その瞬間をおぼえてない。
誓いを立てて……気がついたら、ここにいた。ひどい脱力感と共に。それともう一つ、小さな銀の星と共に。
ああ。
シルディは、彷徨っていた。森の中を。
両脚のふくらはぎが疲労で縛られたように痛くなり、動かなくなって、木の根につまずいて倒れて、土の匂いを吸い込んで。
ようやく、自分がどこにいるかを知った。
沈思の森だ。
今の私に、なんてふさわしい場所だろう……。
森の中に、霧深い湖からの湿った風が忍び入ってくる。倦み疲れて緩慢に。あるいは、哀しい静けさで。
シルディは、転んで地面にうつぶせになったまま、目の前にある木の根をただ見ていた。それはわずかに湿っていて、びろうどのような苔が乗っている。
体が重い。
こんなに重いなんて。
知らず、瞳から涙がひとつ、こぼれおちた。それを受けた緑の苔が、眠るように濡れた。
首には、銀の鎖につながれた白銀の星が引っかかっている。
また、涙がこぼれた。
おそるおそる、自分の星に触れてみる。
小さな、小さな、白銀の星。
シルバースター。これは、魔法使いに、なれない証。
絶望が、呼気と一緒に口から染みでていく。
どうしてこの星が降ってきたの? わたし、なにかした?
涙が流れた。
「どうして?」
私の魔力は、生まれてからつい先日まで在った私の力は、一体、どこへいったのだろう。
ようやく身を起こすと、脚の筋肉と腱がぎしぎしと痛みを訴えた。腰が石のように重い。
さて、ここは森のどの辺りなのだろう?
わからない。
上体を、すぐそばの木の幹に寄りかからせた。
私は魔法が使えない。
……なんてことだろう。
しかしそのとき、森が、喜びの感情を寄越した。
沈んだ心に、劇薬のような喜びが、注ぎ込まれる。
それに喚起された記憶は、幼いころ、両親と過ごした休日の午後。父と母の微笑み、私の笑い声、緑の木漏れ日。
それは本当の記憶なのに、今の気分とはまるで不似合いな感情が、それさえ偽りであるかのようにせせら笑う。
シルディは耳を塞いで瞳を閉じ、首を振った。それで消えるわけはないとわかっているが、それでも。
それでも、
……わたしにふってきたのは、銀の星。
沈思の森は、私の知らない私のことを、私に見せ付けた。
シルディは、青い顔をして、地面にうずくまっていた。
流れ込んでくる感情は、……「安らぎ」だったのに。
私は、その感情から何を思った?
家族との団らん? 違う。
午睡に見た夢? 違う。
安らぎを寄越されて、わたしは、
ハニール・リキシアにかしずかれる夢を見た。
わたしはリディアスをうらやんでたのだ。
つまり。
嫉妬していたのだ。
沈思の森が、今、意地悪く見せつけてくれた。
森は、わたしを、知っている。
わたしは、わたしを知らない、ということを知った。
つまり嫉妬していたのだ。
あれからずっと、私は、リディアスのことを。そう、楓の枯葉を若葉に戻してみせた、あの時から、ずっと。彼の実力を知ったときから、ずっと。
彼にはかなわないと思った、そのときからずっと。
嫉妬なんてしていない、と思っていたのに。
わたしは、とても冷静に、そう思っていたのに。
森は知っている。
わたしを。
……うらやましいとおもっていたことを。
でも、
「そうは思っていたけれど、手に入れたいとは思わなかった」
頑張って世界一になりたいと思ってはいた。
けれど、
「銀の星は欲しくなかった。私は私の力で、世界一になりたかった」
自分の力と引き換えに、力を授かりたくなんて、なかった。
「自分の力で頑張って、……それで無理ならそれでよかった」
他人の力を得たいとは、思わない。
銀の星なんて、要らない。「金糸の君を手に入れる」なんて。
「もう少し、わたしは、わたしのちからで頑張りたかった」
|