女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



91 銀の星の物語7

 その瞬間をおぼえてない。
 誓いを立てて……気がついたら、ここにいた。ひどい脱力感と共に。それともう一つ、小さな銀の星と共に。
 ああ。
 シルディは、彷徨っていた。森の中を。
 両脚のふくらはぎが疲労で縛られたように痛くなり、動かなくなって、木の根につまずいて倒れて、土の匂いを吸い込んで。
 ようやく、自分がどこにいるかを知った。
 沈思の森だ。
 今の私に、なんてふさわしい場所だろう……。
 森の中に、霧深い湖からの湿った風が忍び入ってくる。倦み疲れて緩慢に。あるいは、哀しい静けさで。
 シルディは、転んで地面にうつぶせになったまま、目の前にある木の根をただ見ていた。それはわずかに湿っていて、びろうどのような苔が乗っている。
 体が重い。
 こんなに重いなんて。
 知らず、瞳から涙がひとつ、こぼれおちた。それを受けた緑の苔が、眠るように濡れた。
 首には、銀の鎖につながれた白銀の星が引っかかっている。
 また、涙がこぼれた。
 おそるおそる、自分の星に触れてみる。
 小さな、小さな、白銀の星。
 シルバースター。これは、魔法使いに、なれない証。
 絶望が、呼気と一緒に口から染みでていく。
 どうしてこの星が降ってきたの? わたし、なにかした?
 涙が流れた。
「どうして?」
 私の魔力は、生まれてからつい先日まで在った私の力は、一体、どこへいったのだろう。
 ようやく身を起こすと、脚の筋肉と腱がぎしぎしと痛みを訴えた。腰が石のように重い。
 さて、ここは森のどの辺りなのだろう?
 わからない。
 上体を、すぐそばの木の幹に寄りかからせた。
 私は魔法が使えない。
 ……なんてことだろう。
 しかしそのとき、森が、喜びの感情を寄越した。
 沈んだ心に、劇薬のような喜びが、注ぎ込まれる。
 それに喚起された記憶は、幼いころ、両親と過ごした休日の午後。父と母の微笑み、私の笑い声、緑の木漏れ日。
 それは本当の記憶なのに、今の気分とはまるで不似合いな感情が、それさえ偽りであるかのようにせせら笑う。
 シルディは耳を塞いで瞳を閉じ、首を振った。それで消えるわけはないとわかっているが、それでも。
 それでも、
 ……わたしにふってきたのは、銀の星。
 沈思の森は、私の知らない私のことを、私に見せ付けた。
 シルディは、青い顔をして、地面にうずくまっていた。
 流れ込んでくる感情は、……「安らぎ」だったのに。
 私は、その感情から何を思った?
 家族との団らん? 違う。
 午睡に見た夢? 違う。
 安らぎを寄越されて、わたしは、
 ハニール・リキシアにかしずかれる夢を見た。
 わたしはリディアスをうらやんでたのだ。 
 つまり。
 嫉妬していたのだ。
 沈思の森が、今、意地悪く見せつけてくれた。
 森は、わたしを、知っている。
 わたしは、わたしを知らない、ということを知った。
 つまり嫉妬していたのだ。
 あれからずっと、私は、リディアスのことを。そう、楓の枯葉を若葉に戻してみせた、あの時から、ずっと。彼の実力を知ったときから、ずっと。
 彼にはかなわないと思った、そのときからずっと。
 嫉妬なんてしていない、と思っていたのに。
 わたしは、とても冷静に、そう思っていたのに。
 森は知っている。
 わたしを。
 ……うらやましいとおもっていたことを。
 でも、
「そうは思っていたけれど、手に入れたいとは思わなかった」
 頑張って世界一になりたいと思ってはいた。
 けれど、
「銀の星は欲しくなかった。私は私の力で、世界一になりたかった」
 自分の力と引き換えに、力を授かりたくなんて、なかった。
「自分の力で頑張って、……それで無理ならそれでよかった」
 他人の力を得たいとは、思わない。
 銀の星なんて、要らない。「金糸の君を手に入れる」なんて。
「もう少し、わたしは、わたしのちからで頑張りたかった」




←もどる ★ 次へ→
作品紹介へ
inserted by FC2 system