女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

すぎな之助(旧:歌帖楓月)



97 告白未遂誘拐完遂

 金糸の君はまだ眠っている。
 彼が起きてこない限り、二人には、することがない。
 することはないが、話したいことはあった。
 明理沙はカイと部屋に行った。
「ねえ、カイ」
「なんだい? 明理沙」
 明理沙には、カイの口から答えて欲しいことがあった。
 そうでないと、自分がこの世界にいる意味が、曖昧なままになってしまう。
 金糸の君の城で、今に至る経緯はほとんどわかった。自分がマジック・キングダムに呼ばれた理由も、なんとなくだけれど、わかった。
 つまり、はっきりわかってはいない。
「教えてちょうだい。『新しい王様』は、……ほんとうは、決まってたのよね? もう、決まっているのよね。そうでしょう?」
 駄目押しすると、カイは「ごめんよ」と謝った。
「そうだよ。明理沙。ほんとにごめん。僕は、」
「ううん。いいの。私が言いたいのは、あなたが私をこの世界に呼んだほんとの理由よ? 世界のためではなくて、あなたのためだったの? そこが聞きたいのよ」
 少女は、少年をまっすぐに見つめた。
「私を呼んだのは、あなたのため?」
 彼の口から答えを聞きたかった。
「うぅ、」
 率直に聞かれたカイは面食らった。顔色を失い、そして徐々に赤みを取り戻し、それが過ぎて、やがて紅潮していく。
「そ、そうだね。うん」
 明理沙はさらに彼を見た。瞳の奥を。
「ねえ、カイ。どうして、あたしだったの? どうして私を選んだの? 私は特技も才能も無いのに、何故?」
 明理沙は不思議でたまらなかった。
「あ、あの、」
 カイは、顔を真っ赤にして、口をぱくぱく動かした。
「どうしたの?」
「え、あ、あの、その」
 カイは、意味ある言葉を発せられない。
 明理沙には、どうしてカイがおろおろしているのか、わからない。彼は、ようやく父の死を悲しむことができたのだ。自分の本心を見つめなおし、今や人間的にもしっかりしてきた。
 そのカイが、今さら、一体何をうろたえるというのか?
「ねえ、カイ、教えて。あなたが私をここに呼ぶためには、何か条件があったんじゃないの? 例えば生年月日とか。性別とか。住んでいる場所だとか。ここに私を呼ぶのに相応しい条件が、あったんじゃないの? どうして私だったの?」
 少年は首を振った。
「いや、ううん、あの、そういうんじゃないんだ」
「じゃあ、どんなことなの?」
「……」
 カイの顔は山火事のように真っ赤に焼け、唇は言葉を失って乾いていた。
「ええーと、た、立ち話じゃなんだから、い、椅子に座って話しをしようじゃないか?」
「?」
 明理沙は首を傾げた。
 どうして、はっきり言わないんだろう。

 カイは、動転していた。
 最初は、世界のため、次の王を決めるため、そう言って明理沙を連れ回した。危険な目にも遭わせた。……いやいや、危険な目に「しか」遭わせてない。でも、騙したのではない。そのときは、マジックキングダムのためなのだと自分でも信じていたのだ。そのときは。そう、正気を失っていた時は、だ。
 ……ほんとうは。
 彼女を選んだ本当の理由は。
 とても単純なことで。
 だからひどく言いにくいことで。
「……あの、」
 カイは、大きく、大きく、大きく息を吐いて、思いっきり吸い込んだ。
 気持ちを落ち着かせるために。
 だが一向に静まらない。少年の決意をあざ笑うかのように、胸がバクバクと跳ねた。
 こんな率直に聞かれるとは思わなかった。
 どうして自分を選んだのか? なんて。
 でも、明理沙は平気な顔で、自分の目の前に腰掛けている。それどころか、動揺している僕を怪訝な顔で見つめている。
「大丈夫? カイ? 具合が悪くなった?」
「いや違うんだ大丈夫」
 ぶるぶるぶると首を振って、カイは大きく息をする。
「……えー、僕が君を選んだ理由はね、」
「うん」
「理由はー」
「うん、」
「……りゆうは、」
 カイは顔を両手で抑えて、机の上に両肘をついてうつむいてしまった。
「うう、」
 明理沙は、相手のおかしな様子に首を傾げて、肩をすくめる。
「そんなに気に病まなくても大丈夫だよ、カイ? 特に理由が無ければそれでもいいんだよ。私は怒ったりしないよ?」
 まだ、カイの心が本当に元気になったわけじゃないんだ、と、明理沙は思った。だから、ちょっとした質問にも、こんなに動転したりするんだ、と。
 私を呼んだ当時、彼は、お父さんを亡くしたショックで自分を見失っていた。そう、『溺れるものは藁をもつかむ』のことわざみたいに、誰でも良かったのだと思う。たまたま目にした私を、マジックキングダムに呼び込んでしまったんだと思う。
 有り得る話だ。
 むしろその方が自然だ。
 だって、私はどこにでもいる普通の高校生で、際立った特技も何も無い。世界を救うなんてこと、できない。
「たまたま私だったんでしょ? それでいいんだよ。カイ。気にしないで」
 この世界に来てから、私は、彼を沢山なぐさめてきた。カイときたら、いつも頼りなくて情けなくて、……そう、それがカイなのだ。
 もう追い詰めるのはやめよう。
「カイ、もういいんだよ。さあ、この話は終わりにしよう?」
 私は自分の部屋に戻るから、そう言い置いて、明理沙はカイの部屋を出る。
「私、元の世界に帰れるんでしょう?」
 去り際にそう言うと、カイは、うつむいて小さな声で、「……うん」と言った。

 部屋を出る明理沙の目前にいたのは、黒髪に真っ白な顔をした可愛いユエで。
「うふ! この世界に無関係な『異世界の人間』に、私の代わりをしてもらおうと思いまーす!」
「ユエさん?」
 おどろいて、明理沙は立ち尽くした。
 どうしてここにいるの?
 黒髪の少女魔法使いは、明理沙の向こうにで目を丸くしているカイに、冷えた声を投げつける。
「ユエ!? なんでここ居られるんだ!?」
「もう終りだから居られるんだよ。うふふ、明理沙を助けて欲しかったらぁ、ユエのところに、エフィル様を連れてきて。ユエがいく場所はー、ひ・み・つ! うふっ、わたしを探してごらんなさーい?」
 愛らしい声が、響き渡った。
「来ないと明理沙がタイヘンなことになるよーぅ!」
 二人の少女が、金糸の君の城から、消えた。

 珍しく夢を見ていた。昔の夢を。
 先王が亡くなった時のことを。
「……引き換えに、君は何を私に寄越す? シルディ」
「何でもあげるから! お願い助けて! ティカを助けて!」
「何でも?」
 そしてわたしは、彼女を、私の銀の星を、自分のものにした。

 そんな昔の夢を見ていたら、異変を看過してしまった。
 つまり、寝過ごしていた。
 起き上がったリディアスは不機嫌だった。
 夢を中断された怒りと、その隙につけいられた怒り。
 やや乱れた夜着を整えて、金糸の君は寝台を後にする。
 何が起こったかは知れていた。
 明理沙がさらわれた。ユエによって。
 所々金色が混ざる乳白色の髪をかき上げて、リディアスは衣を替える。
 腹立たしい。
 どこにいるかも知れている。
 ……腹立たしい。
「金糸の君ーッ!」
 扉の外で、少年の声。
 切羽詰っている。
 カイだ。先王の息子。
「ここを開けてください! どうか起きてくださいッ! 大変なんです! 明理沙が!」
 返答することなく、リディアスはいきなり扉を開けた。
「うわ!」
 果たして、廊下では、目を丸くして顔色を失っている少年が一人、立っていた。
「……シルディは?」
「え?」
「シルバースターはどこかと聞いている」
「し、下です。ハニール・リキシアと一緒に居る、はず……」
 少年から断片的な情報を聞くと、金糸の君の姿はかき消えた。
 残されたカイは、呆然と立ち尽くした。
「そんな。ぼくはどうすればいいんだ?」

 明理沙をさらうために来たユエが、この城に来て最初に会ったのは、実はシルディだった。
「こんにちは。シルディ」
 声を掛けられた時、シルディは光輝の妖精と二人してお茶を飲んでいた。そこに、黒髪のむすめが現れたのだった。
「どうしたの、ユエ?」
 シルディは椅子から腰を浮かした。
 ありえない。
 金糸の君の城に、彼女が入ることなんて。
 ありえないのだ。
「さよならのあいさつ、しておこうと思って」
 ユエは嗤う。
「さようなら、エフィル様から愛されてるシルディ。でも、シルディは違うものね?」
「……何を言ってるの?」
 シルディの問いかけに、愛らしい女の子は首を振って嗤う。
「いーのよ、気にしなくっても。わたしはエフィル様が大・大・大好き! だってことよ?」
「ユエ?」
 ユエの笑顔が凍っていく。
「教えてあげるね。私、白いエフィル様を狩るよ。ほんとはあんたもぶっ殺してやりたいけど、あんたにはリディアスがついてるものね」
 黒い瞳が、狂喜に歪む。
「惰眠を貪ってるだいっきらいなだいっきらいなだいっきらーいなリディアスに伝えておいて。『白魔法使いなんか皆滅ぼしてやる』って。……あとひとりだもの、あとは愛しい真っ白なエフィル様だけ。うふふふ!」
「私の棲む城に来るなんて、どうしたのユエ?」
 光輝の妖精ハニールリキシアが、菜の花色の光を振り撒きながら、ユエの方へと飛んできた。
「消えたいの?」
「ふふ、もう終りだもの」
 愛想良く笑って、ユエの姿が消えた。
「全部終りだもの。よかったねみんな。さよーならー」

「エフィルを狩るって、」
 つぶやいて、シルディは部屋を出て行こうとする。
「待って。駄目よシルディ。ここにいて、私から離れないで」
 その後をハニール・リキシアが追う。
「あなただってユエに狙われているのだから。私の側に居てちょうだい」
「うーん……」
 シルディは顔をしかめた。
「『だいっきらいなリディアス』のシルバースターだから、ね?」
「違うのよ」
 光輝の貴婦人は、お茶目に片目を閉じてみせた。
「『だいすきなリディアス』のシルバースターだから、よ?」
「そうなの?」
「そうよ。ユエは跳ねっ返りで素直だもの。本心と嘘が半々。永いこと付き合ってきたから知ってるわ?」
「ユエも貴方も、昔から居るわね」
「そうよ。昔から居るわ」
 でも、と、妖精は言葉を切った。
「ユエは、もう終りにさせたいのね」
「なにを?」
 問われて、光の妖精は、にこ、と笑った。
「マジックキングダムを」




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