竜王の贈り物

(この話ができたいきさつ)
「御絵描き刑事VAN」にて「二十歳ごろのシンデレラ姫イラストを描きまして「こうなるけど、どうする竜王」と書きました。さらにそれにコハリト様がコメントをくださいまして。嬉しくなって作った一品でございます。
元絵はこれです。ちなみに、竜王と青竜のイラストもありまして、これ(コハリト様へ捧げ済み)です。どちらも別ウィンドウで開きます。



竜王の贈り物

歌帖楓月


「姫、気をつけてください」
「え?」
 青竜の注意に、シンデレラ姫は瞬いた。
「なにを気をつけるのですか?」
「そこから階段ですよ? 階段に気をつけてください」
 さらなる言葉にも、今ひとつぴんとこない。
「ええ、階段ですけれど?」
 シンデレラ姫が、桜園に行くために、宮殿から庭に下りる小さな階段から降りるところだった。普段着慣れていない、裾長の薄桃色のドレスがふわりと風になびいた。それでも、靴先さえ見えない。
 ああわかりました、と、姫が笑った。
「これでは、足がどこにあるかわかりませんね。踏み外すかもしれません」
 くすくす笑う金髪の姫に、青い竜の青年が手を差し出した。
「さあどうぞ、私につかまってください」
 そう言いつつ、姫の腰を抱き上げてふわりと下ろした。三段の階上から、砂利の敷かれた地面へと、優雅に。
「ふふっ」
 シンデレラ姫は青竜を見上げて、くすぐったそうに笑った。
「まるで、ここはあなたの宮殿のよう」
 麗しい青年は片頬だけで笑って見せた。
「ドレスを着た貴方よりも、足取りは確かですからね?」
 彼の両手は姫から離れない。
「地に立ってから桜を見上げるよりも、どうです? 空を飛んでわたくしと桜の中へまいりませんか?」
 誘われて、姫は無邪気に「面白そうですね!」と応じた。
「ハハハ。快諾いただけて嬉しいな。ではまいりま」

 がん。
「ギャッ!」

 皆まで言わないうちに、渾身の拳骨が降ってきた。青竜の背後、階段の上から。
「何故まだここにいる? お前は島に戻って泣きながら残務に励んでいなければならないはずだが? 人魚の婆様からの苦情はどうした? 今度は何人たらしこんだ? いい加減にしろ」
 こぶしを握り締めたままの、これまた人型をとった竜王が、仁王立ちになって殺気を放っていた。金剛石色に輝く髪が、こんな時は恐ろしい。
 隣には、姫の兄が立っていて、誰に対してか知れない苦笑を浮かべていた。
 フ、と、青竜は優雅に微笑んだ。
「やあこれは竜王。三日月姫へのお見舞いはお済みですか? 恋とはまことに罪深いものですよ。仕事熱心なこの私を、姫のそばにこんなにも狂おしく引き止めるのですからね?」
 主に答えつつも、青い視線はシンデレラ姫の方へと熱く捧げられている。
「?」
 そのような視線にはまるで免疫のない三日月国の末姫は、ちょっと首を傾げると、にっこり笑って銀の視線を返してしまう。
「!」
 姫から好意ある表情で見つめられて、青い竜の鼻の下が伸びる。内心で「やった! もう一押しだぞ。うまくいけば……フフフ」と思っていることが明らかな、下心満載のとろける表情だった。
 部下の神経の緩みぶりを目にした途端、竜王の金剛石色の瞳が研ぎたての刃物のように鋭く光った。
「いつまで抱えている?」
 底冷えする声音でそう言うと、竜王はシンデレラ姫を、油断ならない女好きから決然と奪い返した。
「一国の姫君を、不埒な手でふれるな馬鹿者」
 そういうご自分も姫をしっかり抱えてるが、と、むくれた青い竜と、微苦笑のデューク王は思った。
「まあ、竜王、背が高くなりましたのね?」
 金色の髪の姫は、相手と同じ目の高さに抱え上げられたものの、ドレスの中にある、優美な細工を施された靴は地面から離れてぱたぱた動かすことができる。
「青竜と同じくらいですね?」
「私の方が高い」
 おっとりした言葉に、しっかりと訂正が返った。
 「あー、傷つくなあ、もう」とつぶやいた青竜に、デューク王が笑って言う。「今は何を申し上げても聞こえませんよ?」と。「いや聞こえないからこその言いたい放題さ?」と答えられて、王は「なるほど」と納得した。
「せっかく久しぶりにいらっしゃったのに、この格好では剣のお相手もできません」
 シンデレラ姫がドレスを指差して肩をすくめると、「そんなことはよいのだ」と竜王が返して、眩しそうに目を細めた。
「良く似合っているな」
「贈ってくださってありがとうございます」
 姫の性分には似合わない社交辞令の微笑みに、竜王はふきだした。
「『剣のほうがよかったのに』と、顔に書いてある」
「感謝の言葉の後に、言おうと思ってましたの」
「剣ならいくらでもくれているが、身を飾るものはやったことがなかったからな」
 そんなことはありません、と、姫は首を傾げた。
「あなたの爪をいただきましたよ?」
 竜王は、眉をひそめる。
「あれは、あなたの身を守るものだ。飾りではない」
 はたで見ているデューク王と青竜は、「そろそろ姫を下ろさないものか」と思っていた。が、口には出さずにいた。申し上げてしまったら、竜王は面白いほどに顔を赤くして照れて、威厳も何もなくなってしまうから。目上の者に対して失礼はできない。「からかったらとても面白いんだけど」と思ってはいるが。
「爪は離さず身につけているだろうな? あなたはどんな無茶をするか知れないから」
「もう、」
 貴方はまるで私の母みたいです、と、シンデレラ姫は口を尖らせ、お腹をポンと叩いた。
「爪はこちらに入ってます。マリナが『落とさないように』と、腹巻を作ってくれましたの」
「は……」
 色気も何もない。薄桃色のドレスをきたシンデレラ姫は、女性の柔らかな美しさに満ちていたが。……腹巻と聞くと興も冷めきる。
「むう、やはり、剣のほうがよかったか」
 げんなりした言葉に、姫は満面の笑みで応じた。
「はい! そのほうが、わたくしは嬉しゅうございます!」
 竜王は、時が止まったかのように、姫に見入った。
「……連れてまいろうか? 私の島へ」
 惹かれるように、言葉をつむいだ。
「え?」
「剣をやる」
「本当ですか?」
 シンデレラ姫はぱっと顔を明るくするが。

「せっかくお誘いのところ、心苦しいのですが、」

 落ち着いた兄の声が、割り入った。
 姫、と、一言呼んで首を振ってみせる。
「姫は三日月姫のそばにいさせたいのです」
「ああ、そうか……」
 竜王は、表情をあらためた。
 シンデレラ姫を地に下ろす。
「行ってまいれ」
 うながされて、姫は竜王を見上げた。
「竜王、また、来てくださいますか?」
「ああ」
 シンデレラ姫は一礼すると宮殿の中へ歩いていった。途中振り返って竜たちに手を振った。
「申し訳ございません」
 デューク王が謝ると、竜王は軽く笑って「気にするな」と答えた。
 青竜だけが、名残惜しそうに、姫が消えていった宮殿の通路を見つめる。
「お持ち帰りできませんでしたねぇ? あーあ」
 残念そうな青竜に、竜王は冷たく言った。
「何故まだここにいる? さっさと帰れ」
「……八つ当たりですか? ひゃっ、消えます! 帰りますとも!」
 主にキッと睨まれて、青竜はびくりと震えると、ばっと姿を消した。
「全く、見境がない。あやつにはあきれ果ててものも言えんわ」
 女性全般に対する青竜の姿勢について、竜王は言っているのだが。どうにもそうは受け取れない、と、デューク王は内心で苦笑した。
「いいえ。気に掛けていただけて幸いでございますよ。姫は何せあの強さですから、なかなか」
「たしかに普通の男は恐ろしくて近づけんな。あれでは」
 武術など身につけさせるからだぞ? と、咎める口調もどこかほっとしている様子。
「では、またな」
「ありがとうございました」
 王が礼をする間に、竜の王は消える。
 空を見上げて、デューク王は言った。
「貴方が贈るドレスならば、姫はそでを通すようですよ」
 衣装部屋には、実は挨拶代わりに青年たちから贈られている花のようなそれらが、住み着いたきりで一向に動けないでいるのだから。

 カーリナルーデル海の南の果てにある、竜王の島。
 王宮へ帰った主に、青竜が真剣に考えて描き上げた紙を見せた。
「……何をしている?」
「次に贈るドレスを考えていたのです。こんなのなんて、どうでしょう? 色は是非とも『海』を連想させる青で!」
「連想ではなく実際溺れるがいい。婆様が待ちかねている」
 竜王は青竜のひらひらした衣服の胸倉をつかんで、怒れる感情にまかせて投げ飛ばした。
「ああっ! 酷ーい!」
 宙に舞う途中で、紙切れは竜王の手に取られて、考案者は悲鳴を上げつつ消える。
「人魚の婆様にこってりしぼられてこい。そして懲りるがいい」
 見境無い、と、こぼしてから、竜王は紙に描かれた優美な衣装図を見つめ、「取り柄はこれだけか」とため息をついた。
「姫が衣装好きでなくてよかった」


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