女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



73 魔法が使える子ども

 再び、霧が出てきた。
 金糸の君と明理沙は、ゆっくりと歩き始めた。風景が動くが、歩いている感覚はなく、柔らかに浮遊しているようだった。
魔法使いは、口を開いた。静かな、低い声が、明理沙の耳に届いた。
「私は、自分と周囲との大きな差異を感じながら、生きてきた。私が物心ついたときには、魔法が使えていた。私にとって、魔法は呼吸するのと同じこと。上級の魔法は、話すことと同じだった」
 ふうっと濃い霧の塊が二人を通り過ぎて行く。
「あなたにとっては、魔法は使えて当たり前なのですね?」
 明理沙はここの空気のように透明に問う。金糸の君は表情無くうなずいた。
「そうだ。今は、言葉でそう表現できるが。幼いころは、それがあまりに当たり前のことで、わざわざ口にするほどのことでもなかった。呼吸できることを他人に言う必要もない。魔法もそれと同じようなものだったから。だが、周囲は違った。他の者にとって魔法とは、訓練の末に手に入る技術だったのだ。……自分の昔話は、どうも主観的になるので、君に正確に伝わるか、心配だが」
 明理沙が見上げる金糸の君の横顔は、過去を見ている。
「まず、そんな私を、両親が恐れたな」

 ごく普通の家庭に、男の子が生まれた。父も母も、一般的な魔法は使える。中級の魔法使いだった。しかし、息子はどういうわけだか、父にも母にも、誰にも似なかった。確かに2人の子なのに。
 不自然な自然さで、魔法を使えるようになっていく息子。3歳の時には、まだ、舌も回りきれないたどたどしい言葉で、上級魔法の術言を口にした。
 その術言は、母が読み聞かせていた、おとぎばなしの大魔法使いが使ったものにすぎなかったのに。
 幼い子供が、大人にも使い切れない魔法を使った。
 目の前の空気が歪み「過去の風景」が垣間見えた。
 その時、幼な子に寄り添っていた母は悲鳴を上げた。息子はキョトンと母を見上げた。母はおろおろと息子を抱きかかえた。おののいた表情を隠すことも忘れて、息子にただもう必死でささやいた。
「だめッ! もう、そんなことしちゃだめよ!? お約束、約束よ? ね? そんなこと言っちゃ、駄目。お母さんに約束して? ね? 良い子ね?」
 息子は、こくんとうなずいた。母は何故そんな顔をしてるのだろう? どうして駄目なのか? よくわからないけど、これはいけないことなのだ。そう思うことにしてから、息子は素直にうなずいた。
「うん。しない」
 母は、肺の中の空気を全て吐ききるように、大きく息をついた。息子を抱える手がガタガタ震えている。
「そう。いい子ね。……リディアスはいい子ね」
 そして、その夜。
 幼い息子は既に眠っている。母と父は、二人だけで言葉を交わした。
「あなた、リディアスは……普通の子と違う」
 父は眉間にしわを寄せた。昼間から、この妻は顔色が悪く、落ち着きがなく、様子がおかしかった。父はその言葉を聞き、彼女の不調の原因を理解した。
「違うってお前……どこがどう? リディアスには、特に変わったところは、」
 ないよ? と続くはずだった言葉は、勢いある高い声に遮られた。
「魔法よっ!? おかしいの、おかしいのよ! だって、あの子まだ、片言しかしゃべれないのよ? それなのに、き、今日、『時魔法』を!」
 母は、昼間の光景を思い出し、へたり込んで唇を震わせた。
「時魔法を使ったのよ。私も知らないほど昔の、昔の町並みが見えたわ。そこから、たしかにうちの部屋に、風が吹き込み、臭いがして、……ああ、どうして!?」
 母は勢いよく父の顔を仰ぎ見た。
「おかしいでしょう! どう思う? あなた」
 父は、困惑して、迷うように母を見下ろした。
「どうって……お前、それは……。それでお前、リディアスに何て言った?」
 助けを請う瞳で、母は細い声を漏らした。
「……そんなことしちゃ駄目だ、って、言ったわ。そうしたら、リディアスはうなずいたけど……」
 途方に暮れた体で、父はため息と共に言葉を紡ぎ出した。
「それならよかった。時魔法なんて、我々に押さえられるような魔法ではない。リディアスはまだ小さい。良いことも悪いこともわからない」
「どうしましょう、あなた。もしもリディアスがわけのわからないまま、大きな魔法を使ったりしたら、」
「そう悪い方に考えるもんじゃない。リディアスは幼い。善悪の判断はつかない。それならば、私たちにでもなんとかできる。リディアスに魔法を使わせてはいけない。少なくとも、きちんとした分別がつく歳までは」
 母と父は、一夜でその結論に達した。じっくり幾日も話し合う余裕は無かった。ことはさしせまった重大な問題だったのだ。自分たちの子は、大変な子だった。親の手に余る子を、私たち夫婦は授かってしまったのだ。
 もしも、自分たちが大魔法使いならば、子どもが大きな魔力を持っていても、抑えはきくだろう。だが、自分たちはそうではない。ごく普通の魔法使いだ。もしも、この子が使える限りの魔法を自由に使ったとして、果たして、自分たちは親権者としての責任をはたせるのだろうか? いや、保護も、養育もできない。
 翌朝、目覚めた子どものまわりには、何の魔法の本も無くなっていた。本だけではない。簡単な術具もなかった。およそ、魔法にかかわるものは全て無くなっていた。両親が夜のうちに全て捨てていた。そして、母も父も、子どもに魔法の話をしなくなっていた。その時から、子どものまわりには、魔法がなくなった。




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