女子高生の異世界召喚「君こそ救世主?」物語
Magic Kingdom

歌帖楓月



98 またね、明理沙

 世界の幹に、二人はいた。
 闇の少女と、異世界の少女が。
「ねー明理沙。世界の幹に染みがあるの、知ってる?」
 黒髪の少女は、異世界の少女を抱えて、虚無に浮かんでいた。
「……聞いたことはあるけど」
 自分よりもずいぶん華奢な女の子に抱えられて、明理沙は居心地が悪そうにみじろぎして、そう答えた。
「御力、その流れに混じる闇。うふふ?」
 黒い瞳の魔法使いが、黒い瞳の人間を見つめた。
「ねえ明理沙? 闇と光はまざらないものでしょ? そうでしょ?」
 一体、ユエは何を言いたいのだろう?
 明理沙はとまどいつつ、うなずいた。
「うん。光があたれば闇は消えるし。混ざらないと思う」
「消えないのは、お・か・し・い・でしょ? そう思うでしょ? ねっ? ねっ?」
 いやに念押しをする。
 次第に、明理沙を抱える腕に、力が入っていく。
「ユエさん?」
 たしかに、消えないのはおかしい。
 だけど、そう答えたら、ユエが恐ろしいことをしそうな気がする。
「私、わからない。消えない闇もあるんじゃないの?」
「嘘は嫌よー? そぉんな闇なんて無いでしょー?」
 自分を見るユエの目が、険しくなった。
「いーかげんなこというと、ぶっころすわよ」
 彼女の生々しい感情の発露に、明理沙はどうすればいいのかわからなくなった。
「いい? 明理沙。嘘は止めて。そんなのありえない。光が射せば、闇は消えるの」
 愛らしい少女は、次第にその白い顔を笑みに歪ませていく。
「だけど消えないの私は。いくら待ってても消えないの。光の中にいるのに」
「あなたは闇なの?」
 ユエが嗤った。
「あれぇ? 明理沙は、まだそんなことも知らないの? カイは何も知らなかった? リディアスは何も教えなかった? エフィル様は……やっぱり気づかなかったの?」
「ユエさん、どうして泣くの?」
「いつも泣いてたわ」
 明理沙は、首を振った。
「私は、あなたが泣いた所なんて見たことないよ?」
「嘘よ。嘘は止めて」
 黒髪の魔法使いは、顔をしかめた。
「実在のくせに嘘をつくなんて」
「ユエさん?」
 そうして、ユエは口を閉ざした。

 どれだけ経ったことだろう。
「むかーしむかしのお話です」
 虚無の闇に浮かぶユエが、つぶやいた。
 彼女に抱えられた明理沙は、はっとして顔を上げた。今度は、何を言い出すのか?
 明理沙に聞かせるというよりも、まるで童話をそらんじるように、ユエは可愛らしく言葉をつなげていく。
「そこにはマジックキングダムなんてものは、ありませんでした。虚無の世界に何か在るわけなんか、なかったのでした。……なのに、大昔の魔法使いたちは世界を造りたがったのです。虚無とは逆の力を借りて、世界を造ったのです。そんなおかしなことをするためには、すごーく無理をする必要がありました。なんて困った魔法使いたちでしょう。あー変なの」
 ユエはどうしたんだろう? 明理沙は、彼女の独白に耳を傾けた。
「御力に、闇を混ぜちゃったんです」
 黒髪の少女の瞳から、虚無の涙が落ちて消えた。
「そうしてマジックキングダムを造ったのでした」
 ユエは、自分の話をしているのかもしれない。明理沙は、声を掛けるのをやめた。
 もっと聞きたい。私が何か言えば、この話はすぐに終わってしまう。
「変なの。有り得ないものをいつまでもいつまでも。白い魔法の力を借りて。御力を使って……いつまでも」
 ユエは首を振った。 明理沙は、押し黙ったユエを怪訝に思って見つめた。
 黒い瞳からは涙が落ちては闇に消えていく。
 二人の、遥か向こうで輝くマジックキングダムの白銀の光。
 ユエは、まぶしそうにそれを見つめ続けた。
「きれいよねえ、光に闇が混じってるマジックキングダムは。まるで、エフィル様。エフィル様を大好きなユエが、あんなふうに、ぴったりくっついてるの」
 でも、もうおしまいなの、と、ひときわ嬉しそうに、微笑む。
「エフィル様、お願いよ、『ユエは要らない』って、言って」
 異世界の少女を抱えて、ユエは泣き出した。
「もうエフィル様と一緒に居たくないの。二人で還りましょう、元の世界に」
「ユエさん……」
 明理沙はどうしようもなく見ているしかなかった。

 一人、途方にくれたカイは、自分に与えられた部屋に戻ると窓を開け、エフィルを呼んだ。親切な親友は、すぐに来てくれた。
 事情を聞いたエフィルの驚きといったらなかった。
「ユエが明理沙を!?」
 目を丸くして、よく通る声で叫んだ。
「うん……」
 魔法を使えない少年は、彼の驚きぶりにたじろいだ。
「どうしてだ! 理由は?」
 若草色の混じる乳白色の髪の白魔法使いは、少年の胸倉をつかんで揺さぶった。
「ユエに何か理由を聞いてないのか!?」
「悪いけど見当もつかないんだよ。だから、お前を呼んだんだけど。ユエのことなんか、僕には全然わかんないんだよ。僕の方こそ聞きたいよ。昔からずっといるユエって、一体、何者なんだろう?」
 エフィルは我に返った。友を問い詰めたところで、何もならないのだ。
「すまん。……しかし、信じられないよ。ユエが明理沙に興味を示すとは、とても思えないんだがな」

「明理沙本人ではない。エフィル、お前に用があるのだ」
 低い声が割って入った。
「来い」
 金糸の君リディアスだった。左腕にはシルディを抱えていた。ぞんざいに右手を差し出して、エフィルを誘う。
「はい……?」
 白魔法使いの若者は、リディアスの言葉を把握しかねて、眉根を寄せた。
「なんですか、一体?」
「いいから来いと言っている。ユエはお前に用があるのだ」
「どこへです?」
 エフィルは、どうせ答えてはもらえないだろうと思いながら聞いたのだが、意外にもそれはあっけなく得られた。
「ユエのいる所、世界の幹へだ」

 銀の光に包まれて、三人は世界の中心へと向かう。
 それまで明確だった世界は輪郭がおぼろになり、やがてめくるめく色彩の渦が魔法使いたちを取り巻いた。
「やっと、力を奮える時が来た」
 リディアスのつぶやきに、シルディは首を傾げた。
「え? 何か言った?」
 水晶玉を持たせた彼女を抱えて、金糸の君は笑った。
「!?」
 シルバースターは、彼の見せた稀有な表情つまり微笑みに、目を疑った。
 今のは、幻かしら? 幻よ幻だわ。それ以外に何があるっていうの。そうだわ周囲の景色がこんなめちゃくちゃなんだから、目が錯覚したんだわ。
「……気のせいだ。きっと、」
 リディアスの右にいるエフィルから、そんな震え声が漏れ聞こえてきた。
「気のせいではない。私は喜んでいる」
「ひッ!?」
「うッ!」
 金糸の君本人から恐ろしい否定の言葉を聞き、二人に戦慄が走った。
「リディアス、何を喜ぶの? 私には理解できないわ」
「シルディ。金糸の君がそうするには、きっと深遠な理由が」
「何の制限も受けることなく、思いきり力を奮える。これ以上ないほどに単純な喜びだ。お前たちが何故それを理解できないのか。それこそ私には理解に苦しむところだが?」
「……沢山、しゃべったわ……」
 リディアスが予想外の長返事まで繰り出してきたので、シルバースターは目を丸くした。
「しぃッ、シルディ、刺激しないで」
 エフィルがたしなめる。
 金糸の君は眉をひそめた。
「お前たち、私が初めてこれほど喜んでいるというのに、なんだその態度は?」
「だって……、お、おかしいもの」
 シルディが震えながら言うと、なんと彼は笑い声を上げた。
「ふふ、楽しいのはこれからだ」

「来たわぁ」
 ユエが笑った。
「うふふふ」
 嬉しそうに。
 今までユエを見てきた中で、一番可愛い笑顔だ、と、明理沙は思った。
「こんなうれしいことって、無いわ」
 白銀に輝く世界の幹を背にして、異世界の少女を抱えて、闇の少女は笑う。
「早く来て。ここまで来て。私に会いに来て」
 愛しいあなた。
 私を消しに来て。

「あっ!」
 明理沙は見た。
 真っ黒な闇の彼方に、突然現れた白銀の光を。

「ユエ! 明理沙を離してくれ!」
 エフィルが叫んだ。
 まばゆい世界の幹のところに、果たして、少女が二人いた。
「エフィル様、おっそーい!」
 ユエは、きゃいきゃいと手を振って返した。
「でもそれ以上近づいちゃダメでぇーすッ!」
 ユエが右手を振り上げた。
 空間が歪んだ。金糸の君たちを中心に球状の闇が発生した。
「取ーり引きしましょ! ねっ!」
 わくわくと微笑んで、少女は右手をぎゅっぎゅっと握って見せた。すると、三人を飲み込んでいる球状の闇が応じて伸縮した。そうしながら、「死ね、無くなれ、」と、ユエはつぶやき続けた。
「ユエ、」
 と、ユエの背後から、手が伸びて、彼女の頭を掴んだ。 
「お前は取引できる立場ではない。闇の分際で」
 次いで掛けられた低い侮蔑の声に、柔らかな少女の笑顔が醜い皺に引きつった。
「おのれ生意気なリディアス!」
 目の前の闇の玉には、三人はいなかった。すでに彼らは少女たちの背後に回っていた。
 振り返りざま、ユエは口から闇を吐いた。小さな口から、膨大な黒が放出された。その勢いで、二人と三人の距離が離れた。
「死ねリディアス! 憎いお前なんか無くなれ!」
「きゃああ!」
 明理沙は恐ろしさに悲鳴を上げた。
「人型をした闇など、」
 受ける金糸の君は片頬で薄く嗤った。
「取るに足りぬ」
 彼の左腕に抱えられたシルバースターが持っている、白銀に輝く水晶の珠がさんぜんと光り輝いた。
 闇の少女が吐いたものが儚く消え去る。
「アハハハハハ!」
 しかしユエは笑った。ひどく嬉しそうに。
「アハハハハ! バカー! リディアスのばーかッ! そんな憎たらしい真似するのなら、明理沙から手ーを離して無くしちゃうよー、ウフフ?」
「駄目だ、ユエ! さあ、私と話をしよう!」
 エフィルの制止に、ユエが笑った。
「エフィル様ったら、大好き! エフィル様は私を見てくれるものね! でも、わたしはー、リディアスの方がキライだから! バカねぇ、バカなリディアスぅ」
 金糸の君が目を細める。
「染みが、生意気な口を」
 ユエが舌を出した。
「染みじゃないよーだ、私は可愛い可愛いユエでーすッ! バーカ! バーカ!」
 リディアスたち三人の周りに闇が滝となって降り注ぐ。
「おとなしく取引しなさーい? でないと、わたしは明理沙を壊しちゃうよぉ?」
「駄目よ! やめて!」
「ユエ、駄目だ!」
 シルディとエフィルが叫ぶが、金糸の君は何も口にしない。
「なぁに? リディアスはぁ、お口がきけないのォ?」
 ねえ? と、首を傾げながら、ユエは自分の耳に手をかざした。
「リディアス、お返事はーぁ?」
 フン、とそっぽを向くリディアスを見て、シルディが舌打ちした。
「『はい』って言いなさい! リディアス!」
「嫌だ」
「シルディは黙っててッ!」
 ユエが金切り声を上げた。
「こーれーはー、わ・た・し・と、リディアスのモンダイなの! アンタは関係なーいのッ!」
「私も混ぜてくれユエ! 話し合いをしよう! 何が欲しいのだ!? ユエ!」
 エフィルの叫びに、黒髪の娘はキャッとはしゃいだ。
「きゃッ! エフィル様ってば、嫉妬してるのぉ!? ユエ、嬉しい! うふふ! こんなの初めて!」
 明理沙を抱えて、くねくねと身をよじって見せた。
「じゃー、ま・ず・は! エフィル様と取引ーッ! あのねぇ、エフィル様……」
 明理沙は、ユエが先ほどまで見せていた哀しい顔を思い出した。
 ……ユエさんは、まさか、エフィル様に自分の始末を頼むのでは、
 しかし、
「シルディを消しちゃってくださーい! でないと、明・理・沙・を返しませーん!」
 ユエは、明理沙が予想もしなかったことを言い出した。
「ええ!? なんで、シルディさんを!?」
 驚いたのは明理沙だった。
「駄目だ! それは絶対に駄目だ!」
 エフィルが断固拒否した。
 ユエが片目を閉じて、いたずらっぽく笑った。
「じゃー、明理沙は死んじゃいますよぉ! うふ?」
「そんな……」
 言葉に詰まるエフィルの隣で、シルバースターが「しかたないわね」とつぶやいた。
「ユエ。私が消えれば、明理沙は助かるのね?」
 シルディが確認した。
 黒髪の少女は顔をしかめた。
「そーね。明理沙は助かる、かも! あんたみたいな、良い子なんて大っ嫌ーい!」
「シルディはお前に関係ない」
 遮る金糸の君に、黒髪の闇は舌を出した。
「べーだ! 取引に関係あるもないもありませーん! 私のじゆうー!」
「人の生き死にを賭ける取引は駄目だ!」
 エフィルが毅然と言う。
「ユエ! バカなことはやめよう。さあ、戻ろう、マジック・キングダムへ!」
「……バカはあんたよ?」
 彼の言葉を冷たく笑ったのは、
 ユエ、だった。
 
 ハニール・リキシアは、城に残り、星のように輝いていた。
「いいんですか? 主に付いていかなくても」
 隣には、カイがいた。
「その主が、ここにいろと命じたのよ」
 いたずらっぽく笑ってのける妖精に、先王の息子はうなずいた。
「わかりました」
 光は微笑む。
「わたしはマジックキングダムの光なのよ。主が許さなければ、虚無の中には出られないわ」

「ユエ?」
 思わず耳を疑って問い返すエフィルを、闇の少女は無視した。その瞳の深淵は、輝く水晶珠の主を睨んで嗤う。
「ねえ、リディアス。わたし、もう手が疲れちゃって、明理沙をポイしちゃいそうよ? ほんとは、一本しかない手だもの。あなたが片方ぶっちぎった所為で」
 大魔法使いは、にこりと微笑み返す。
「お前が私の物を横取るのが悪い」
 べえ、と、ユエが舌を出した。
「心外だわ。まるでまだ私が握り締めてるみたいな言い草。早速奪い返した癖に」
 外見とは裏腹に、口調がだんだんと大人びてきた。愛らしかった瞳が、鋭く深く澄んできた。
「エフィルを私に頂戴。道連れにしたいの」
「お前にくれてやるものなど一つも無い。私はお前を始末しにきたのだから。最期に一目見せてやった、お前にはそれで充分だ」
「その白いのを消さないと、私、許せないの」
「闇の分際で口がきけるようになるからだ。しかし、それももう終り」
「では、交渉決裂ね」
 ユエが、満足そうに笑い、明理沙を放り投げた。
「じゃあね明理沙。さよなら。少しの間だったけど、楽しかった」
「?」
 明理沙は、まるでユエがシナーラみたいなきっぱりした言い方をする、と思った。
 場違いにのんきなことを思うのは何故だろうと思いつつ、異世界の少女は闇に落ちた。

 なんだ、拍子抜けした。
 この前に、金糸の君に連れられて来た時は、
 自分一人ここにいたら、すぐに死んでしまうものだと思っていたのに。
 まるで、電気を消した自分の部屋の中。
 なんて安らげるのだろう。
 ……なにも、こわがることは、なかった。
 ここは、見知った、闇だ。
 わたしは、ユエさんを、知ってる。

 落ちていきながら、明理沙は呼んだ。
 他ならぬユエを、
「ユエさん!」
 見下ろすユエの笑い顔は、シナーラに似ていた。だけど真っ黒で。
「私、あなたのこと、知ってるよね?」
「そうね」
「あなたは、私が目を閉じたら見える、」
 まぶたの闇。
 ユエは、明理沙に手を振った。
 まともな微笑みだった。
「そうかも。もうすぐ目が覚めるよ。じゃ、またね、明理沙」




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