女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



94 銀の星の物語10

 どれくらい眠っただろう。
 シルディは目を覚ました。
 まだ森は暗かった。
 地面から身を起こす。
 不思議なほど、体が軽くなっていた。そう、不思議なほどに。
「寝るのって、大切」
 ひとりごちた。そうとしか思えなかった。
 けれども、気分は相変わらず重い。
「……」
 シルディは、頭を振った。
 もう魔力はない。無いものは、無いのだ。
 それは事実。
 ……まだ、受け入れたくないけれど。
 でも、
 もう出よう。
 この森を。
 もう、ずいぶんと歩いた。
 もう、ずいぶんと考えた。
 ここにいても、得るものは、もう、無いだろう。
 ここにいても、悲しみは消えない。苦しみも消えない。力は、もう無い。
 それが、沈思の森に入ってわかったこと。

 沈思の森から出たシルディは、まず、向こうに霞む城を見た。
 崖縁にそびえたつ石の城。
 茂みから脚を踏み出す。ふらついていた。
 銀の星が落ちてから後、気がついたらここにいて。一体、どれくらいの間、ここをさまよっただろう。
 頬に伝い流れた涙は乾ききり、瞳から顎の下まで続く白い線を残していた。
 森と城との間は、そそり立つ断崖そして湖が隔てている。そこから冷えた風が吹き上げて、シルディに正面からぶつかってきた。飲まず食わずの身体がよろめいた。
 地面にしりもちをついた。風が、髪を吹き乱して、無関心に森に去っていく。
 なんてちっぽけな体。魔法の力は、ひとかけらも残っていない。
 生まれた時から有って当たり前だった、強い魔法の力。大魔法使いに匹敵する力。銀の星は、それが長い夢だというように、打ち消してしまった。星が証したのだ、これが真の私の姿だと。
 息を吐いた。
 ここはひどく冷える。
 そういえば、森の中は不思議に暖かかった。考えることだけに集中させるように、寒さやひもじさを感じさせなかった。それらの感覚は、森から出た途端に襲ってきた。
 寒い。
 それにお腹が空いた。
 背後に森。前方に城。
 今は「金糸の君」という呼び名を持つ、世界一の魔法使いリディアスの城。
 私は……彼の証。
 シルディの瞳から、再び涙が溢れてきた。それは悲しみだった。自分の力を無くした、悲しみ。
 どうして私の力はこの体から抜けていってしまったのだろう。世界を護りたかったのに。マジックキングダムの安定のために、この力を捧げたかったのに。
 でも、私はただ彼の証でしかない。
 同級生のリディアス。魔法の授業を放棄し続ける、変わった子だった。でも、光の精を除いては、私だけが知ってた彼の本当の力。彼の手のひらの上で青くなったモミジの葉。呪文の無い時魔法。
 おかしいね、リディアス。魔法使いになるまで、私は魔法を勉強し続けて成果をあげ続け、あなたはそこから逃げて隠れ続けた。なのに、光輝の妖精はあなたを主にした。夜空の星は私から力を取り除いた。
 私は、悲しい。望みがかなわなかったから。
 リディアス、あなたはどう思っている? 望まぬものを手に入れて、どう思っている?
 シルディは森を振り返った。
 彼は学校から逃げて、ずっと、この沈思の森を歩いて過ごした。
 一体何を考えていたのだろう。
 彼の両親が、彼に魔法を使わせなかったのだと聞く。彼は学校にいる価値を感じなくなり、この森に来ていたのだと。
 森で一体何を思っていたの? リディアス。
 私が王宮で希望と意欲に満ちて魔法を学んでいたその時に、この森で何を考えていた?
 何を考えて、あなたは「金糸の君」と呼ばれるようになったの?
 世界一の魔法使い。
 私の中に何も残っていない力を世界一宿している、あなた。
 シルディは目を伏せた。
 風はひっきりなしに彼女をなぶっていく。
 ふと、城とこことを隔てる崖が、気になった。
 ……どれくらい、深いの?
 シルディは、縁まで這い進んだ。立ち上がって歩み寄ったのでは風に吹き飛ばされて落ちかねないから。
 風が吹き上がってくる崖を、覗き込んだ。
 崖のずっと下には冷たく白い霧がたちこめており、底まで見えない。この縁から下の霧まででも、かなりの高さがある。
 落ちて死んだら、リディアスは困るかしら?
 証である自分が死んだら世界一の魔法使いはどう反応するか、それが気になった。
 あの、何考えているかわからない人が、一体どんな気持ちになるかしら。少しは慌てるかしら? 困るかしら? ちょっと見てみたいわ。でも死んでしまったら見られないわね。
 困惑する彼の姿を想像すると、なんだか可笑しくなって、くす、と笑いがこぼれた。同時に、自分がしばらくぶりに笑ったことに気がついた。
「何をしている?」
 低い、落ち着いた声が頭上で響いた。
 あらこんな声だったかしら、もっとやる気の無い声じゃなかった? と少し意外に思いながら、シルディは顔を上げた。
 リディアスが、シルディの前に浮かんでいた。
「お久しぶり」
 シルディは小さく笑った。
「崖に何か用か? それとも城に?」
 問いかけに、シルディは「どちらも『いいえ』だわ」と首を振った。
「ただ気になっただけ。かなり深そうだったから」
「深いぞ。見てみるか?」
 リディアスが、左手を差し出した。
 それは、彼女に力がないとわかった上での所作だった。つまりは自分の証、シルバースターだと。
 シルディは、自分の両手を見つめた。改めて無力感にさいなまれた。
 ああ、私はもう何もできないのだ。ここから踏み出せば落ちて死ぬのだ。
「リディアス、教えて?」
 問う声が濡れた。
「何だ?」
 応じる声は、あくまで落ち着いていた。
「あなたはずっと、ずっと学校から逃げ出してこの森に来ていた。……ね、何を、考え続けていたの? 何を、見つめていた?」
 きっと、今の私と同じものを見ていた。だけど、どう感じていたかは、私とは違う。私には想像もつかない。
「おしえて」
 両手で地面を掴み、シルディは顔を伏せて涙を落とした。
 彼女に吹き付ける風はなかった。リディアスが前に立つことで、彼の背に当たって逸れていく。
 金糸の君は、シルディの赤銅色の髪を見下ろして、答えた。
「自分の置かれた世界を。全ては『さまざまに形を変える同じ形のもの』」
「それは、つまり、『だからどうしようもない』ということ?」
「まあ、そうだな」
「……諦めた、ということ?」
 しばしの沈黙の後、「そんなところだな」という答えが返った。
「そう、」
 私はまだ、悲しいとしか思えない。まだ、あなたのように諦めきれない。
「そっか。私には……できないわね。そんな見方」
 そう思い切る彼には叶わない。きっと。
「だから君は君でいられるのではないか?」
 静かな言葉が、降ってきた。
 シルディは顔を上げた。
「私と同じような考え方をするということは、私のようになるということだ」
「……」
 つまり無表情無関心無感動に。
 想像してみた。自分がそうなったらどんなふうか。
 シルディは小さく吹き出してしまった。
「そうね。それは、私としては、いただけないことかも」
 これは、彼なりの慰めなのだろうと、シルディは感じた。
「君は、無茶をする」
 次いで寄越された言葉を聞き、シルディは顔を上げた。
「そう?」
 彼の顔には、いつもどおり表情がなかった。
「私はそんな面倒はしない。たしかに、子供のころにはその森を歩き回るには歩き回ったが、腹が空いたり飽きたら必ず止めた。その程度だ」
 暇つぶしにやった、そんなふうに言っているが。
 ほんとうは、どうだっただろう。多分、この言葉だって、彼なりのなぐさめの一つで。
 なぐさめ?
 ううん、そうではない。きっと、労わっているのだ。身も心も擦り切れた私を。彼は、孤独を幼いころに味わっているから。
「無茶、しちゃったかもね。私」
 シルディは、彼のおもいやりを酌んで、うなずいた。
 金糸の君は、両手を、水をすくうような形にして、シルディの上にかざした。
「?」
 首を傾げるシルディに、光が射し込んだ。
 リディアスの両手から、水ではなく、白銀の光があふれてこぼれ出した。
 御力だ、これは。世界の根源を流れる力。世界を流れる力。
 光はシルディに落ち、その身を滑って、消えていく。
 さまよい疲れた重く苦しい心が、癒されていく。運命の悲しみは、自分で乗り越えねば消えないけれど。
 今、自分を癒しているのは御力だけではないと、シルディはわかっていた。リディアスが、かつて同じ目に遭っていた彼が、気持ちをわかって労わってくれたから、それゆえに癒されるのだ。悲しみをわかってくれる人がいる、自分は孤独ではないとわかったから。
「ありがとう」
 シルディは涙を流して、微笑んだ。
「リディアスがいてよかった。リディアスが世界一の魔法使いで、よかった」
「……」
 金糸の君は、表情なく、シルディを見下ろした。
「ありがとう、リディアス」
 輝く雪のように落ちる白銀の光。
 金糸の君は背を屈め、光あふれる手を差し出した。
「私のシルバースター」
 シルディはその手を取った。
 ああ、確かに私は彼の証なんだ。
 その証拠に、
 二人、触れ合えば、孤独を感じない。

 腕ひとつを虚無に還したユエは、自宅に戻っていた。廃墟のような屋敷に。
「魔力が小さくなっちゃったですぅ」
 独りぼっちの子猫のように、悲しそうな声でにつぶやく。それを聞いた多くのものが同情してしまいそうな、そんな愛らしく寂しげな声だった。
 古びた屋敷。黄ばんだ壁紙、カビの匂いが立ち込めた室内。蜘蛛の巣が二重三重に張った天井。
「すぅっごく腹が立ちますぅ。あの銀の光が、私の力をたっくさん吸い取っちゃったのですぅ」
 椅子に腰掛けて、ふらふらと両脚を振る。
「これじゃあ、強くて可愛いユエじゃないです。今のユエは、ちょっと魔力のおっきい、だけど超ーかわいい女の子魔女ですぅ。がーん。ユエ、がっかり」
 でも、と、ユエは表情を改めた。
「ふふふ。こ・れ・な・ら! エフィルから怪しまれずに済みますぅ! ぺったりくっついて、狩る機会を伺うです! いつかないつかなっ!?」
 早く一人前になって、王宮にいらっしゃい。真っ白なエフィル。
 ユエは、闇色のつぶやき声を漏らした。
 わたし、王宮の闇で待ってるわ。




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