後、中断した食事を再開した。黙々と。
「……」
 一体何が話にならないのだ? 
 エフィルは戸惑いと困惑と憮然とした気持ちとがないまぜになり、複雑な顔で相手を見つめた。
「……」
 金糸の君は、何も言わない。
 取り付くしまのない彼の様子に、シルディが「もう」とうなって、金糸の君に声をかける。
「リディアス、ちょっとは他の人にもわかるように言ってちょうだい? ほらエフィル君が困ってるわ? あのね、あなた一人だけがわかってて、それでどうしようっていうの?」
 金糸の君はフォークを手に持ったままシルディの方に顔を上げて、彼女をひたりと見つめる。無表情だが、彼の周りには、説明するのが面倒臭いので嫌だという雰囲気が漂っている。
 シルディは、そんな彼をしっかり見返して、はっきりと言った。
「説明をしてちょうだい。リディアス」
 金糸の君が、憮然とする。
 シルディは、たじろぎもせずに、彼を見返す。
 少しの間の後、彼の口から、静かにため息が漏れた。そうしてエフィルを見る。
「君は先王の親衛隊長だったはずだ。先王と、あの少年の持つ雰囲気、同じ世界の有り様を知っているとは言うものの、比べてみて違和感を感じたことはないのか?」
「?」
 ぱっと聞きには、訳のわからない質問だった。
 明理沙の王選びと、その質問には何の関係があるのだろうか?
 エフィルは相手の意図を測りかねたが、答えてみることにした。
 金糸の君が問うように、確かに先王とカイとは全く様子が違っていた。だから、今でもエフィルはカイを気にかけているわけで。
「ええ、そうですね……。先王は、マジックキングダムを任せるに足る人でした。深い洞察、冷静な判断。確固とした姿勢がありました。……私は、内心では、先王のことを、御力と共にある人だ、というふうにとらえていました。御力の動く先を見つめ、来る元を見定め、何をもって御力が流れているかを知っている、そんな人だったように、思います。それに対して、カイは、とても、……そうだな、とても頼りない。今にも消えそうな、風の中のろうそくの炎のように、感じています。私は、カイがいつか消えてしまうのではないかと、気掛かりに思っています」
 金糸の君は、うなずいた。
「それだけわかっていれば、充分だ。もういいだろう」
「……は?」
 なにが? 
 エフィルには、金糸の君が何を言いたいのか理解できなかった。しかも相手はもう話をまとめようとしている。こっちはまだ何もわかっていないというのに。
「いえ、ちょっと待っていただけますか。申し訳ありませんが、私には理解できません。あなたが明理沙に世界を見せたのは、どういうお積もりだったのか、教えていただけませんか?」
 ところで、ハニール・リキシアはその様子を、中空に浮かびながらやんわり笑って観察している。金糸の君と、その他とのやり取りを楽しんでいるようだ。
 金糸の君は面倒臭そうに目を細めた。
「わからないか」
「ええ、申し訳ありません」
 苦い顔をして、エフィルが丁重にそう言うが。
「答えはない。考えることだ」
 深い思慮があるのかそれとも面倒なだけなのか判別し難い、すげない返事が返ってきた。
「……」
 エフィルは沈黙するしかなかった。
 ほとほと弱った。
「どうしてそういう中途半端な所で切り上げるのよ?」
 シルディは呆れてうなった。 
 金糸の君が目だけ動かして彼女を見る。
 凛とした視線で、彼女が姿勢ごと金糸の君に向き直る。
「じゃ、せめてどう考えればいいのかを教えてもいいんじゃないの?」
 上では、ハニール・リキシアが、まるで自分の家族を見るように、親愛に満ちた笑みを浮かべている。
 金糸の君は、シルディのしっかりした視線を受けたまま、やれやれ、とつぶやいた。
 そして、若者を見た。
「では聞こう。そんな不安定な少年カイが、ここに来たばかりの異世界の少女に、この世界のことをしっかりと間違いなく教えられると思うのか?」
「!」
 エフィルは、今度は直球が顔面に当たったような気になった。
 世界の終わりに脅えていたカイが明理沙に教えることといったら、不安だけではないだろうか?
「カイは片寄った情報を明理沙に流していた、と、おっしゃりたいのですか?」
「それ以外のことに聞こえたか?」
 今度は皮肉の変化球が、返された。
「……」
 金糸の君は、私をいびりたいのだろうか?
 一瞬、エフィルはそう思ったが、程度の低い勘ぐりだと思い、取り消した。
「なるほど勉強になりました。ありがとうございます」
 言の葉では礼を口にできたが。しかし、少し深呼吸をしなければ、エフィルの気持ちは落ち着かなかった。
 こんなにイライラするのは、私自身のせいなのだ。金糸の君が私を悪く思っている訳はないのだ。それは事実だ。なぜなら、彼は世間に興味を示さない。何に対しても無関心なのだから。
 彼は私の目標となる人だが、私は彼に嫉妬してしまった。シルディがシルバースターとなり、光輝の妖精ハニール・リキシアが金糸の君を主に決めたときから。
 もくもくと朝食を取っているリディアスを、エフィルは見つめた。
 彼は目標。いや、彼を凌ぐことが、目標なのだ。いいや、魔法を極めることが、最終的な目標なのだ。むしろ、同じ方向を先に歩む者として憧れる。
「ごちそうさま。では、金糸の君、リキシア、シルディ、私はこれで失礼します。カイを捜さなければ」
 エフィルは席を立った。
 シルディが微笑む。
「見つかったら、朝ごはんよって、伝えてくれる?」
「ええ」




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