「明理沙!」
動いたのはエフィルだった。
「助けるな。ここから動くな」
リディアスが制した。
「何故です!? 死んでしまう!」
「リディアス? なに考えてるの?」
エフィルとシルディが非難の声をあげた。
金糸の君は首を振る。
「異世界の少女は死なない。死んでしまうのは、ユエかエフィル、そのどちらかだ」
お前は死にたいのか? と、リディアスは若者に聞いた。
「あなたが何を言っているのか、わかりません」
エフィルは困惑した。
「なんのつもりで、私を連れてきたのです? ……あなたは計り知れない。それどころか、正気を疑いたくなります」
「計られるのは嫌いだ」
金糸の君は目を細めた。
「ユエを始末して世界を続けるか、お前を闇にくれてやって世界を滅ぼすか、どちらかだ」
「どうしてそんな物騒な物言いをするのですか!?」
白い魔法使いは、むっとして言い返した。
「話し合えばいいではないですか! ユエと!」
「そのユエが言ったように、既に『交渉決裂した』のだ。もはや言葉は必要ない」
「何か歪んでる気がする。何か隠してませんか? あなたは本当な何がいいたいのですか?」
「……」
リディアスは、嫌そうにため息をついた。
「白い者にはわからない。そして、わからないまま生きていくしかない。知ってしまったら、終りだ。もういい。お前は生きろ、エフィル」
「は?」
「帰れ、と言ったのだ」
言うなり、世界一の魔法使いは、エフィルを消した。
金糸の君の城に、エフィルが現れた。荷物が放り込まれるように、ぞんざいに床に転げ落ちてきた。
「おわ!? エフィル?!」
カイの目の前に、彼は現れたのだ。
「どうなったんだ? ユエの用は済んだのか?」
「……」
呆然と座り込んだエフィルは、肩を震わせていた。
「無茶苦茶だ」
ひそやかに漏れでた低い声に、カイは「何が?」と聞いてみるのだが、答えはない。
光輝の妖精が、気遣わしげにふわりと飛んで、エフィルの肩に座った。
「帰されたのね?」
リキシアの静かな問いかけに、若者はうなずいた。
「呼びつけたくせに、強制的に転移です。なにがなんだかわからない」
矜持を傷つけられた怒りと、疎外された悲しみが、エフィルの顔を紅潮させ、目を潤ませていた。
「リキシア、教えてください。どうして、どうして彼を選んだのですか? 彼は勝手が過ぎます」
「……」
リディアスの友人は、穏やかな目で若者の嘆きを聞いた。そして、静かに、遠くを見てそっと微笑んだ。
「そうね。彼は、他の者の理解を超えている。そして、相手の理解を得ようとはしないわね。王の……リディアスの役に立ちたかった?」
先王の親衛隊長だった青年は、唇をかんで、うつむいた。
溜まっていた涙が落ちた。
「……わかりません。今は、ただ、悔しいです」
「どうして、今、エフィルを帰すの!?」
シルディが悲鳴をあげた。
「卑怯者!」
ユエが非難した。
「卑怯者! エフィルを戻して!」
「闇に卑怯呼ばわりされるいわれはない。無くなるのはお前だ」
リディアスは無表情で闇に言った。
シルディが、もうっ、と声をあげる。
「エフィルをどこにやったの? 言葉が足り無さすぎるわ。リディアス、あなた、緊迫感とか、何か、今一番大切なものが抜けていない?」
「エフィルに聞かせる必要はない」
にべもない。シルディは、ほとほとまいった。
「……もう。何を聞かせるのかが、そもそも、わからないのだけど?」
闇の少女が歯噛みした。
「エフィルと一緒に無くなりたかったのに!」
「お前の相手は、最初から私だけだ。間違えるな」
金糸の君はシルディを抱えなおした。
「戯言は終りだ。虚言を弄するお前の口を封じる。物の分際で人型になるから誤まるのだ」
「生意気な。お前こそシルディと一緒にいるくせ」
ユエの声が聞こえなくなった。
「当たり前だ。彼女は私の証なのだから」
虚無の闇の中で、世界一の魔法使いの声だけが響く。
「でないと、私は白魔法を使えない。シルディ、一働きしてくれないか?」
「……」
シルディは肩をすくめる。
「私はあなたの白魔法の『術具』、というわけ?」
「そうでもないだろう?」
王の水晶玉が、リディアスからシルディの手に渡った。両手で、輝く珠を受け取ったシルバースターの背後から、世界一の魔法使いが手を回して、彼女の手を支える。
「私こそ、君の術具のつもりだが。……さあ、シド、君は、マジックキングダムの闇をどうしたい?」
二人だけの時に使う呼び名を、金糸の君はつぶやいた。
「いいの? 私の望みを言っても?」
御力の白い光の柱と、言葉を失った闇の少女を前にして、力の無い銀の星は背後を振り返った。
「私は白い心は持っていない。君の望みのままに、私のシルバースター」
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