女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



57 初恋

 風に乗って、森が別の気持ちを運んで来た。どう名付ければよいのか、この思いを。
「……」
 エフィルは立ち止まった。
 やめて欲しい。これだけは。
 整理がついていないのだ。思い切れていないのだ。

 一つの白魔法が成功して、振り返ると、いつも微笑みが返って来た。
「エフィル君はすごい。雪みたいに真っ白な魔法よ!」
「そう?」
 うれしくなって笑い返すと、彼女はもっと微笑んでくれた。
 白魔法の道に入ると決めた少年は、ある女性に出会った。彼女がエフィルに白魔法の使い方を教えてくれた。
 伯母の知り合いだったのだ。
 星はまだ降りてきてはいなかったが、彼女の名は知れ渡っていた。黒魔法を除いた、ほとんどの魔法を、彼女は使えた。実力は、後に金糸の君となるリディアスと対等と言われていた。
「よろしくね、エフィル君」
 初めて出会ったときのあの笑顔を、どう表現すればいいのか。伯母が「あらあらこの子ったら真っ赤だわ」という言葉に、一層真っ赤になった記憶が残っている。
 ひとつ魔法が使えるようになると、彼女はとても喜んでくれる。その笑顔が見たくて、エフィルは頑張った。
「エフィル君はすごい。エフィル君の魔法は本当に真っ白なの。みんなを清めてくれる魔法だよ。私は、そういう魔法は初めて見た」
 彼女に白魔法を教わるようになって数年。風の流れて行く高原で、癒しの魔法を習得したとき、シルディがそう言ってくれた。目には涙が浮かんでいた。どうして泣くの? と聞いたら、「感激しちゃった」という答えが返ってきた。
 いつか、ゴールドスターを手に入れたら、シルディに自分の気持ちを伝えようと思った。でも今はまだ駄目だ。自分は彼女から教わる身だから。一人前になったら、伝えたい。
 やがて、ゴールドスターが私に降ってきた。だけど、シルディにはまだまだ適わなかった。もしかしたら、彼女には、ゴールドスターではなく、あの光輝の妖精がつくのではないかと、……そう思わずにはいられなかった。
「エフィル君、おめでとう。これで一人前の魔法使いだね」
「ありがとう。シルディのお陰だよ」
「いいえ。私はただちょっと教えただけ。エフィル君なら、もっともっと大きな魔法使いになれるから、頑張ってね」
 彼女にはまだ、星が降っていなかった。私は、やっぱり彼女には、ハニール・リキシアがつくのだ、と確信した。そして、少しだけ悲しくなった。そうなったらきっと、遠い存在に、なるのだろう。今、目の前で、微笑んでくれる彼女が。
 しかし、現実は、苛酷なものだった。
 ……彼女には、銀の星が降って来た。

「シルディがいない」
 私は、その夜、ほうぼうを捜し回って、そして途方に暮れて、家に返った。伯母の待つ自宅に。
 伯母は、悲しい表情で私を迎えた。
「そっとしておやりなさい。……エフィル、こんなときは、捜さない方が、いいこともあるわ」
「でも夜だよ? 彼女一人でどうするの? だってシルディはもう、」
 伯母は、私の言葉を遮るように、首を振った。
「そっとしておいておあげなさい」
 以降、私は捜すのをやめた。できることならマジックキングダム中を駆け回って捜し歩きたかった。しかし、伯母の言葉が私の足を止めた。
「彼女のことをわかっているのなら、あなたがすべきこともわかるはず」
 いつも、微笑んでくれたシルディ。
 彼女は、乱れた心を他人に見せるような人間ではなかった。
 私ができることは、祈ることだけだった。
 いなくなってから3日後に、彼女は戻って来た。すこし、複雑な笑みを浮かべて。
「エフィル君ごめん。私、もう、魔法を教えてあげられなくなっちゃった」
 家の玄関に立つ彼女を見た瞬間、私は、駆け出して行って彼女を抱き締めた。
 出会ったときは見上げる位置にいた彼女。いつの間にだろう、私は彼女を腕に収められるようになっていた。
「シルディ、心配した! 今までどこに、」
 シルディは苦笑して私の背をなでた。
「エフィル君、……ごめんね心配かけて。でも、私、大丈夫なのよ。泣かないで」
「けど、」
 シルディは私の背を軽く3回叩くと顔を上げて微笑んだ。
「私は大丈夫。今は、まだ、本当に笑うことはできないけれど、大丈夫なんだから」
 彼女は強い。
 その時、改めてそう思った。
 では、自分も、彼女に負けないように、強くならねば。

 だがそこで、エフィルはため息をついてしまう。
 そんなシルバースターの彼女。その傍らには、当然のことだが、あの金糸の君が……いたのだ。
 だめだ。暗たんとした気持ちになってきた。
 シルバースター。世界一の魔法使いの監視役として、常に側にいなければならない存在。
 あの日から、エフィルはシルディのそばには行けなくなった。彼女は、住まいを湖の中の沈思の森の城に移した。彼女一人では、もはやあの湖を行き来することは無理だった。一方、湖を渡れる自分には、仕事がある。王の存命中は親衛隊長を、崩御の後は保安官を務めている。いや、それはいいんだ。会えるだの会えないだの、距離や事情はこの際いい。
 おそらく、シルディは金糸の君のことを……。
 そこまで考えて、エフィルは視線を前方から地面へと落とした。
 だからといって思い切れるものではない。
 彼は強大な魔法使い。その点ではシルディには相応しい。誰が相応しくて誰がそうではないとか、他人である自分が決めることはできないが。自分が想いをあきらめる為の理由にはなる。
 問題は、彼のひととなりだ。
 エフィルは顔を上げた。少なからず、荒ぶる感情が混じっていた。
 あの人が相手では、シルディは幸せになれない!
 いつも笑っていたシルディ。だが、金糸の君のそばにいて、そのままのシルディでいられるとは到底思えない。
 確かに、彼の魔力は桁違いだ。それは認める。魔法使いとしては申し分ないだろう。だが、人間としてはどうだろうか? 少なくとも、放って置けばいつまでも寝ている人間は、まともとは思えない。……うわさによれば、シルディが起こせば目を覚ますとも聞いたが。ああいや、ルイルから聞いた話だから、真偽は知れないが。
 でも、
 ……シルディが、起こせば……。
 そこまで考えてエフィルは本当に憮然とした。
「カーイ! どこだー!」




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