「ああー。もうあたしゃ疲れたようー! ちょっと休ませとくれよ……」
ルイルがぐんにゃりと腰を折り、なだれこむように壁に背を預けた。そのまま、ずるずると座り込む。
シルディが、金糸の君からルイルの方へ視線を転じると、薄紫の髪の魔法使いは、あわてて手を横に振った。
「やだよ、そんな目で見て。逃げやしないよう? ただちょっと、ちょっとでいいんだよ、休憩、させとくれ。ああ……つかれた」
「まだ何も言ってないわよルイル」
「口じゃなくって目で言ってたよ、あんたは!」
意外にも、ルイルはシルディを恐れている。もしかすると、過去に、彼女はシルディを怒らせて、怖い目にあったことがあるのだ。何もしなければ、そう、よほどのことをしない限り、シルディがこうまで怒ることはないのだから。
「私だって怒りたくないわよ?」
シルディは肩を竦めて、金糸の君の方に向き直る。
それまで、難しい顔で水晶玉を見つめ続けていた彼は、ふっと顔を上げ、シルディと目を合わせる。
そして言った。
「疲れた」
「何を言ってるんだいっっ! あんたは、まだなんにもしてないじゃないかい! 偉そうな口をおききでないよ!」
反応したのは、青息吐息のルイルだった。グッタリしていたのが、いきなり声を荒げたためか、セイセイと苦しそうに咳き込んだ。
しかし、不機嫌な顔の金糸の君は、ルイルを無視した。
そんな彼に、シルディはにっこりと微笑む。
「それで?」
柔らかな女性の笑みと、名工が彫り出したような仏頂面、それらが真正面から対峙した。
すぐに、片方が圧倒的な勝利をおさめた。
金糸の君は、眉をひそめ、再び水晶玉を睨んだ。
「そうそう」
にこにこと、シルディが笑う。
「頑張ってね、リディアス」
向こうでは、少年二人が、金糸の君を負かしたシルバースターを憧憬の表情で眺めている。
「すごいなあ。シルディは」
「ああ。シルディは、強いなあ」
「リディアスは……ほんとに、白魔法が使えないわね」
研究上の困難に挑む科学者のような表情の隙間に、あきれ果てた心ものぞかせつつ、シルディは腕を組んで首をひねった。
「まるで使えんな。赤子以下だ」
金糸の君は、自分のことを、まるで他人事のように無感情に切り捨てた。
うーん、と、シルディがうなった。
「おかしいのよね。そこが。普通、いくばくかは使えるはずなのよ。黒魔法の精霊と契約を結ばない限りは。リディアスは、そういうわけじゃないでしょう?」
「物心ついた後の記憶には、そんなものはない。赤ん坊のときに親が勝手に契約させたなら話は別だが」
無表情なので、それを冗談で言っているのか本気でなのか、よくわからない。
「その水晶玉のせいでもないのよね。私がそれを借りた時、使えたもの」
それはほんの簡単な白魔法だったが、それでも使えたのだ。術が簡単なのは、シルディの魔力の弱さが起因しているのであって、水晶玉のせいではない。持ち主の持っている力を、どれほど引き出せるかが、その術具の性能の良さを示すのだ。
「じゃあ、やりかたがいけないのかしらね。……ね、私の言うようにやってみる気はある?」
彼が今までできなかったことが、私の助言一つでなんとかできるとは思えないけれど。だが、どうもこの本当に奇妙な状態は見過ごせない。シルバースターとその主というよりも、友人として、放ってはおけない。そう思ったシルディは相手の意向をうかがった。
「どう?」
「ああ」
難しい顔のままで、承諾が返ってきた。シルディは笑ってうなずいた。
「もう魔法を使えない私が教えるのも変だけどね。教え方にも色々あるから。別の人に教えてもらったら使えるようになるってこともあるしね。リディアスは御力の流れは見えるでしょう? だから、世界を渡ったりできる。本来なら、あなたは白魔法を使えるはず」
明理沙に御力の流れを実際に見せ、感じさせたのはこの金糸の君なのだ。
「どうやら、シルディが一から教え直すみたいだな……」
3人を眺めている少年と青年。カイはシルディと金糸の君との会話を聞いて、そうつぶやいた。(おもにルイルからの)とばっちりが来ないように、二人は少し離れたところから様子を見ている。そして、カイはエフィルの方を見る。
「なあ、こんな感じだと、時間がかかりそうだな」
「……え? ああ、そうだな……」
おや? と、カイはエフィルの変化を感じた。上の空で返答している。視線は一所に定まったままだ。シルディの方だ。
カイは、エフィルとシルディの様子を、交互に見た。エフィルのシルディに対する気持ちはカイも知っている。彼のせつない心情を思うと、カイは友達として、やるせない気持ちになる。エフィルの力になれるものなら、力になりたいが。
でも、もう、シルバースターになった以上は、シルディがエフィルの方を向いてくれる可能性は、ほとんどないのだ。時間的にも距離的にも。彼女は常に、世界一の魔法使いの傍らにいなければならないのだから。
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