女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



79 世界一の魔法使い


「そして、王宮に?」
「そうだ」
 明理沙は呆然と金糸の君を見上げた。
 学校を出て、家を出て、城を造って、王宮に行く。計り知れない人だ。まあ、彼にしてみれば、計って欲しくないのだろうけれど。
 そんな明理沙の表情が、まるで珍しいものであるかのように、金糸の君は見返した。
「面白いか? すぐに、リキシアは私を王宮に連れて行った。王宮で、私はリキシアの正体を知った。小さな友達が大人たちにかしづかれているのが、どうにも不思議だったな」

 王宮に、このところ不在気味の光輝の妖精が帰ってきた。
 子どもを連れて。
 王宮の正面門の前に、小さな子どもと小さな大人が現れ、その二人は門の中へと歩いて行った。
 輝く妖精の周りに、紺色の礼服をまとった大人たちが群がってきた。
「ハニール・リキシア。ユーヴァンス様がお探しでしたよ!」
 ユーヴァンスとは、王宮一の魔法使いだった。
 大人たちの多さにうんざりしている子どもの隣で、妖精は笑った。
「このまま私と歩いて行って。そのうち人が少ない所へ着くから」
「……ほんとうに人が少なくなる?」
「ほんとよ。約束するわ」
「わかった」
 子どもは、気のりしない運動会の入場行進のような様子で、リキシアの横をてくてく歩いて行った。
 大人たちは、輝くリキシアの周りに群がる。さながら彼ら自身が羽虫のようだった。
「ハニール・リキシア。こちらのお子様はどなたですか?」
 妖精は、誇らしげにほほ笑みながら答えた。
「王宮にとって、とても大切なお客様です。私が招きました」
 周囲の大人たちは、はははと笑う。
「おやおや、小さなお客様だ」
「ハニール・リキシアがお連れだということは、このお子さんはもしや、未来の大魔法使い?」
 ハニール・リキシアはにっこり笑って首を傾げる。
「ええ。あなたたちは、彼が初めて王宮に来たという、記念すべき瞬間に立ち会えた、とても幸運な方たちですよ」
「おおー! それは光栄だなあ!」
 周囲はまるでお芝居のように大仰に驚き、喜んで見せた。ハニール・リキシアの冗談めかした言葉を、本当に冗談ととっているのだった。本気にする方が、むしろおかしい。
「いや、すばらしい!」
「私は今日の日記に記録することにしましょう!」
「おお、私もそうしますよ! 今日は記念日だ!」
 格段に鬱陶しげな表情になる少年に、光輝の妖精は片目をつぶって小声を出した。
「もう少しの辛抱」
「……うん」

 それからも、少し歩くごとにリキシアと彼女を発見した大人達が似たようなやり取りを何回か繰り返して、王宮の奥の間に着いた。
「さあ着いたわ」
 リディアスの表情は芳しくない。
 光の妖精は苦笑を浮かべた。
「では、あなたが見たいものや知りたいことを、なんでも見せてあげられるようにしましょう。だから、まずは貴方の魔法を見せてやって? このおじさんに」
 ハニール・リキシアは、リディアスにそう耳打ちした。
「国王陛下。お久しゅうございます」
二人は、王宮の奥の間で、マジックキングダムの王に拝謁していた。おじさんとはつまり、彼のことだった。
「リキシア。珍しいな」
 王は片頬で笑って見せた。
「ユーヴァンスが心配しておったよ? どこぞで迷子にでもなっているのではないか、とな」
「まあ。ホホホ」
 光輝の笑った。その微笑みは、次第に誇らしいものに変化した。
「確かに私は主を求めて迷子になっておりました。でもそれは、先日までの話でございます」
「ほう」
 王は面白そうに笑った。
「見つかったのか? そなたの主が」
 ええ、と、小さくまばゆい光はうなずいた。
「わたくしは、ようやく、わたくしの主に出会いました。リディアスと申します。素晴らしいことに、彼はわたくしの友人でもあります」
「なんと」
 マジックキングダムの国王は、「妖精と子ども」というなんとも可愛らしい組み合わせを、目を丸くして見た。
「ハニールよ。本当に?」
「ええそうです。長い間探しておりました、わたくしの主を見つけましたの」
 国王は、ゆるやかに首を傾げた。
「ユーヴァンスは? あれはさんざんハニールを口説いていたであろう?」
 ハニール・リキシアは、目を伏せて微笑んだ。
 ユーヴァンスとは、現在のところ、この国で一番の大魔法使い。だがそれだけでは、光輝の妖精の主にはなりえない。
 彼女が認めなければ。
「私が言葉を重ねるよりも、どうぞご覧くださいませ、国王陛下」
 まぶしい黄色の光をふりまいて、妖精は微笑んだ。
「わたくしが選んだ主の力を」
 さあ魔法を見せて? と、ハニール・リキシアはリディアスの小さな背中を押した。
 ふー、と、子供は疲れたため息をつく。待ち長かったらしい。
「どんなのがいいの?」
「あら、私が要望してもいいの? なら、そうね、大きくて、誰も見たことがなくって、きれいな魔法をお願いできるかしら?」
 小声でそう交し合い、子供は「注文が多いな」とこぼし、妖精は「それはごめんなさい?」と微笑んだ。
「わかった。じゃあ、リキシアの好きそうなのにしてあげるよ」

 呪文はない。子供は、ただ眉を上げただけだった。一向に子供らしくないしぐさだった。
 しかし、それにより、王宮は青い光を浴びた。
 そして、体内に海を宿した海竜が現れた。
 それは広い王宮の建物を二周りしてもまだ体に余裕があり、大きな顔は建物を透過して国王のいる間に入ってそこを睥睨(へいげい)した。
「海を出していい?」
 リディアスはリキシアに聞く。
「素敵。是非見てみたいわ」
「わかった」
 その言葉により、竜は口を開いた。
 青い光の水が、そこから溢れ出した。
 まずは銀鱗閃かせる小魚の大群がどっと押し寄せた。
 次に青銀の身を勢い良くくねらせる回遊魚たち。
 エイとイルカとシャチが、その柔らかい体でのびやかに王宮を舞う。
 王宮は、竜宮になった。

 リディアスは、その魔法一つで、国中の魔法使いたちの頂点に立った。
 こんな大魔法、未だ誰も見たことが無い。空間ごと海に変えるこの魔法は、もはや竜の召喚とは言えず、また単に海を招いたわけでもない。空間を、その属性を保ったままにして、同時に海の属性を浸透させ、さらに人の目に見える形で「海の本質」を表した。
 この果てなく大きな魔法には、もはや名前がつけられない。
 明らかだった。誰も、彼に及ばない。
「ねえリキシア。これで、世界のことが何でも調べられるようになるの?」
「ええ」
 光輝の妖精は、余りにも強大な魔法に愕然としている国王に微笑みかけた。
「どうぞご安心くださいませ、国王陛下」
 世界を支えている王の、内心の不安を見通して、リキシアは言う。
「私の主はただ知りたいだけでございます。世界の全てを」
「リディアス、と、言ったか? リキシア、貴方の主は?」
「そうです陛下」
 国王は、うなずいた。
「リディアス、こちらに上がって来なさい」
 国王は玉座から立ち、少年に手招きした。
 妖精に「行きなさい」とうながされ、リディアスは国王の方へと歩き出す。
 国王陛下は、リディアスが今まで見てきた大人たちの誰よりも「まともな」顔をしていた。比べる大人ときたら、両親と先生くらいしかいなかったが。
 ああ、この人なら「少しくらいは」わかってくれるかもしれない、と、思った。
 玉座は普通の床よりも高いところにあった。その壇上までの、五段の階段をリディアスは登った。
「リディアス、それが、そなたの名前か?」
 なぜ名前を確認するのだろうか? 僕の名前を覚えておきたいんだろうか? 自分の子供でも生徒でもないのに? リディアスは不思議に思いながらも、問いかけにうなずいた。
「そうです」
 一方のリディアスは、いましゃべっているおじさんの氏素性には興味もなかったので、何も聞かなかった。
「私は、マジック・キングダムの国王ニコラスである」
 向こうから名乗ってきた。だからリディアスはとりあえずうなずくだけで済んだ。
「リキシアは、君が世界の全てを知りたがっていると言った。君自身の言葉で、私に聞かせてくれないか? 世界の全てとは、何だろう?」
 リディアスは、国王を見た。
 どんな目をしているか、見てやろうと思った。
 今まで会って来た大人たち、リキシアは友達だから別だが、大人たちとこの国王が同じ目をしているなら、リディアスは相手のことは無視しようと思った。
 国王は強い瞳で、リディアスを見ていた。
 それは、「子供のくせに生意気な」とか「恐ろしい子だ」とか「得体が知れない」とか、そんな考えをしている瞳ではなかった。
 揺るがない強い瞳をしていた。リディアスがまだ知りたくても知ることができないものを、彼は握っている。でなければ、こんなしっかりした強い目で見ることはできない。
 リディアスは、この大人ならば普通にしゃべっても言葉が通じそうだ、と思った。
「……世界の仕組みを知りたいのです。こうして自分の中を通っていく光が、」
 子供は両手を組んで何かをすくう様な形にして、王の前にかざした。
 白銀の光が、そこから湧いて零れ落ちた。
 王は息をのんだ。
 それは、白魔法使い達が言うところの「御力」の顕現に他ならなかった。
「流れて消えて、それからどこを通って、また、自分の体に戻ってくるのか、それを知りたい」
「いつから、そんなことを考えるようになった?」
「生まれてからずっと。そう思って生きているのに、周りは何も気付かないでただ生きている。どうしてわからないんだろう、それも不思議なことの一つ」
 あなたにはこの光が見える? と、子供は国王にたずねた。
 国王はしかとうなずいた。
「見えるとも。であるからこそ、私は国王なのだ」
「ふうんそうなんだ。初めて知った。僕は、まだ知らないことの方が多い。聞いても、誰も教えてくれないし。だから、ここに来たんだ。ここなら全てがわかるからって、リキシアが言ったから」
「ああそうだ。リキシアの言うとおり。わかるとも」
 わかるとも、と、再度繰り返して、国王は、リディアスの白銀の光溢れる小さな手を握った。
「リディアス。わかって、それで、君はどうする?」
「どう? どうもこうもない」
 子供は不快そうに眉をひそめた。
「どうする、とか、どうしたい、とか、そういうのは僕は嫌いだ。わかるためにここに来たんだ。そしてどうするかなんて、嫌いだ」
「ただ知りたいだけか?」
「知ること以上に、世界に生きる意味があるなんて、思えない」
「さて、そうだろうか?」
 リディアスは、王にそう言われて初めて、彼の瞳に、他の大人たちを同じものを感じた。むっとした。
「国王、じゃああなたは何かしたいのですか?」
 こどもは、不機嫌になった。
「リディアス、そこまでよ」
 光輝の妖精が飛んできて、友人をゆったりとたしなめた。
「リキシア、」
 言葉を遮られたので、不服そうに顔を曇らせるリディアスに、ハニール・リキシアはからかうように笑ってみせた。
「世界を知って、それからあなたがどうするか。それも、あなたがまだ知らないことの一つかもしれないわよ?」
「そうかなあ?」
 そうは思えないけど、と、むくれるリディアスを自分の後ろに下げて、光輝の妖精は国王にとりなした。
「私の主は、これでもまだ子供なのです。国王陛下」
 それは、愚かな子供なので無礼を許してください、という意味ではなかった。
 国王は、妖精の真意を理解した。  リディアスが「ただの子供」であるならば、今までの彼との会話自体がそもそもできないのだから。
 つまり、これだけできても、リディアスにはまださらに大容量の空の器がある、ということを、リキシアは言いたいのだ。大人になるまでにさらなる経験と知識を注ぎ込めるだけの器が。
 世界を知り事情を知れば、この妖精の主は今よりも強く、そして深くなるだろう。何よりも強い、国のよりどころとなるだろう。
 国王は、うなずいて笑った。
「そうか。リディアスは子供か。それは心強い。もう間もなく、私は、肩の荷を下ろすことができるだろう。リキシア、よくぞ主を見つけてくれた」




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