ユエは魔法を使って一瞬で自分の屋敷を元に戻し、二人とエフィルを屋敷に通した。
「うふ! 私はエフィル様のお隣ー!」
居間に入るなり、ユエはエフィルを引っ張ってソファーに座った。エフィルは、至極青苦い表情で、ユエに腕を組まされている。
「さ! あなたがたも、どおぞ! お座りくださいっ」
二人は、そんなユエと、精神的にやつれたエフィルの向かい側に座った。
しかし、随分地味な内装だった。天井からつるされているシャンデリアだけは確かに美しかったが、それ以外の部屋の内装はほとんど全てがベージュ色であった。ベージュというより、白だったものが、長い時間の経過により黄変してしまったかのようだ。壁も、カーペットも、窓枠も、ほとんどが。
まず、エフィルが口を開いた。
「とりあえず、ユエが引き起こした爆発の件はおいておく……。カイ、王を決めるんだね。この人が」
カイはうなずいた。
「ああ。6人の候補者の中から、明理沙が、ふさわしい者を選んでくれる」
「ちょっと待って」
明理沙はぎょっとして立ち上がった。
「カイ。あたし、そんなこと頼まれていないよ? 話を聞くだけ、だったでしょう? そんなことならできないわ?」
エフィルは怪訝そうにカイを見た。カイは、首を横に振って明理沙を見た。
「いいや。君は6人から話を聞くと言った。そして、僕は君から意見を聞く。『君なら、誰を王にしたい? 』と。僕は君の意見に従って、次の王を決める」
明理沙は、後ずさった。
「あたしの感想が……、王を決めるの?」
カイはこくりとうなずいた。
「そうだよ」
「それは駄目よ。私は、断るわ。もっと、ちゃんとした選び方はできないの? ここの国の人達が、話し合ったらいいじゃない。変よ。こんな方法」
「変ではないんだ」
答えたのはエフィルだった。カイは、何も言わずにうつむいてしまった。
エフィルは、なぜか哀れむような目でカイを見、そして明理沙に向かって言葉を続けた。
「話し合いでは決められないんだ。ここの王というのは、君がいる世界とは、意味合いが違うんだ」
「それは、どういう、」
明理沙はたずねようとしたが、エフィルは、それを待たずに答えた。
「話し合いはできない、と言ったよね? 例えばこのユエ、彼女は王の候補者だ。どうだい? 的確な候補者かい?」
「……」
しん、と、明理沙は黙るしかなかった。こ今は、エフィルにつる草のように絡み付いて、愛らしい笑みを浮かべるのみの、ユエ。……彼女とは今、会ったばかりだが。
失礼だが王にはさせたくない。
しかし、口に出すのがはばかられ、明理沙は、別のことを口にして答えとした。
「候補者ってどうやって決めるのですか?」
ふふふ、と苦笑してから、エフィルは口を開いた。
「人が決めるのではなく、星が決める。知っているかい? ゴールドスターのことを」
「はい。魔法使いの証しですね」
「そう」
そこで、言葉を切り、エフィルは、ふと、うつむいたままのカイを、思いやるように、すう、と見つめた。
「王が亡くなるとき、次の王の候補者としてふさわしい者がもつゴールドスターが、今はただの飾りだが、本当に輝くんだ。そして、その候補者の姿を、カイが持っている水晶玉が、映し出す。この水晶玉も、王が亡くなるときに、次の王を探すにふさわしい者の元へと降ってくる」
明理沙は、瞬きをした。
「それじゃ、私は必要ないでしょう? 水晶玉はカイが持ってる。それならカイが探せばいいのでしょう?」
「それが、今回は、違ったんだ」
しかし、エフィルはそう言って首を振った。
「明理沙は見たかい? 3つある水晶玉を」
「……はい。それが?」
「これは本来、1つしか落ちて来ないものなんだ。その上、」
エフィルは、また言葉を切り、またカイの方を、見た。少年は、うつむいたまま、どういうわけか消沈して、一言も言葉を発しない。
エフィルは言葉を続けた。
「その上もう一つ落ちてきた。カイ以外の人間の元へ。しかし、その人間は同時に、王の候補者でもあった」
複雑だ……。
「じゃ、水晶玉は4つ?」
エフィルは、底の見えない、すこし悲しげな顔で首を振った。
「いいや。その、候補者の元へ落ちた4つ目の水晶玉のことは……考えなくていいんだ。だから、3つの水晶玉が、次の王に、渡るのだ。そして、明理沙、いつもならば、王の候補者は一人だけなんだよ」
今回は6人もいる。
「おかしなことばかり、起こったのですね」
「そう……」
エフィルがしずかにうなずいた。そこで、ようやくカイが顔を上げ、ようよう言葉を発した。弱い声だった。
「明理沙、エフィルも、候補者の一人だよ」
「え……」
明理沙がエフィルを見ると、エフィルは、にこっと笑った。
「今回の候補者は変わり者ばかりだよ、みんな。魔法の力は、それは強いけれど」
きゃ! と、エフィルの腕に取り憑いたままのユエがはしゃいだ。
「うふ! 私には、王が向いてると思うの! だってえ! 派手な魔法、だいすき! きゃっ! エフィル様、私向いてますわよねっ?」
「……あのな……ユエ……」
エフィルの口調はかげっている。ユエの手から自分の腕を引き離そうと試みるが、どうやっても離してもらえなかった。苦いため息を、はあ、と吐き出して、エフィルは明理沙に向き直った。
「明理沙。わかってもらえないだろうか? 君が、カイに連れて来られたのは、本当に理由あってのことなんだ。どういう理由で、連れて来られたのか、それは、……そのうちにカイの口から語られるだろうが。けして軽はずみなことをしているのではないんだよ。明理沙、理解して欲しい。そして、協力して欲しい」
エフィルは、真摯な瞳で明理沙を見た。カイは暗い顔でうつむいていた。何かをかかえこんで。
明理沙はうなずいた。
「……わかりました」
明理沙は、ユエから話を聞くことにした。
「ユエさんは、王様になったら、どうしますか?」
花がほころぶような可憐な笑顔を見せた後、候補者はこう答えた。
「うん! エフィル様と一緒に、楽しく暮らすわ!」
エフィルが引きつった。
「私のことはいいんだ!」
「駄目ー! 私が王ならエフィル様は、また親衛隊長に、な・る・の!」
「いやだ」
「えー! じゃ、ユエ、決ーめた! お城で毎日爆発事故起こして、地震とか、もうがんがん起こしちゃって、エフィル様の心臓ドキドキさせて『ああ、私がかわいいユエのそばにいなかったばっかりに、被害者が、負傷者が……』って、困らせちゃうー! うふ!」
相変わらずかわいい表情のままでユエはそう言い放った。
それとは逆に、エフィルは真っ青になってしまった。
王になったらどうするという話だったのだが、話が脇道にそれたのか、とても具体的になったのか……とにかく明理沙の予期しない方向に向かっている。
「ユエさん。それで、王様としての仕事は、どうしたいと思っています?」
明理沙は、そうたずね直した。
うん? と、ユエは、首をかしげた。
「仕事? 仕事は……『一つきりの仕事』でしょ? 王になるってことは、あの仕事をずっとしますってこと! ユエ、知ってるよ?」
「……は?」
奇妙な答えを返されて、明理沙は首をかしげた。一生懸命やるとか、国民の生活水準を上げるとか、そんな答えがあると、思っていたのだが。……奇妙だ。
しかし、ユエは、そんな明理沙の表情には頓着せず、きゃっきゃとはしゃいでいる。
「うん! でも! たまぁに? 王様の仕事、手を抜くかも! かも?」
途端、
「ユエ! ……お前はいいよな!」
と、カイが追い詰められた表情で立ち上がった。
エフィルもピシャリと諌めた。
「ユエ、カイに謝れ! なんて事を言うんだ!」
カイは、震えていた。
ユエは悪びれずに謝る。
「はーい。ごめんね。カイ! 冗・談・よ! 大丈夫っ! あたし、手を抜かない余裕くらい、たっぷりあるから!」
カイは、何も言わず、……それとも言えないのだろうか。震えながら、席に着いた。
「……?」
なんだろう?
明理沙は、不思議に思った。
おかしい。なんだか、この3人には……状況の受け止め方にギャップが感じられる。一人は、命の危機のように、もう一人は、たんなるお遊びのように……。
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