女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



88 銀の星の物語4

 そして、王宮に入って三年が経った。
 相変わらず、リディアスは周囲を驚かせ続けている。
 子供だった彼も成長して十三歳。その容姿は子供から青年へと成長を始める。強大な力に加えて秀麗な容貌から「金糸の君」という呼び名が付き、そんな彼にひそかに憧れる少女たちもいる様子。しかし彼女らは表立った行動をしない。それは、ひとえに彼の性格が理由だった。
 いわく、何を考えているのか全くわからない。
 徳に優れた王の覚えもめでたく、光の精ハニールリキシアからも気に入られた彼であるので、誰も非難こそしないが。
 多くのものにとって、彼は、崇敬すると同時に不可解な存在に違いなかった。
「実際、あんなにも無口無表情無関心ではね」
 シルディは肩を竦める。
「とりつくしまもないわ。でも仕事は仕事。さてと、行きますか」
 王宮にある自室を出て、シルディは颯爽と歩いていく。
 今日はその彼と共に仕事をするのだ。
 仕事の依頼を受けた最初は、ルイルも一緒の予定だった。が、シルディが断った。仕事をそっちのけで、喧嘩とその仲裁にあけくれることは想像に難くないから。
 王宮の魔法使い達の仕事は、世界の保全。王の采配の下、天災を未然に防いだりあるいは緩慢になるよう抑えたりすること。人々が生きやすい状態を保つこと。
 いまだゴールドスターが降りないシルディだったが、その仕事ぶりは、正規の魔法使い達より秀でる点が多かった。いまや、「光輝の妖精がリディアスと出会わなかったら、彼女はシルディを選んでいたことだろう」と言われるほどだった。
「シルディ、」
 リディアスとの待ち合わせ場所は王宮前。その手前の通路で、シルディは眩しい光から声を掛けられた。
「こんにちは、リキシア。あなたも一緒に?」
 光輝の妖精ハニール・リキシアは、いいえと首を振った。
「私はここに残ります。二人で行ってきて頂戴。世界の幹へ」
 リキシアはふっくらと笑った。
「この件、エフィルが気付いたんですってね。たいしたものだわ」
「ええそうね」
 今回の仕事は、八歳になるエフィルが王に申し上げたものだった。両親の悲しげな顔が浮かんでは消える、そんな悪夢の夜が続く、と。王の目前で父と母のために祈った彼は、白い光に満ちていた。
「ねえシルディ、エフィルは間違いなく白魔法使いになるわね。亡き両親の力と思いを受け継いでいるわ」
「そうよ。彼の魔法は本当に白いの」
 エフィルは王宮で魔法を勉強しながら、学校に通っている。彼の両親は彼が赤ん坊の時に亡くなっていた。世界のかたちを維持するために。
 シルディは笑った。
「彼には是非、『全き白魔法使い』になって欲しいものね。今は不在だから。桔梗の君が存命でいらしたら、よかったのに」
 桔梗の君は、つい最近、急な病で亡くなったばかりだった。
「あなたはどうなの、シルディ? そうなりたくない?」
 光の貴婦人の言葉に、少女は「そうね」と笑った。
「ええ、私も白魔法を使うから、目標にしているわ。でも、その前に、ゴールドスターを得なければ。それからよね?」
 一生に一度、星空に誓ったら、魔法使いに相応しければ、ゴールドスターが降りて来る。「その時」は、自分が選ぶのではない。何かに導かれるように、人は星空に願う。
 シルディには、それはまだこなかった。

 王宮の前で待ち合わせたシルディとリディアスは、仕事の場所に向かった。
 そこは、マジックキングダムのどこかにある、世界の幹だった。どことは知れぬ白銀の世界。転移の魔法でしか、ここには来られない。
 世界の幹、そこはエフィルの両親が眠る場所でもあった。
「『そこは、世界の、中心にあり、底にあり、周りを包むようにある』。本にはそう書かれているけれど」
 ふとつぶやいたシルディは、左隣にいる同級生を見上げた。
「あなたは、ここが世界の何処にあるように見える?」
 世界の幹は、世の何処にあるか?
「ここにある」
 答えは明瞭で、それゆえ不明瞭だった。
 シルディは苦笑した。
「たしかそうね。ここにあるわ」
 でも、何処にある?
 私は疑問に思う。世界の幹は、どこにあるのか? 彼の答えは、私の答えにはならない。
 世界の幹。目の前にある。たしかにここにある。
 でも、ここは、どこにある?
 感覚の揺らぎに、シルディは、めまいを覚えた。
 あたりには、エフィルの両親の祈りが、濃厚に漂っている。
 ……ここは何処だろう?
「仕事だ」
 リディアスの素っ気無い言葉が、シルディを現実に戻した。
「全き白魔法使い達の息子が見た悪夢。それはおそらく、幹の歪み。世界の歪み」
 リディアスこそ、まるで夢想のような言葉をつむぐ。
 シルディは、また、めまいを覚えた。
「歪み?」
 それを、何故、彼は知っているの?
「根幹が揺れている」
 私にはわからない。……彼には見えるの?
「リディアス……」
 シルディの意識が、だんだんと遠のいてきた。
「……どうして、わかるの……?」
 シルディは、そこで、眠りに落ちた。

「成る程。白魔法使いには負担が大きいな」
 道理でルイルが選ばれていた訳だ、と、リディアスはひとりごちた。
 右腕で、眠るシルディを抱える。
 彼の目の先には、世界の幹。底の見えぬ場所から生えた世界樹が、果ての無い空に伸び行くように、ただただ大きな幹が、眼前にあった。こずえも、根も、見えはしない。
 その白銀の流れには、しかし、黒金の筋が混じっていた。
 リディアスは目を細めた。
「白魔法使い狩りか?」
「あれぇ? バレちゃったー?」
 金糸の君は幹に問い、幹に混じった黒からはふざけた調子の返事があった。
「やだー。せーっかく根絶やしにしようと思ってたのにぃ」
 黒は、こましゃくれた少女の声を出してみせた。
「何人狩った? これまでに」
「さあね? 数なんかどうだっていいー。知りたきゃ、あんたが数えたら? ククク」
 黒は、嗤った。
 リディアスは、無感動に幹を眺めた。
 楽しげに、黒の声は続く。
「ククク。ねえその娘をあたしに頂戴よ? 生意気に白魔法なんか使っちゃってさー? あたしね、だいっきらいなの、『良い子ちゃん』なんて」
 黒は、もう一度、頂戴よ、と言った。
「うるさい」
 金糸の君は、面倒臭そうに、左腕を振った。
「消えろ」
「やだよ?」
 黒は、幹から消えない。
「あんたにあたしは消せないの。あんたは、しょーもないガキだから」
 ひゃはは、と、黒は笑う。
「何でも知ってるみたいな顔して。なんも知らないでしょ? アンタも。皆も」
 リディアスは、幹に左手を伸ばした。
 黒金の筋に触れると、まるでそれを、大樹に巻き付いたツル植物を引きはがすように、取り除いた。
「ギャッ!?」
 黒は、悲鳴を上げた。
 リディアスの手の中で、黒は、姿を変えた。
「よくもやってくれたわね!?」
 それは、桔梗の君の一人娘シナーラの姿をしていた。
 金糸の君は目を細めて、少女を見た。
「それも……狩ったのか?」
「ククク!」
 シナーラは嗤った。
「そうよ!? このハールの娘ってさ、母親の血を濃く継いじゃってさぁ!」
 腹を抱えて少女は笑い転げる。
「嫌な奴なの。だから赤ん坊の時に狩ってやったの! 抜け殻の体は、あたしがいただいちゃった! 便利ねえ、姿があるっていうのは!」
「それも、今までの話になる」
 リディアスはそう告げて、容赦なくこの少女を消そうとした。
 しかしシナーラを奪ったものは言う。
「ばーかッ! あたしの中で、まだシナーラチャンは小さいゴミみたいに息づいてるのよ!? 死んだハールはそうと知ってたから、何も言わずにあたしを育ててくれたの! この私だけを封じ込めるために『偽りの桔梗畑』でね! で? あんたは私を消せる? 死んだハールの愛娘のかけらを、ねえ、消せるの!?」
「動くな面倒臭い」
「ギャアア!?」
 リディアスは、シナーラの一部を消そうとした。橙色の前髪をつかんで、彼女の紺色の瞳をじっと見て。
「ギャアアアー!」
 苦しみに少女は荒れ狂った。
「本気で消す気なの? このガキなまいき……。お前、何者?」
 逃れようと背中を仰け反らせ、シナーラはリディアスを憎々しく睨みつけた。
「私を苦しめるなんて、白魔法使いか? いや、違うな。白銀の気配が無い。お前は何者だ?」
「名乗りたくない」
「クソッ! 馬鹿にして!」
 吐き捨てると、シナーラは気を失った。
 すると、再び、幹に黒金が染み付いた。
 黒金が、きゃははと笑った。
「もうあんたと話すの止めた! 疲れることキライなのよ。この方法はもうヤメッ! 別の方法、かんがえよーっと!」
 黒は、違う少女の声をしていた。
「じゃーね! また会おうねー!」
 子供のする挨拶と共に、黒金は幹から消失した。
 リディアスの足元にはシナーラが倒れ、右腕にはシルディが眠っている。
 白魔法使い狩り……その目的は?
 考えて、リディアスはため息をついた。
 白魔法が嫌いだというならば、気持ちはわかる。
 白魔法は嫌いだ。あらかじめ「良い」などと性質が決まっているものには、嫌悪を覚える。
「うう……」
 シナーラが目を開けた。まだ10才そこそこの少女。
 その体には、もはやシナーラ自身しかいない。
 桔梗の君、全き白魔法使いハールの愛娘。
 母から受け継いだ白い力を狩られた娘。
「かあさんは……?」
 まだ意識がはっきりしていないのか、シナーラは、先日死んだ母のことを口にした。
「死んだ」
 リディアスは、端的に答えた。
「あんた、誰?」
 シナーラはつぶやきながら彼を見上げて、「ああ」と低くうなった。
「金糸の君ね。世界一の魔法使い、かぁ」
 リディアスは何も言わずに、少女を見下ろした。
「ねえ、」
 シナーラは、言う。
「あんた、いいよね。世界一なんでもできるんでしょ? ……あたしも、それくらい、ちからがあれば……」
 かあさん、と、少女はつぶやいた。
「くやしい……」
 少女に残った命が、尽きようとしていた。

 全き白魔法使いハールの愛娘。
 ハールが死んだのは、魔法の杖を奪われた所為だった。彼女は、杖を介して白魔法を使っていた。
 魔法の杖が奪われて、「取り付かれた娘」を抑える術を失った彼女は、娘の発する黒い魔力に曝されて、命を失った。
 リディアスは、足元で死のうとしているシナーラを見つめた。
 このままにしておくか。
 それとも、命を繋ぐか。
 リディアスには、どちらでもいいことだった。
「う、ん、」
 そのとき、右腕に抱いた、白魔法に長けたシルディが、目を覚ました。
「私は……、どうしたの?」
 少し苦しいらしく、顔をしかめてつぶやく。リディアスは「眠っていた」とだけ答えた。
「私、どうして寝てたの?」
 聞き返すシルディに、リディアスが別のことを聞いた。
「君ならどうする? このまま死なせるか、生かすか」
「えっ? なに?」
 シルディは、問いかけの意味がわからずに瞬き、どういうことだろうと思って彼が注ぐ視線の先を見た。
 亡き桔梗の君ハールが遺した一人娘が、倒れていた。
「シナーラっ!?」
 シルディは顔色を変えた。リディアスの腕から離れて、シナーラのそばに座り込む。
「一体、どうしたの?」
「経緯を話している暇はない。決めてくれ。生かすか死なせるか」
 切羽詰った状況だというくせに、世界一の魔法使いの口調はあくまで平坦だった。
「生かすに決まってるでしょ!?」

 命を繋ぐ魔法。
 シナーラのそばに膝をつき、金糸の君は言う。
「命の源を得なければな」 
「私のを分けてあげましょうか?」
 シルディが申し出た。
 リディアスは、わずかに目を瞠った。
「君は思い切った人間だな」
 彼なりに驚いているらしかった。
 そして、シルディをいちべつすると首を振った。
「駄目だ。今の君は弱っている」
「じゃあ、あなたのを?」
「嫌だ」
 そんな即座に断らなくても、と、シルディは鼻じろんだ。
「では、どこから?」
「そこにある世界の幹から。あれは全て御力だ」
「そんな、簡単に?」
 彼は簡単にそう言うが。世界の幹とは力であって物体ではない。だから、「そこに生えている木の幹から皮をはがす」のとは訳が違う。力を得るには、「世界とは何か? 世界の幹とは何か?」を理解していなければならない。
「……取り出せるの?」
「取り出す」
 不遜とも、なげやりとも聞こえる返事があった。
「そう……」
 シルディは呆れ加減にうなずいて、とにかく成り行きを見守ることにした。
 リディアスは世界の幹に向かって、右手を差し出した。
 すると、右手のひらの上に、彼の水晶玉が現れた。透明な玉で、周囲に金の光を淡く放っている。
 これは王からもらった水晶玉だった。このことは王宮の誰もが知っている。
 しかし、彼がこれををとても大切にしていることは、光の妖精とシルディくらいしか知らないだろう。折々に、慈しむように、彼がそれを磨いている姿を見てきた。
 そのことを考えて、ふと、シルディは、不思議に思った。私は彼とたびたび一緒にいる訳ではない。ただ学校が一緒だった、それだけなのに。
「ね、」
 思わず聞いていた。
「その水晶玉、大事?」
 すでに魔法は始まっていて、水晶玉は世界の幹から力を浴び、その力は金糸の君の右手に宿りつつあった。彼の手が白銀の輝きをおびる。
 リディアスは、目だけをシルディに向けた。
「ああ」
 意外にも、返事があった。
「……どうして?」
 立ち入ったことかもしれない、と思いながらも、シルディはさらに聞いていた。
 リディアスは、右手をシナーラの額にかざした。
 すると、光はシナーラへと移った。少女の体が、徐々に白く輝き出す。
 そこまでしてから、金糸の君は答えた。
「嬉しかったからだ」
 ひどく素直な答えだった。
 え? 聞き違えたかしら?
 シルディは、耳を疑ってしまった。
 だって信じられなかった。彼の口から、嬉しい、という言葉を聞くなんて。

 シナーラを桔梗畑の自宅に帰して、二人は王宮に戻った。
「大丈夫かしら、シナーラ。『一人でいる方がいい』とは言っていたけど……」
「死なん」
 心配するシルディに、リディアスは最小限の言葉しか返さない。
 シルディは眉を寄せた。
「まあ、それはそうだろうけれど」
 ため息がもれる。
「リディアスは、寂しいとか、心細いとか、そういう気持ちは考えないの?」
 答えはすぐに返ってきた。
「あまり」
「……そう」
 シルディは、すこしがっかりした。でもしかたがない。これまで彼を育ててきた環境が、彼をこんなふうに情の無い人間にしてしまったのだろう。きっと。
 世界の幹がここにあると言ってのけられる彼。人の命を無感情に扱える彼。なのに、王の水晶を「嬉しい」と言う彼。他の多くの者たちと同じように、シルディにはリディアスという人間がわからなくなった。




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