女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



74 魔法の授業は嫌い?

「7歳になって、学校に入学するまで、初歩的な魔法さえ見たことはなかった」
 金糸の君の声が静かに響く。
 明理沙は、じっと聞いていた。
 少女は、目線を、足下から前方に転じた。
 広葉樹の森がすぐそこに見えている。霧が、ゆらゆらと森の中で遊んでいる。
「ご両親が見せなかったにしても。お友達とは? お友達と魔法の話はしなかったんですか?」
 怪訝そうに、明理沙が金糸の君を見る。と、彼は、ほんのわずかに笑った。
「友達? 幼児の頃から魔法が使える者など、ほとんどいない。多くの子らは学校に入ってからおぼえていくものだ。幼少から魔法を使える者ならば、学校に入る年齢よりも、もっと幼い段階で、王宮に行って専門的な教育を施される……。例えば、シルディがそうだな」
「シルディさん?」
「そうだ。魔法が使える幼児たちは、一日のほとんどを王宮ですごす。外に出てくることは滅多にない。私は、そもそも家の外にも出してもらえなかった。だから魔法に触れる機会はなかった」
「学校に入るまで、外に出たことがなかったんですか? ……そんな、」
 少女が、驚いて目を揺らした。当の本人はというと、表情すら変えない。

 大魔法使いの生い立ちの話は、続いた。
 学校に入る歳になった。それまで、母も父も、子どもを必要最小限にしか外に出さなかった。外とはいっても、家の庭だけ。ほとんど家に閉じ込めるような形で、育てていた。
「うちの子どもは病弱で……」
 それが、他人との会話の中で、子どもの話が出た時に、両親が使う常套句(じょうとうく)になっていた。
「病弱で、外には出せないんです」
 それでも、子どもは学校へ行く歳になった。両親がどんな気持ちであろうとも、子どもは、必ず魔法に触れることになる。
 初めて、学校へと子どもを送り届けた母は、息をついた。
「これで、ようやく、私たちだけの子どもではなくなった。リディアスは私たちの子供であり、学校の生徒でもある。あの子が、たとえ何かとんでもないことをしてしまったととしても、親だけが責任を負わずに済むんだわ。……やっと、少しだけ安心して暮らせるようになった」
 母も父も安堵した。リディアスを、この年まで魔法から遠ざけて育てた。もはや、大魔法は使えないだろう。天性の才能を伸ばすには、幼少からの教育が重要だという。それがなければ、才能はしぼんでしまうという。
 だから、両親は何もしなかった。
 これで、もう大丈夫に違いない。あの子は、きっと普通の子と同じどころか、わずかなの魔法しか使えないだろう。

 学校でも、リディアスは父母との約束を守り、術言を口にすることはなかった。
 魔法の授業が始まる。生徒達は、眼を輝かせて先生の言葉を聞く。ただ、リディアスだけは無表情で、それらの光景を遠い風景のように見つめるだけだった。
 先生がほほ笑みながら教室に入ってきて、生徒たちに声を掛ける。彼女の首には、誇らしげにゴールドスターが輝いていた。
「おはようございます皆さん。さて、今日は、『氷の魔法』をお勉強しましょう」
「はーい!」
 椅子に座った子どもたちは、うれしそうに先生の方へ身を乗り出す。
「算数」や「社会」などの学問と違って、魔法の授業は、それを身につけること自体が、個人の力量の直接の向上につながる。ゴールドスターを得て、そしていずれは大魔法使いになること。それが、マジックキングダムの人々が誰でもめざしている目標である。魔法の力は、世界を動かす力なのだから。

 初級の魔法を教える学校では、子どもたちの楽しげな笑い声が絶えることはない。ここにいる子どもたちは、まだ、ゴールドスターを得ることさえ遠い未来のことだ。子どもたちの前には、大きな可能性と、明るい希望だけがある。

 さて、氷の魔法を教わる子どもたちは、いきいきと授業に専念する。ただ、リディアスだけを除いて。
 先生は、氷の魔法が成立するための理論を黒板に書いていく。魔法に必要な術具、術言、なぜその術具や術言が必要なのか。それを生徒達は真剣に書き写す。
「さて、皆さん、これを書き終わったら庭に出ましょう。実際に魔法を使ってみたいと思います」
 わあい! と、生徒が嬌声を上げる。隣り合う生徒同士、きゃっきゃとはしゃぎあう。これから、自分たちに使える魔法が、一つ増えるのだから、嬉しくないはずがない。
 先生は、にっこりほほ笑んで、にぎやかな生徒たちを見渡し、子どもたちの純粋な向上心の発露に、教師としての喜びを覚えた。
 しかし、先生は、ある生徒の所に視線を送ると、あきれて肩を竦めた。
「今日は皆に魔法を使ってもらいます。一年の終わりには、それまでに学んできた魔法が使えるかどうか、先生が試験をします。いいですね?」
 はあい! と、元気の良い返事が即座に返った。一人を除いて。先生は、ほほ笑みながらも、一人の生徒のことが気になっていた。魔法の授業を、ただ聞き流すだけの子を。
「リディアス」
 喜々として校庭に出て行く子どもたちの一番後ろに、表情なく淡々とついていく男の子がいた。
 先生は、彼に近づいて声をかけた。
「リディアス、あなたは魔法の授業はきらいですか?」
「……」
 リディアスの返事はない。
 雨降りの空を見つめるように、無表情で先生を見上げるだけだった。
 先生は困って首をひねった。
「どうしたものでしょうね。リディアス、いいですか? あなたはまだ、魔法のことを何も知らないはずです。学校に入る前には、誰もあなたに魔法を教えてないでしょう? 何も知らないのに、そうやって、最初から嫌っていては、できるものもできなくなりますよ?」
 子どもは、ただ、横に首を振った。それきり、何の言葉もついてこなかった。
 先生は、軽くため息をついた。
「とにかく、魔法を嫌がらないでくださいね。ほら、見てご覧なさい。他のみんなを。楽しそうでしょう?」
 リディアスの目には、その光景だけしか映っていなかった。




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